第伍話 戦いは負けちゃいけない

「寝らない夜は……長い」

 途方に暮れた虚ろな少年を、鬱陶しいほどに眩しく陽光が照らし出した。


 あれから、どれだけの時が過ぎたか――


 ひとり取り残される孤独感と、異物が混入した不自然な違和感を、侘び寂びにも似た趣を伴って、感慨に耽る少年は、異邦の不純物なんぞに与えられた使命、果たすべき役目があるのだろうか?――そんな埒も開かない無駄な思索をしみじみと繰り返していた。


 すると、哀愁を蹴散らすかのような、ドタバタと慌ただしく室内を走る音が上がってきた。


「おはよう!部屋にいなくてビックリしたよ。よく眠れたかな?」

「おはようリナ。どうやら僕には眠る機能がないらしいよ」

 淡々と応える少年は考えた――あの妖精の事はリナにも伝えずに胸の奥にしまおう、不審がられる要素は少しでも排除したい。少なくとも今はまだ……。

「えェッ!?それ、大丈夫?調子が悪そうなら、今日はお休みにしようか?」

 飛び跳ねたように驚いた後、眉を寄せて心配そうな表情を浮かべるリナ。

「冗談!?尻から根っこが生えちゃうよ!すぐ行こう!」

「そんなの聞いた事ないけど……じゃあ……無理はしないでね。なら!とにかく出かけるよ!今日は飛扇の空中姿勢を覚えてもらうからね!」

 豊かに表情を変えるリナは、その後、意気揚々と少年を連れて家を出た。


 階層を上がると、明るさもしだいに強くなった。宿木の分厚い壁をすり抜ける日光は、見る人の意識の覚醒度合いによって明るさが異なるらしい。寝ている人には真っ暗に感じて、起きている人には気持ちの良い朝となるように魔法による調節が行われている。

 高さに応じて人の往来がちらほら見られたが、誰もが遠巻きに二人を眺めるだけで近づくことすらしなかった。近くを通る人たちも二人に挨拶する間もなく、すぐさま視線を外して足早に立ち去っていった。

 初めは少年を避けての行動だと思ったが、リナの陰りのある態度から誤りだと気づいた。

 

 まさか、昨夜睨んで話しかけてきたあの娘が、親しみ深い方だとは――


 物を光に変えて通れる出入り口はすでに開いた状態で、朝になった外の様子が見えるようになっていた。

 玄関口に設けられた飛扇発着場には、飛び立つルートが複数設けられており、一度に数十人が一度に飛び立てる設計となっていた。緊急時には、この土台ごと射出する機構が備わっており、投石機のように一瞬で撃ち出される仕組みらしい。


「これがリナの?真っ白ですごく素敵だね」

 リナのものと思わしき真っ白の飛扇が、隅の端っこにポツンと広げられていた。

「そうだよ。これが雛形のお手本だから、何があっても忘れないようにね。さあ乗って!」

 少年は、昨日と同じように根本に座り、広げられる方に座るリナの肩に手を置いた。

「準備はいい?行くよ〜!!」


 定められた動線に従って宿木から軽やかに飛び立った飛扇は、自動運転のように、手放しで勝手に飛んでいく。

「君に見せたい光景があるんだ。目を閉じないでね少年君!」

 二人を乗せた物体が宿木の高さを越えた辺りで、リナが昨日とは違う笛を取り出して、思い切り息を吹き込んだ。

 すると、一帯の針葉樹林の枝に止まっていた小鳥の群れが一斉に飛び立った。

 空に飛び立つ無数の黒い粒が大きな生物のように集まって、キラキラと宝石のように光を反射していた。その鳥はとても小さく、ブンブンと聞こえる程、目にも止まらぬ速さで羽ばたきながら、光沢のある羽根で飛び回る、嘴が長い小鳥だった。

「朝日に照らされてとても綺麗でしょ?彼らは水取り鳥といって、私達カラフルの飲み水を森中から魔法で集めてくれるんだ」

「うわっ……あ、朝露か。だからこんな朝早くにね」

「水不足になったら一大事だからね」

 どうやらカラフルという種族は、一杯の水を飲むだけで生存可能なようだ。それ故に、巫女姫とかいう役割を持つリナは誰よりも早くに外へ出て、水を集める鳥達を放ち、朝露を集めて飲料水を集める。カラフルにとって、生命線と呼ぶべき一番大事な事を任されていた。


 鳥達が四方の森へ飛び去った後、リナは昨日とは逆方向に進路を取り、針葉樹林帯から出た途端、植生がまた一変、今度は鬱蒼としたジャングルへと入って行った。

 少年も一度経験したことがある枝葉の隙間を縫うようにすり抜ける達人芸を、何事もなかったかのように分け入る身軽な飛行は昨日の落ち葉とは段違いで、乗り心地の安定感は髪の毛先一本でさえ揺れることはなかった。

