第5話 これからも友達だからね

 「はぁ……流れで引き受けちゃったけど、明後日って。なんで明後日なの?」


 私はついつい悪態を付いてしまった。

 それもそのはず、まさか明後日とは思わなかった。

 

あまりにも唐突。私はもっと余裕があると信じていたのに、それが一瞬でぶち壊される。

新年度にはまだ一ヶ月近くもあり、魔導書士として働くにも時間的余裕は十分あるはずだった。


にもかかわらずこのタイミングとなると、流石にトワイズ魔導図書館のことを怪しく見てしまう。

それだけ魔導書士が少なく、魔導図書館が成り立たなくなっているのだろうか。

様々な思考が巡る中、私はグリモア叔母さんの容赦のない無茶振りに嫌気が差し、イライラして宿へ帰ろうとしていた。


「王都で過ごす最後の日。どう過ごそうかな」

「どうしたの、アルマ」


 そんな中、私は声を掛けられる。

 ふと足を止め踵を返すと、私は途端に胸を撫で下ろした。


「キャラ」


 私はホッとしていた。如何してだろう。学院生活の中でも友達の顔を見ると安心することが多々あった。

 けれどこうして親友と顔を合わせた瞬間、無性に記憶が呼び起こされる。

 それはいわゆる走馬灯と呼ばれるものだと思うけど、思い出がプカプカと脳裏を過ってしまい、自然と薄くて透明な涙が出ていた。


「あ、アルマ? ど、どうして泣いてるの?」

「泣いてるの、私? なんでだろ。泣くほどでもない筈なのに……思い出が、あはは」


 私は笑って誤魔化そうとする。けれど流石に誤魔化し切れない。

 泣きじゃくる私に母性を擽られたのか、それとも親友の私を気遣ってくれたのか、ソッと歩みを寄せてくれた。


 それからキャラの取った行動はカッコ良かった。

 私に何か言うわけでもなく、腕を伸ばすとそのまま自分の胸の中へと引き寄せる。


 大きくて柔らかい胸が私の顔を受け止めた。

 すると涙が頬を伝い、服の上を滑り落ちる。

 泣きじゃくる私の声をその体で全て吸収してくれると、広い腕で私のことを抱き込んだ。


「大丈夫大丈夫。アルマは歳相応じゃないから、きっとすっごく苦労しているんだよね。無茶振りだってたくさんされて、それをほとんど叶えているんだよね。泣きたいことだって、たくさん経験しているんだよね。だったら私に胸の中でたくさん泣いていいんだよ。私はいつまでもアルマの親友だから、だから思う存分泣いて……」

「ううん、泣いてはないよ」


 私は涙も乾ききった瞳をキャラに見せた。

 カピカピに乾いてドライアイになっている。

 さっきまで泣いていたのを無理にでも誤魔化そうとしてしまった。

 流石にキャラには一瞬でバレてしまったようで、「えっ……」と口走ろうとするものの、すぐに黙ってしまった。きっと何かを勘付いたんだ。だけどそれが私には分からず、一人抱え込んでしまった。


「それよりキャラ、また胸大きくなった?」

「きゅ、急になんの話してるの!? ここ歩道の真ん中だよ! 誰かに聞かれたら私恥ずかしいよ」

「誰も居ないから安心して」

「安心できないよ。もう、アルマのバカ」


 キャラはプクッと頬を膨らませると、そっぽを向いてしまった。

 なんだか怒らせちゃったらしい。

 私は謝ろうとしたけど、バカって言われた私も怒りたい。

 だって私はバカじゃない。この歳で国家魔導書士になったし、ちょっとした冗談だって言える。だから全然バカじゃない筈なんだけど、キャラはそんなことで拗ねていなかった。


「なんてね。ねえアルマ、なにがあったのか話して、くれないかな?」

「えっ?」

「話したって無駄なのは分かっているよ。だって、学院長先生のお願いでしょ?」

「う、うん」

「それなら仕方ないよね」

「仕方ないで片付けて欲しくないけどね」


 私はキャラの寛容さに甘えてしまった。

 だから本当は話して良いのか悪いのか分からないけれど、キャラに話してみることにした。


「実は、ってまたいつものことなんだけど……」



 私とキャラは近くの広場に移動した。

 こんな時間だからか、道行く人達はそこまで多くは無い。


 時計塔が目印になっていて、その周りには休憩ができるように災害時も仕えるベンチが設置されていた。

 更には花壇には四季折々の花が咲き、私たちだけじゃなくて、街の人達をみんな歓迎してくれている。


 そんな優しさに触れながら、私とキャラはベンチに腰を下ろした。

 お互いにほとんど隙間を開けずに座り、私はキャラに体重を預けていた。

 いつも通りじゃない。だけど私の気持ちを汲んでくれたキャラは嫌な顔を一つしないで、私の体重を預かってくれて、私の気持ちが整うまで待ってくれた。


 それから少し落ち着いた私はキャラにこの数十分の間に起きた事を、隅々まで説明した。

 とは言え自分で話してみて改めて思ったのは、権力を笠に着て、私が断れないように選択しみちを極端に寸断していたグリモア叔母さんが何枚も上手なこと。けれどその中には行動を決める選択権を選ぶ機会を、私に幾度となく与えていた。

