↓第32話 すべてが崩れた日

 式の当日。

 パレードは華やかに行われた。

 街中が温かい空気で包まれ、二人を祝福する声が飛び交う。

 だが、その様子をよく思わない者がいた。

 吸血鬼の『ゼノ・ザーフィル』だ。

 彼はメリーダと同じく、吸血鬼の中では上位種族にあたる。

 弟子と共に細菌などを研究し、その成果を日誌に記録していた。

 そんな彼は、自分たちを迫害した人間たちに恨みをもっている。

 いつか彼らを根絶やしにしようと危険な思想を巡らせ、ひそかに計画を立て、水面下で仲間を集めていた。


 カギとなるのは人間を滅ぼすウイルスだ。


 これは例の蔓延したウイルスを研究し、殺人用に変異させたものだ。

 吸血鬼には効かないが、人間に感染すると目から血を流して死んでしまう。新種ゆえ、まだ抗体は作られていない。

 これが街に――外の世界にばら撒かれたら果たしてどうなる?

 吸血鬼の種族を残すため、ゼノはついに行動を起こした――


☆       ☆       ☆


 結婚式から数カ月の時が流れる。

 セルジュは活動を継続しながら、ラボで医療の研究をしていた。

 今日もひと仕事を終え、城に向かう。

 帰り道を歩きながら、いろんなことを考えた。今晩はどんな食事を作ろう。描きかけのキャンバスに、新しい絵の具を試そう。

 メリーダとの幸せな未来を描きながら、自然と笑みがこぼれていた。

 その途中、忘れ物をしていることに気づいた。


 メリーダへのプレゼントだ。


 まえから欲しいと言っていた懐中時計を、購入して箱に入れておいた。

 ラボに置いてきてしまったので、来た道を引き返す。

 そして部屋の扉に手をかけたのだが、なにか様子がおかしい。


 人の気配がする。

 ゼノだった。


 今日は休んでいるはずなのに、しかも知らない人と話をしている。

 耳をすませて、内容を聞いた。

 セルジュは聞いてしまった。

 人間を滅ぼす計画――そして。


 メリーダを暗殺する計画、を。


 吸血鬼と人間との架け橋になる彼女は、ゼノにとって邪魔だ。

 このままでは、みんな殺されてしまい、争いの火種は大きくなってしまう。

 セルジュはこの事実を伝えるために、急いでこの場を離れようとした。

 ――が、振り返った先にゼノの私兵がいた。

 計画を知った者は生かしておけない。私兵に捕まったセルジュは、やってきたゼノにウイルスを打たれた。意識が朦朧とし、彼はその場に崩れ落ちる。

 人間として、最初の実験体にされたセルジュ。


 研究は成功だ。


 ゼノは歪んだ笑みを湛え、私兵と共に森の外へと向かった――


☆       ☆       ☆


 消えゆく意識の中、セルジュを支えたのはメリーダの微笑みだった。

 彼女と歩むはずの眩い未来は、もう描くことはできないだろう。キャンバスの空白と、乾いた絵具のにおいが懐かしい。

 それでも彼女の笑顔が、朧げに浮かぶ。

 死なせるものか。死なせる、ものか。

 彼は最後の力を振り絞って起き上がった。

 研究室にある、自分が開発していたワクチンに手を伸ばし、自らそれを打つ。

 このワクチンは、変異しやすいブラッディティアーに対抗するために開発していたものだ。

 まだ未完成だが、多少なりの効果はあるだろう。ちなみにゼノの弟子であるハリーも、セルジュの研究に興味を持ち、師匠には内緒で独自の研究ノートをつけていた。

 ワクチンを投与して数分後、眩暈はするものの、多少なりセルジュの身体は動くようになる。

 あのウイルスだけは、ぜったい解放してはいけない。

 最悪の場合、自分が犠牲になる覚悟を決めたセルジュは、ゼノのあとを追った――


☆       ☆       ☆


 メリーダはセルジュを待っていた。

 どうしたのだろう。いつもより帰りが遅い。

 なぜか胸騒ぎを覚え、言い聞かせるようにそっとお腹をさする。

 窓の外を眺めていると、突然、瀕死状態の警備兵がやってきた。

 どうしたのだと駆け寄るメリーダに、彼は訥々と伝える。

 ゼノの私兵にやられたのだと。彼が水面下で計画していた、人間およびメリーダ暗殺計画の全貌を口にする。そのやりとりが記された書面を、血だらけの手で彼女に渡した。

 メリーダはすぐさま目を通す。そこにはゼノの筆跡で事細かい計画が記載されていた。

 私兵に宛てたその内容から察するに、本日、森のそとでウイルスを解き放つことがわかる。このままでは大惨事は免れない。

 警備兵は、「メリーダ様、お逃げください……」と言い残し、力尽きた。

 それとほぼ同時、無数の足音が響く。

 乱暴に扉が蹴破られると、鎧をまとった兵士たちが周りを取り囲んだ。


 ――ゼノの手先か。


 心の中でつぶやいたメリーダは、ゆっくり立ち上がり顔をあげる。

 立ち尽くす彼女を前に、兵士たちは一斉に大剣を振り下ろした――


☆       ☆       ☆


 森のそとに出たゼノは、ウイルスを解き放った。

 さらに私兵たちが街の周囲をぐるりと囲み、一斉に火を解き放つ。

 逃げ場を失った人々は、やがて死に至るだろう。計画は順調だ。


 ――……?


 草原を歩いていると、正面に人がいた。

 街の住人かと思ったが、その姿には見覚えがあった。

 セルジュだ。すでに瀕死の状態で、もう動くことはできないだろう。

 だが、そんなことはどうでもいい。

 なんでこの場所にいるのか不思議だった。本来なら、すでに死んでいるはずなのに。

 計画に不備があったのだろうか? そんな不安をいだきつつ、ゼノは表情を険しくしてその人物に近づく――

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