「これさ、落下や衝突時の安全対策はあるの?」

 暫くした頃合いで、開けた景色を見る余裕が出てきた少年は、口を開いた。

「あるよ!コルトさんがかけてくれた最上位魔法――天魔護風陣でみんな守られてるの。落下や衝撃を防ぎ、寒暖差も平気。安全な空気だけを生成循環するし、防御力はあの虹鳥の一撃をも耐えられる優れ物だよ。少年君はその……まだ監視対象だから、無理だけど……ごめん」

 惜しみなく情報を明かすリナは、申し訳なさを感じさせる態度を見せて、少年はすかさず否定する。

「そりゃ当然の措置だよ気にしないで!それより、ところで随分遠くまで来たけど、どこへ向かっているの?」

「私が飛扇を作ってる工房だよ。着いたら試乗してもらうけど、素質があればすぐ乗りこなせちゃうかもね?」

 その言葉の意味する所に、少年は一抹の不安を覚えた。

「それができたら、リナと一緒に飛べないの?」

 途端に目を丸くしたリナは、それが道理であるとでも言いたげに、力強く頷いた。

「よし!今日は休みにしよう!急に体調が悪くなった!無理をしない!それ!回れ右だ!」

 単独飛行なんてすれば、またあの危険生物に襲われかねないと、少年は全力で拒否を訴えた。

「駄目っ!ここでは飛扇に乗れないといけないの!少年君も例外じゃないよ!」

「やだ怖い〜ボク赤子だし〜!例外でいいじゃんかぁ〜!バブゥ〜!」

「オトスヨ?」

 ふたり仲良く?話をしている中で、少年はふと思い出した。

「あ、そういえば昨日の会議で準備がどうとか言ってたけど、何か催しがあるの?」

「神楽だよ。カラフルの神聖な降神術でね、紙に込めた願い事を神様に捧げるの。でも本当は、禍福を占う神事の祭典。普段通りなら何もなかったんだけど……」

 視線を僅かに落とした直後、リナの表情が変わった。

「そうそう少年君!コルトさんが昨日言ったべきを成せって覚えてる?」

 振り返るリナの眼差しに、少年は少し違和感を覚えた。

「あれは好きな事とか、自分が志す事をやれって意味なんだけど、何か思い当たることはない?」

 含みを持たせた言い方に強引な話題転換をした事を、少年は忘れないようにしつつ、適当に返事をした。

「昨日の今日で何とも。みんなは何をしているの?」

「族長のアルフレッドさんはお菓子作りだったでしょ?他にも調査とか道具作りとか――」

 リナは弾むような声と笑顔で、楽しげに答えた。

「好きな事なら何でもいいの!当然、何もしたくないと思えば、それが一番。だって……生き物は、ただ生きているだけで……既に立派な志事しごとを果たしているから」

「それだァ!食っちゃ寝こそ我が天命ッ!思い出したぞ!よし!今すぐ帰ろう!」

「却下ァっ!監視下の少年くんは、常に私と行動してもらうからです!みんなが認めてくれたら、コルトさんに護風陣とミフィタを頼まないとね!」

 彼の冗談を容赦なく一蹴したリナは、段々と少年の扱いを覚え始めてきたらしい。

「ぶぅ~……そのさ、ミフィタってなに?」

 若干不貞腐れながら、少年は何気なく訊ねる。

「あれはおまじないだよ。願いを込めて編んだ糸、切れたら望みが叶うと言われているよ」

「それじゃあリナは……新しいのを貰わないの?」

 どんな願いを込めたの?とは聞けなかった。

「私の事はいいから、少年君は好きなことを考えておいてね」

 それは明確な拒絶だった。出会って一日なので当たり前だが、やはり彼女達には隠している事があるようだ。


 まもなくして、少年はこの場所が目的地だとすぐに解った。

 見渡す限りの膨大な数が伸びている竹林。手に持てるサイズから巨大な塔並みの物まで密集して生い茂っていた。

 それは手付かずの竹藪に見えるが、奥へ進むと規則正しく整列して群生していた。生育速度も高さも均一に抑えており、管理体制の良さがこれだけでも窺えた。

 眼下に広がる景色の中で、少年がどうしても気になるところが一つあった。

 この世界の大地である糖結晶に埋められた暗がりの大穴が、奈落の底のように光を吸い上げて、漆黒をこちらに覗かせた。

 それに栓をするかのように、中空に浮かぶ人工の秘密基地があり、そこがリナの工房らしい。

「ここが私の持ち場!竹は管理が大変だけど、すっごく便利な植物なんだよ」

「なんで宿木でやらないの?わざわざこんな遠くまできてさ」

「宿木内は、いろんな魔法を使っているから願素が混ざるの。より純度の高い魔素でなければ、魔法の位が下がっちゃうから完成までは人気のない所で作るんだ。材料も調達できるし、ここは変素も豊富だからね」


