第4話 『そよ風亭』

 冒険者ギルド・古都アルビオン支部にて非正規登録を受理された後、終わりだと思っていたが、まだ手続きが残っていたらしい。


「それではユグさん。【基礎身体能力】【剣術】【魔法】項目の訓練を開始する日と週に何回行えるかスケジュールの記入をお願いします。注意事項は下に記入されていますので、よく読んで下さいね」


「……分かった」


 俺は慣れない作業に戸惑いを覚えたが、スケジュール記入用の紙とにらみ合い、頭を整理していく。


 まず、注意事項からだな。一つ、最低でも各項目の訓練日を週一日入れること。ふむふむ……これに関しては問題ないな。今の俺は睡眠時間以外ドフリーだ。


 二つ、変更がある場合は必ずギルドに申し出ること。……これは当たり前だな。

 三つ、訓練指導員をギルド選択にするか、認定を受けた冒険者にするか。……これはどういうことだ? 聞いてみよう。


「……すまない。この三つ目についてもう少し詳しく教えてくれないか?」


「ぁあ、これですね。簡単に言うと、見ず知らずのギルド職員にお願いするか。知り合いの現冒険者さんにお願いするかの違いですね。すでに冒険者になられている方で知り合いの方がいるなら、そうするのがおすすめですかね」


 ふむふむ、知り合いか。――いるな。うん、二人ほど。


「すまない、もう一点だけ。エバンとジルという冒険者はその認定を受けているか?」


「えっと……エバンさんとジルさんですよね? 多分……受けておられると思いますよ。すでに了承済みというわけではないんですよね?」


「ああ」


「それでしたら……こちらから確認を取って、訓練開始日にお伝えする流れでいかがですか? 残念ながらお二人に断られれば、ギルド職員ということでどうでしょう?」


「承知した。迷惑をかけるが、それで頼む」


「いえいえ、とんでもないです」


 そうか……エバンとジルに指導してもらえるのならこっちもあまり気負わなくていい。いつかの礼もしたいしな。


 その後訓練開始日を三日後とし、週4日それぞれに【基礎身体能力】【剣術】【魔法】を入れた。そして、エバンとジルの予定が無理な場合は、その時だけギルド職員に任せるという方法を取った。


 訓練が始まる三日の間に働き口と寝床とする宿屋も見つけなければならない。

 

 忙しくなりそうだ。


 全ての書類に記入を終え、今度こそ終わりと思われたところで、受付のリリィさんという人がとある質問を投げかけてきた。


「……ちなみにですけど、ユグさん。これからの宿ってすでに当てがあったりします?」


「いや、生憎なくてな。どこか紹介したりしてくれるのか?」


「もちろんですよっ。ギルドと提携している宿屋なら安く泊まれます。ご紹介しましょうか?」


 まさに渡りに船。こんなドンピシャで重要問題の一つが解決に向かうとは。

 リリィさんという受付……なかなかにデキる人だな。


 彼女は分厚い冊子を取り出しながら言う。


「どれくらいの料金がいいとかありますか?」


「そうだなあ……今はお金がないからな」


 マルクスの話によると、古都アルビオンでの一泊(朝食付き)の宿代平均は約7000コルらしい。素泊まりだと安いところで3000コル、普通は5000コルほどのようだ。


 今の俺は無一文だ。稼いだとしても素泊まりがいいところだ。極端に安いところはプライバシーや警備の面で不安がある。


 戦闘の心得がない俺が襲われれば即刻アウトだ。多少無理をしてでもある程度しっかりしたところを選ぶべきだ、というのがマルクスの考えだ。


「……それなりに安全で、4000~5000コルの宿はあるか?」


 俺が希望を出した瞬間、リリィさんの両眼が大きく開かれたのはなぜだろう?