 だけどそれは表面的な話しでしかなく、要因のほとんどに私が自分から選択できる選択肢は残っていなかった。だって如何足搔いても“YES”しか用意されていない選択肢は、選択肢とは呼ばないからだ。


「うーん、何度聞いても横暴な人だよね」

「そうだよね。でもそんな人が私の叔母さんの時点で私の運命はある程度決まっていたんだって思ったら……あはは、あはは、切ない」


 私は魂の籠っていない瞳を浮かべると、乾いた笑いを上げていた。

 誰が聞いても楽しくない人。精神レベルが極端に汚染されている状態で、初見の人は引いてしまう程。私は今にも大きな溜息が零れ落ちそうで、必死に口の中で留めていた。


「で、でも、私は羨ましいよ。アルマは自分の意思が無いだけで、トワイズ魔導図書館で魔導書士の職員として働けるなんて!」

「そうだよね。でも明後日なのは酷いよね」

「あっ、そ、そっか……じゃあもう行かないとダメなんだよね?」

「うん。それはそうと、キャラは決まっているの?」


 キャラは私のことをできるだけ慰めてくれる。本当に嬉しくて、心の棘が少しだけ緩んだ。

 そんな中、私はキャラの話も気になってしまった。

 一応私は進路が強制的に決められてしまったが、キャラは如何なっているのだろうか。

 残念なことに、魔導書士の試験で忙しすぎて何も聞けていなかったので、キャラの話が気になって気になってウズウズしてしまう。


「私も魔導書士として、ロノワ魔導図書館で魔導書士補助として働けることになったんだよ」

「本当に!? 良かったね、ロノワの魔導図書館は調査中の魔導書が多いらしいけど、魔力干渉症にならないように気を付けてね」

「ううっ、それは考えて無かったよ……」


 本当にキャラは忘れていたらしい。魔導書士だけじゃなくて、魔導士が絶対に忘れちゃいけない心構えだった。

 キャラは私の言葉に酷く動揺すると、シュンとなって落ち込んでしまう。

 けれど私はそんなキャラの表情を見るや否や、なんだか恵まれていると感じた。

 だからだろうか。私はこれ以上下手に言わないことにした。


「でもそっか、明後日か。それじゃあ、もう会えないんだね」

「うん。でも永遠じゃないよ?」

「それでもお互い離れ離れになっちゃうから……」


 キャラは寂しいことを言った。

 私も伝染してしまい、気持ちが寂しくなってしまう。

 だけど寂しいままなのは嫌だった。だから私は前を向くと、ふと魔導書を呼んだ。


「アルマの魔導書!」


 私は頭の中で輪郭を描き、真っ白な本をイメージする。

 すると私の右手には一冊の本が現れる。

 その本の表紙は真っ白で汚れ一つない。加えてとんでもない魔力を孕んでいて、おまけにダメ押しで表紙には私の名前が刺繍されていた。

 この本の名前は文字通りアルマの魔導書。他の何物でもなく、私だけの魔導書だった。


「アルマ、どうして魔導書を出したの?」

「決まっているでしょ? 今から魔法を掛けるんだよ。私とキャラ、どれだけ離れていてもいつか……ううん、また一年後にこの場所で会えるって。そんな約束のためにね」


 私は魔導書を開くと、そこには何も書かれていない。

 ただの白紙のページが何処までも続いていて、魔導書と言うにはあまりにも粗末なもの。

 貴重性なんて何処にも無く、発展途上にも至っていない。そう見えてしまうのだが、キャラは私が魔導書を開くや否や、ニコッと優しく微笑んだ。


「約束……うん。私達はいつまでも友達。大切な大切な友達だから……」

「どれだけ離れていたって関係ない。繋いだ絆はいつだってそう」


 あまりにも漠然としていて、実感はないかもしれない。

 触れることなんてできなくて、決して見ることはできない。

 だけどすぐ傍にあって、信憑性の欠片も無いかもしれないけど、一度繋いだものは、他人には伝わらないからこそ、確かにそこの生きていた。


「私もキャラも、レヴィもスターリンも、シロガネもサラもリオンもホノカも、みんな、いつだって繋いだ絆はここにあるんだよ。だから約束、私達はいつだって傍に居るんだよ。ねっ、キャラ」

「うん、そうだよね。ごめんなさい、私の方がアルマに励まされちゃって。本当は、本当は私がアルマを励ましてあげたかったのに……私、やっぱりダメかも」


 今度はキャラが鳴き出してしまった。

 泣き顔をできるだけ見せないよう、顔を覆い隠して私の顔を直視しない。

 止めどない感情が魔力に感化されて溢れてしまったらしく、私はそっと背中を擦った。


「大丈夫だよ。キャラはダメなんかじゃないから」

「ごめんなさい。ごめんなさい」

「謝らなくてもいいから。だから約束。私達はいつまでも大切な友達なんだから」


 私は魔導書を手にしたけれど、決して特別な魔法を唱えることはなかった。

 だから白紙のままにしていた。

 本当は魔法を使って無理にでも約束を取り付けることはできるのだ。


 けれどそんな必要は私達の間には何も必要が無い。

 どんな障害も障壁も上手く切り抜けることができる。

 いつだって一人じゃないと分かっているからこそ、私は改めて絆を再認識し、今度はキャラのことを慰めながらも覚悟を決め、感情を噛み締めるのだった。

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