 リナは華麗に工房に着地させると、矢継ぎ早に飛扇から降りた。あまりに静かな到着過ぎて、少年は遅れて気づいた。

「私は下準備をするから、少年君は先に入っていいからね〜」

 職人と化したリナは、無駄のない敏捷な動きで建物の裏手に回り、離れの倉庫へ消えていった。

「ふむ……その前に、辺りを拝見しますか!」

 実際にリナが活躍している現場の見学は、何かに役立つ可能性がある。というのは建前で、浮き足立つ少年は単純に冒険心をくすぐられただけだった。

 飛扇工房の景観は、まさに別荘だ。全てを竹で作った三階建てのツリーハウスで、風通しが良く、とてもデザイン性が高かった。竹の骨組みの天井と壁に落下防止の柵と囲いまで竹でできた建物は、何だか子供の隠れ家みたいだった。

 隣には広い庭に滑り台やブランコ、トランポリンなどの遊具が並び、竹馬や竹とんぼ、竹の水鉄砲といった玩具が無造作に散らばっていた。全てが竹製の創作物で、作り手の器用さが窺える。

 そして、覚えのある形状をいくつか見て、ところ変わっても考える事は似るもんだだと思う少年。


 すると、裏の方から一つ、竹を叩いた気持ちの良い音がポンと鳴った。

「ん?この音は、まさか……」

 興味が向いた少年はテクテク足を運んでみると、水の流れる音と竹筒を叩く気持ちの良い音が響いた。獅子脅しだ。手前には柄杓が置いており、飲料可能と書かれていた。透き通った綺麗な水がせせらぎ、竹を組んだ水瓶から、ご自由にと書かれていた。

 少年はもちろん、遠慮なく柄杓をとって口に運んだ。

「ん!?これ……昨日と同じ味!え?この豊富な水源は、一体どこから?」

 水が流れる細長い竹管を遡っていくと、水はその先の大きな竹の中に管が通されて、流れてきていた。

「もしかしなくても、これ全部貯水タンクか!?でも、なぜ竹から水が?」


 ゴトっ、と建物内から物音が聞こえて、少年は振り返った。リナが支度を終えたのかもしれない。

「あ、待たせちゃ悪いか」

 ひとしきり見終えた少年は、迷わず工房内に入った。

「ほぉ!へぇ〜、なるほど。柄は飛扇の花形かぁ。こりゃ見事だ」

 工房の中は、飛扇になる材料や工具が大量に保管されていた。大小様々な竹の棒、そして樹脂の接着剤や琥珀のヤスリなど、制作に必要な物が並んでいた。刃物か何かで削り落とした粉が、小さな容器に入れられて、山のように積まれていた。

 他にも装飾品作りもしているようで、リボンが結ばれた植物の標本のような透明な瓶の中に様々な花々が漬けられていた。

 壁には柄の見本や、重力軽減の魔法を定着させる最中の品がずらりと飾ってあり、絵画の如く精巧で、まるで美術館にでも来ているようだった。

「こりゃ思った以上に本格的だな」

 工房なだけに、制作途中の白い布が広げられているだけのものや、好きな柄の試作品も作れるように、風景を転写できる魔法を備えた射影機みたいな物もあった。


 少年が内装に見入っている後ろで、扉がひとりでに閉まった。

 瞬間、プツン、と糸がほつれた音が届き、突如、視界が茶色い霧に包まれた。

「ぶへぇっごほっ、な、なんじゃこりゃ!?防犯システムか!?ふ、ふぇっくしょん!」 

 口や鼻の穴に入り込んだ独特の匂いを感じて、竹を削った粉が舞い上がったと知った少年は、手で振り払うものの、細かな粒は宙を舞うだけで、落ちて離れてなどくれない。

 そこで伏せた少年は、前に進んで視界を取り戻すと、なんと目の前には――自分がいた。

「え?……なっ!?……僕?鏡?それとも……えぃっ!」

 対面する同じ姿の男性の首をくすぐると、輪郭が陽炎のように揺らぎ、鼻周りに伸びた毛が二本現れた。

「素晴らしいねぇ!でも粉が付いて無いからバレバレだよ〜フェ〜ルネちゃ〜ん!」

 粉まみれの少年は、汚れていない少年を抱き抱えてみると、体重が異様に軽かった。

 直後、ボンと音が鳴り、珍獣のフェルネが現れた。

 幻を見せる魔法の存在を知ってはいたが、最初は姿が見えず、次いで即興で対象を寸分たがわず真似る魔法の再現性には、舌を巻いた。

 悪戯か様子見か、何のつもりか知らないが、少年はここぞとばかりに無抵抗の毛並みをモフろうとした――が、フェルネはさっと身をよじって少年の魔の手からすり抜けた。

 フラれて微量にショックを受ける少年に、とある箱の上でフェルネが尻尾を左右に振り、何かを訴えていた。

「ん?なに?……注意……警告?」

 尾の先に記された注意書きによると、竹林の伐採時に周囲へ危険を知らせる為の爆竹が収められているらしい。それが何なのだろうか?