「でしたら、おすすめの宿がありますっ。『そよ風亭』ですっ。ギルド提携の宿屋なので、ギルド紹介で一泊素泊まり5000コルのところをなんとっ、4500コルで泊まれちゃいます。さらにですねー、一カ月の長期泊で実質一泊4300コルになります。入口には怖ーい門番さんが立ってて、ドアには金属板が貼り付けてます。さらにさらに、部屋一つ一つに防護の法術が施されているので、魔法対策もバッチリですっ。――どうですか?」


「そこで頼む」


「早ええな!」


 背後のマルクスがそう驚きながら、俺の背中を小突いてくる。


「おい、ユグ。そんな簡単に決めちまっていいのか?」


「長く考えても仕方ないだろう。それに対策もしっかりしてそうだ」


「そりゃそうだが……って、お前法術が何か知ってるのか?」


「知らん。とにかく、一泊だけしてみて嫌だったら他のところを探すさ」


「……ま、それもそうか。頼むぞ、明日になって誘拐されたとか殺されてました、なんて洒落にならんぞ」


「ふむ……騎士団の監視があるなら大丈夫じゃないか? 殺されるのを黙って見ているなんてことはないだろう?」


「……一応、ヨハネス卿にも伝えておこう」


 こうして、リリィさんに紹介してもらった『そよ風亭』にこの後向かうことになった。



 ◇◇◇



 冒険者ギルドを出た俺はマルクスと別れ、一人『そよ風亭』へ向かっていた。

 紹介状をもらったので、それを見せれば大丈夫だという。


 ギルドのある通りの隣の通りにあったため、徒歩5、6分という物凄くギルドの近くだった。


 『そよ風亭』は縦に長く、横に狭い建物で、部屋数はあまり多くないようだ。

 中に入ると、すぐ真正面にカウンターがあり、長髪の女性が暇そうに頬杖をついていた。


「冒険者ギルドからの紹介で来たんだが……」


「あえ……す、すいません!! ボーッとしてて……冒険者ギルドからの紹介ということはリリィからの提案ですよね?」


 どうやら受付のリリィさん、身内の宿屋を勧めたようだ。なかなかにやり方がうまいな。


「ああ、うまいこと乗せられたよ。あとこれ、紹介状だ」


「あはは……なんかすいません。でも、きっと気に入ってくれると思いますよ。あ、私はリリィの姉でルリィです。間違えないよーに」


 ルリィはニヒヒと笑いながら、テキパキと作業をこなしている。


「どうします? 一ヶ月分いっときます?」


「いや……悪いがとりあえず今日一泊で頼む。それと、ここって後払いできるか……?」


「え……もしかしてお金ないんですか?」


 俺はいきなり核心を突かれてしまい、少し苦い表情になる。嘘をついても仕方ないので、全てを話す。


「ない。だからとりあえず一泊分なんだ。無理なら……今日は野宿で凌ぐしかないな」


「……うーん。うちは基本先払いなんで……どうしよう。…………あ、ならこういうのはどうです? ちなみにユグさんって、この後暇だったりします?」


「……? 暇だな。今日の予定はやり切ったからな」


「なら、うちで働いてもらってその対価として一泊分とするのはどうです? あ、ちなみに内容は荷物運びとかです」


「……喜んでやらせてもらう」


「じゃ、交渉成立ということで」


 この後、俺は都市中をリヤカーで回り、食べ物や木材、酒樽などを運んだ。結果無事対価をゲットすることができたのだった。

 


◇◇◇



 翌日、俺は朝早くから『そよ風亭』を出て正門近くの騎士団詰め所に向かっていた。


 『そよ風亭』の部屋については十分満足できた。リリィさんの言う通り、ドアは少々重かったが。


 まだ7時を回ってすぐなだけあり、人通りは多くない。冒険者ギルドも7時から開くのだという。


 詰め所に行くと、扉前でヨハネス卿とマルクスが待っていた。ヨハネス卿はキリッとした表情に対し、マルクスはまだ眠そうな顔をしている。


「やあ、ユグ君。気分はどうだい?」


「最高だ。目下の課題が多いんで、少々不安だが」


「へぇ……君でも不安になることがあるんだね」


 何を言う、ヨハネス卿。俺とて一人の人間、不安の一つや二つはある。ただ……その不安をどこか嬉しく思っている自分がいるのも確かだ。


「来てくれたということは、そういうことでいいんだよね?」


「ああ、冒険者になるまで世話になる」


俺の仕事としては、書類整理や詰め所の掃除、荷運びや正門でも検問の補助など……非常に多岐に渡る。


 冒険者ギルドでの訓練がおおむね5〜6時間、それ以外の時間で働き、日給8000円。


 悪くない条件だとは思う。騎士団からしても監視対象の俺が騎士に近いのは助かるらしい。


 俺からしても、この国や古都アルビオンの情勢を知るにもやりやすい。

 双方Win-Winというわけだな。よし、ここから俺の新生活を始めよう。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る