 その瞬間、疑問を抱く少年の視界の端で、自分の影が塗り潰された。


 振り返ると――「突撃ィッ~!」巨大な扇が少年の顎を正確に打ち抜いた。

 ぶっ飛ばされた少年は、「ぶぎゃああッ!?」と叫びながら何度も転げ回った後、何本も竹筒が積み上げられた場所に突っ込んだ。


「んだよ、全然ダメダメじゃん!こんな体たらくじゃ、リナ姉は贅沢過ぎるぜ!」

「すごく残念、余所者ゆえ仕方ない事ですが――期待はずれ」

 物音が鳴り止み、ひっくり返った少年の頭上から、二人分の知らない声がした。

「あ〜っ!?ごめん大丈夫!?私が目を離したばっかりに!」

 最後に、聞き慣れた声が近づいてきた。

「ケホっ……いや、避けられなかった僕が悪い。それで……この子たちは?」

 リナに掘り出された少年は自然に視線を落とした。すると、二つの頭が並んでふんぞりかえる。

「ライゼン・ファン・カラフルだぜ!覚えとけ!」 

「わたくし、アンナ・コッタ・カラフルと申します――お見知り置きを」

 茶髪の活発な少年らしい少女と、水色のお淑やかな少女が偉ぶっていた。少年の第一印象は、視界の端の彼女らの靴の状態を見て、すぐに逆転する事になった。汚れ一つない新品同様の綺麗な物と、かたや傷だらけで一部破れていた。

「どうも。僕は少年君です。あれ?自分を君付けって、結構痛くね?」

 気を取り直す少年は、名乗って分かる気恥ずかしさと違和感に、想像以上に狼狽えた。

「は?こいつ、リナ姉が付けた名を痛いとか失礼過ぎるだろ!許せないぜ!」

「飛べない鳥では、リナ姉に迷惑をかけるばかり――なのでは?」

 不遜な態度に、不服の二人は不機嫌を隠す気も無く露わにした。代わりにリナが深々と頭を下げる。

「ごめん、二人が辛辣なのは無理ないの。ここでは飛扇での移動が基本だから。その、練習すれば少年君もできるようになるから、一緒に頑張ろう!ね?」

 優しいリナの慰めの言葉を右から左へ聞き流しながら、少年はこめかみに手をやって思案を巡らせた。

 ――リナを姉と呼び工房に入り浸るという事は、仲良しなのは間違いない。二人と親しくなれれば僕の評価も立場も良くなるし、後ろ盾か程の良い小間使いにはなる。それに、何やら不穏な空気も漂う事だし、後々保険になるだろう。問題は、どうやって仲良くなるか?だが……。

 不自然さを出さないよう慎重に目線を泳がせていると、辺りに散らばるおもちゃが目に入り、少年の口元が緩んだ。

「え~そんなの無理~。ずっとリナに乗せてもらうから僕は練習しないよ。疲れたしもう帰って寝ようよ〜。こんな馬鹿二匹なんて放っておいてさ!」

 子供騙しな見え見えの挑発行為だが、はたして――

「お……お前っ、男のくせに女々しいことばかり言いやがって!もう我慢出来ねぇ!ヘイ余所者!決闘だぜ!」

「聞けば昨夜、同じ屋根の下でお過ごしなさったとか。私たちもしたことないのに……許せません!ご覚悟を!」

 半分予想通りの展開だったが、目の色がみるみる変わり、やりすぎた感が否めなかった。

「え……決闘?それはどういう遊びなのさ?」

「監視役を俺たちに変えてもらうぜ!もらいます」

「勝てば、あなたの言いなりに――こういう趣向はいかがでしょう?」

「ちょっと二人とも!それはいくらなんでも!?」

「ふ〜ん。ねえリナ、フェルネに昨日のお礼をしたいんだけど、何かないかな?」

 あっけらかんとした少年の問いに一瞬動かなくなるも、遅れてリナは耳飾りの結晶を手に取った。

「え……っ、この魔素の塊の糖結晶をあげれば喜ぶけど、今はそれどころじゃ――」

「受けて立つ!その代わり、内容は僕が決めてもいいよね?それとも、負けが怖くてできないかなぁ?」

 挑戦を受けた少年は、昨日の出来事もあってか、すでにリスクを負うのに躊躇いはなかった。

「あぁいいぜ!ただし、ここですぐできる事だ!日暮には帰らなきゃだからな!」

「仕掛けたのはこちらですからご自由に。精々、後悔しない様に――」

 余裕の笑みを浮かべる子供達を見て、少年は広場へ足を向けて説明を始めた。

「ここに円を描いて、相手を外へ出せば勝ち。いなかった方の負けってのはどう?僕は一人、君らは二人だ。ここにある物なら何でも使ってもアリ。いかがかな?」

 二人は話を聞いた後顔を見合わせ、好戦的に微笑んだ。

「うっしし!それでいいのか?てめぇが決めた厳命だ。言い訳していい訳ねェんだぜ?」

「乙女に二言はありませんので。後から無しよは、無しでしてよ?」

「あの、えっと……本気……少年君?」

 一人だけ置いてけぼりのリナは、かなり心配そうに指を絡めていた。

「心配いらないよ。たかが子供の手慰てなぐさみさ。悪いけど準備を頼むよ。僕はフェルネにご褒美をあげたいから中に入るね。あと……物も少し借りるよ」

 リナが頷くのを確認しつつ、子供達が竹の建材をしならせて丸い外縁を作っているのを見届けた後、少年はさっと建物の中へ引っ込んだ。

 リナから糖結晶なる物を貰って、真っ先に向かったのは、毛繕いするフェルネの元だった。

「フェルネ、昨日はありがと!これお礼ね。そしてまたなんだけど、僕の頼みを聞いてくれたら、もっとすごいご褒美をあげる!どう?」

 聞くや否や、フェルネは毛繕いをやめて、じっと少年の目を見ていた。

 やはりフェルネは、そしてあの虹鳥イーリスフォーゲルも同様に、人と比べても遜色ない知能を持っている。それもそのはずだ、魔法などという超常現象を扱うには、相当の知能がいる。

 人の言葉も通じるフェルネに少年は、即興の作戦を説明した――自身の負けを拒絶し、子供達の稚拙な矜持を完膚なきまでに打ちのめす為、そして何よりリナと離れ離れになるのを阻止する為に、悪いが手段は選ばない。

「それじゃあひとつ、お願いだから頼むよ!」

 フェルネは欠伸を一つして、背中をグググっと伸ばしていた。

 それを了承と受け取った少年が次に向かったのは接着剤のある所だ。確かめたいことを調べた後、必要な物を次々と手に入れていった。最後に、飛扇に使う布の中から丁度良い大きさのものをマントのように羽織って、準備を終えた。

「吉――初戦闘は少し緊張感あるね」

 少年が広場に戻ると、簡易的な闘技場を完成させていたリナが、不安気な面持ちでこちらを見た。

「あっ!あのね少年君……決闘は対立意見に結論を出す時の決め事で……それにあの二人は私の事になると本気になるから、悪いけど君の勝てる相手じゃ……な」

 額に汗まで流して心配するリナの肩を、少年はポンと軽く叩いた。

「ちょいちょい、それよりひとつ聞きたい事があるんだ。耳を貸して?」

 不思議そうなリナの耳元に口を近づけて、ひそひそと小声を出した。

「リナはさ、パンツ履いてる?」

「んなっ!?な、なんでそんな事っ!?」

 硬直に赤面するリナの反応で、少年は微笑を浮かべた。

「ありがとう、これで勝てるよ」

「え?」

 リナを後ろに下がらせながら、不敵な笑みを浮かべる強気な態度の少年を、二人の子供達はせせら笑う。

「へへっ、これは負けたの反応が見ものだぜ!アンナ~!」

「ええっライゼン。どんな醜態を晒すのか、今から楽しみで仕方ないわ」


 直径約十メートルの円の外縁に少年が一人、その反対側に並ぶ子供が二人、そして場外で不本意な表情のリナが、嫌そうにしながら口を開く。


「はぁ……じゃあ、いくよ?……決闘、始めッ!」


 リナの掛け声を合図に、二人は好戦的な笑みを、少年は迎え撃つ構えを見せた。


「見せてやるぜ!≪起招風きしょうふう≫!」

「逃しませんわ!≪風輝球ふうききゅう≫!」


 ライゼンが手をかざすと、床に置かれた飛扇が浮き上がった。颯爽と飛び乗るライゼンは、いつでも突撃ができるよう彼に狙いを定めた。

 アンナは指で輪を作り、息を吹き込んで大きな泡を足元に出した。続けて体重を乗せて踏み込み、放物線を描くように上へ弾かれながら、少年の更に後ろへと華麗に回り込んだ。その間に、大量の泡を全ての円の外縁へ散布して設置した。

「物心ついた時から、俺たちはここで遊んでるんだぜ?」

「物流担当ですので風輝球の扱いはお手のもの。ごめんあそばせ」

 少年の自由に動ける領域を奪い、更に挟み撃ちにして泡で包囲した完全有利な状況の子供達は、負けを想像すらしていない得意満面。かたや少年は、体を横にして広い視野を確保、左右の二人を交互に見据えながら、頭を回転させていた。

 ライゼンは変幻自在の機動力で撹乱して飛扇による突撃、アンナは泡で急加速して飛扇を振り回す近接攻撃が主体、ならば戦術は、ライゼンの突撃を避ければアンナの追撃、それから逃れようとすれば、外縁に設置した泡を避けきれない。すると反発力で場外に飛ばされて敗北。

 しかし、この状況は少年にとっても好都合だった。 

「どうやら、相当見くびっている様だね。なら、僕のとっておきの魔法を見せてやろう」

 稚拙な子供騙しだが……はたして――

「ま、魔法ぅ!?そんな話、聞いて無いですが!?」

「使えてもどうせ最下位だろ?何だろうが危険じゃないぜ!」

 幼稚な頭でも分かるよう、大きな所作で両手を開いて見せびらかした少年は、マントからある小道具を取り出した。

「切り札は――すばり、瞬間移動だ!」

 右手に竹の粉が入った容器を取り出して、少し空けた親指を中に入れた握り拳をつくる左手の中になみなみと注いだ。

 空の容器を捨てて、粉が零れない様に隙間を埋めた左手をぐっと右手で押し込んだ後、少年は両手を開いて伸ばして、子供達に見せつけた。


「「無い!?粉を入れたはずなのに!?」」


 その後、少年は両手を軽く合わせると、再び右手をひらりと上げて、拳を作り、クイっと注ぐ仕草をする。

 ――するとなんと!?また右手から竹の粉が流れ落ちてきた。


「なっ!?え!?なんで!?また粉が!?」

「ほんとに瞬間移動した!?でも、魔力を感じないのに、どうして!?」

 

 魔法ではない想定外の現象を前に、子供達はギョッと表情を歪めた。


「えっと……これ、指が……」

 遠くから見守るリナは、じっと少年の親指を凝視していた。

 ネタが分かれば、つまらない子供騙しな手品だが、明らかに二人の動きが鈍った。


 少年は仕掛けたこけおどしで動揺を誘う作戦は上手くいったと確信した。瞬間移動を相手に突撃すれば、場外に飛ばされて即敗北。攻略の糸口が掴めるまで軽はずみには攻撃できない、それを理解した子供たちは迂闊に動けなくなった。   

 しかし、それは少年も同じだった。リナが言っていた最上位魔法の天魔護風陣がある限り、どんな攻撃も防がれてしまう。二人を場外へ出すには、触れ合う程度の優しい動作で押してやらねばならないのだ。


 いよいよ少年は、最初の勝負所を迎える。


「決闘は僕の勝ちだ!これで今すぐ、君らを場外へ飛ばしてやる!」

「させるかぁ!」

「……いけないっ!?ライゼンッ!」

 その時、アンナが気づいた。もし本当にそれが可能ならば、わざわざ言葉にして言う必要がない。つまり、わざと攻めさせる為の!陽動作戦!

 少年の言葉に見事に引っ掛かり、勝ちを焦らされたライゼンが突出した。

 変幻自在の曲線を描くライゼンの飛行は、弧を描くように流麗でありながら、突撃の瞬間には必ず直線的に突撃してくる。

 決定打を繰り出される前に、相対する少年はある物を右手に隠し持ちながら、指を差してライゼンへ向き直り、声高に叫んだ。

「引っかかったな!射程圏内だ!」

 未知の存在である少年の大言に、ふたたび子供達はギョッと表情を歪めた。

「複数同時不可能ッ!」

 ライゼンの攻勢を補おうと泡を足場に急加速したアンナが、少年へ飛扇を投げ飛ばす寸前――少年はある物を持った左手を背後にいるアンナに向けた。

 それを見て、ビクッと体を震わせたアンナが動きを止めた事を確認後、少年はライゼンに切り札の言葉を言い放つ!

「パンツ見えたァ!」

「ぎゃっ!?って、な訳ねぇだろっ――きゃああッ!?」

 同時に、服の袖に隠し持っていた竹の水鉄砲を、ライゼンの顔面目掛けて発射した。

 パンツ見えたと言う戯言は、銃口を向けた事を、認識させないための印象操作だった。

 顔面に水をかけられて怯んだライゼンは、視覚を失うタイミングで、更に爆竹の炸裂音が響き、驚きのあまりビクリッと身を縮ませて、ついに飛行のバランスを崩した。

 向かってくる制御を失い傾いた飛扇の突撃を一度受けた少年は、片足をあげて乗り込む様に踏み込んだ。

 飛扇の傾斜が更について、耐えられず転げ落ちるライゼンをすかさず両手で捕まえた少年は、勢いそのままに身を引いて、そのまま優しく場外に座らせた。

 主を失った飛扇は、反対側にいるアンナへと向かうが、彼女は身構えることもなく何もしなかった。当然のように見えない何かにぶつかった飛扇は、床にぶつかり乱回転した後、力を失い横たわる。

「靴は人の心を映し出す。故に女らしいのは、奇麗な状態のライゼンだ!」

 リナと同じ恥じらいを持つライゼンに通用するゆさぶりを企てた少年は、声高に叫んだ。


「まず一人ッ!」


 ぺたんと女の子座りのライゼンは、状況を呑み込むのに一拍を要した。

「負けた?……負けちゃった!?」

 そして、状況を理解した瞬間――わなわなとライゼンが震える。

「う、うぅ、わあああああん〜!?ごめんなさいアンナぁ〜負けちゃいましたぁあぁぁ〜」

 男らしい振る舞いをしていたライゼンは、一転して涙を零しながら女の子らしく泣き出した。


「あれ?ごめんね!ライゼンちゃん!そんなに泣くとは思わなかった。でもこれ、真剣勝負だからね?」


 おい――、と野太い声が少年の背後から届いた。


「てめえ……ふざけんなよ!ごらぁ!きたねえ手ばかり……使いやがってェッ!」

 おしとやかなアンナは、まるで別人のように怒髪天を衝く勢いで、怒鳴り声をあげてきた。

「人の物、勝手に持っていっただけでなく壊すとか、いいかげんにしろよ……クソ野郎ぉ!」

 彼女の怒りももっともな話だった。なぜなら少年は、アンナの追撃を止める為に、二人が作っていたであろう大切な贈り物の装飾品を勝手に拝借して盾にしていた。

 もし攻撃すれば、破損させてしまい努力が水の泡になると――そして、ライゼンを抱きかかえる時に手放した衝撃で容器が割れてしまい、見るも無残な姿になってしまったのだ。

 

「恐ッ!?だが、その目上に対するその態度は感心しないな。所詮は口先だけのガキ共、まるで相手にならんなぁ〜?ほら、お兄さんが礼儀を教えてやろう。かかってこいよ?構ってちゃん?」

 少し動揺を見せたが、少年はすぐに冷静を取り戻す。なぜならこの変化は予想通りだった。この二人は最初から違和感があった――まるで役を演じているような取って付けたチグハグさがあった。

 その背景を推察した少年は、ライゼンについてこう考えた。

 本当のライゼンが礼儀正しいということは、親友を危ない目に合わせたくないはず。だから男らしく見せて、不利になれば庇うために早々に勝負を急ぐはず――つまり、こけおどしが綺麗にハマると。


「上等だぁ!返り討ちにしてやるよ!」

 少年の予想を上回る感情の起伏で冷静さを欠いたアンナは、両手から風輝球を出して、剛速球を投げるようにして、直接少年を吹っ飛ばしにきた。

 泡と泡がぶつかると、弾きあって勢いよく吹き飛んだ。飛ぶ方向は予測しずらく、その威力は、当たれば場外へ飛ばされる――だけでは済まないだろう。

「そうだお前はそういう奴だ!なのになぜ偽る?なぜ本音を出さない?なぜに役を強いられている?誰の為にだ?それは本当に、自らの意思でやりたい事なのか?それとも義務か?」

 短期決戦のみ活路がある少年は、アンナの猛攻をたやすくすり抜ける言葉の心理戦で反撃した。

 日ごろから鬱憤を溜めてきたのだろうか。ますます怒りを強めるアンナは、より激しく体を動かして泡を放つも、言葉は返せなかった。

「答えられないなら、辞めちまえよ!ガキが大人振りやがって見苦しい。ガキは後先考えず、目先の夢を見ていればいいんだよ!文句あんなら真正面から攻めて来いッ!」

 ついに臨界点を突破して、アンナが叫ぶ。

「ウゼぇエエエエエエッ!」

 怒りは冷静さを殺すと知っている少年は、ここぞとばかりにマントから隠し持っていた竹とんぼを複数飛ばして、強烈な泡攻撃を牽制した。

「調子に乗るな!」

 鬱陶しいと言わんばかりに飛扇を片手で振り回して、羽虫のように玩具を撃ち落とすアンナ。

 しかし、風輝球を放つ手が止まったその時、少年は右手をかかげて、切り札であるそれを高く放り投げた。

「ああっ!?なんでぇ!?」

「贈り物が!?ふたつっ!?……」

「なんか……平べったい」

 ライゼンとアンナの切羽詰まったものとは違って、リナの声色は単調だった。


 少年は上を見上げて咄嗟にそれを掴もうとしたアンナの隙を見逃さず、隠し持っていたいくつもの竹粉の入った容器を床へと叩きつけた。


「うっ、てめっ――!?」

 姿が見えなくなるほどに二人を覆う竹粉の煙幕の中、少年は、甲高い音を放つ鳴子を建物の方へ投げ飛ばした後、マントを被りながら伏せた。

 すると、建物の方から物音が聞こえたアンナは、当然のことながら、そっちに意識を向けた。

「そっちか!吹っ飛べェ――この野郎っ!」

 仕掛けるアンナも、瞬間移動を相手に無策で突っ込んで来なかった。


 数メートルの巨大な飛扇を広げた状態で、外縁に設置していた風輝球に信じ難い腕力を誇る両手で振りぬき、思い切りたたきつけた。

 すると、反発力でとんでもない威力の爆風が粉をすべて吹き飛ばした。

 同時に建物の方から、何か大きなものの激突音が響き渡り、側に立てかけられた竹馬が次々と、倒れた。

 アンナの頭上に降り注ぐ脅威は、守りの魔法が弾き飛ばして意味をなさなかった。


 辺りが静まり返り、開けた視界を見渡すと、そこにはだれもいなかった。


 そして、アンナの眼前の先には、汚れ一つなく建物の中に佇む少年の姿があった。


「場外だッ!じゃあっ!俺の勝ちだぜ!ざまあ見ろ!煙幕なんて子供騙しに引っかかるかってんだ!瞬間移動だか知らないが、そんな繊細なもん、てめぇに扱える訳ないんだよぉ!――やったぁ!」

 勝利を掴み取り子どもらしくその場で飛び跳ねて喜ぶアンナと、少年を交互に見るライゼンは、涙を拭いながら呟く。

「それにしても恐ろしいひと、私達より弱いのに、ここまで……やるなんて……あっ!」

 ぴょんぴょんと建物側の端にまで移動したアンナの背後から、床材の竹と同じ色をした粉塗れの人が手を伸ばした。


 そして小さく無防備な背中を「残念掌」と言いながら――アンナを場外へ優しく押し出した。


 いきなり背後から不意に押されて驚き、きょとんとひざを折って座り込んだアンナは、何が起こったのか、理解が追いつかないようだった。

「……へ?はぁっ?なん……で、ふたりめ?……じゃあこっちの……わァっ!」

 アンナが見ていた建物内にいる場外の少年の姿は、ぐにゃりと曲がって消えていった。

「これは……フェルネの!?」

 こればかりは、決闘を見守っていたリナでさえも驚いた。

「覚えておくと良い。勝負の趨勢は、戦う前から決まっている!――僕の勝ちだっ!」


 決闘の結果、二人の負け――。


「フェルネは卑怯だと思います!」

「嘘ばっかり!正々堂々戦う気、無かっただろてめぇ!」

 などと、負け犬が二匹が吠えて喚いて抗議していたが、対照的な少年は大人の対応を見せようと口を開く。

「フェルネは直接的には何もしていない。僕は魔法なんて使えない。あれは手品だ。負け惜しみや言い訳を聞く気はない。無しよは無しではなかったかい?」

 全く容赦無しの完全否定であった。

「あはは……少年君が持っていた二人の贈与物も、偽物だったしね」

 アンナ対策に使用した少年の贈り物は、飛扇の柄を転写する魔法で偽装していただけの、竹筒だった。


 なぜ少年は、あれを二人が作った贈与品と気付けたのか。まずリナの家に同じような物は無かった事、そして多数の試行錯誤の形跡は不慣れな事、リボンを結ぶプレゼントは送る対象がいること、最後に二人がよく訪れると分かれば、彼にとってそこまで難しい推理ではなかった。


 相当負けが悔しいのだろう、ついにはライゼンは声が出なくなり、アンナは自身の服に噛みついて引っ張り始めた。

「あの~少年君、さすがにこれは、どうなのかな〜って思うんだけど……」

 安堵はしているものの、あまりにも酷い流れに、とうとうリナは苦言を呈する。

「甘いね。戦いは負けちゃいけないんだ。大小を問わず、相手が誰でも関係ない。真剣勝負に正々堂々は有り得ないよ」

 少年に面と向かって否定されたリナは、口どもる。

「それに……勝ち目の無い戦いに無策で挑むより、勝ち目を掴もうと足掻く事こそ勝負に対する誠実さではないか?だからこれは、正々堂々を超えた本道なんだ!」

 訳の分からないことをまくしたてる少年の声に、幼ない声がふたつ反応した。

「……ほわ〜……確かに、ここまで本気で相手してくれた人は兄ちゃんだけだ。感動したぜ!」

「卑怯晒して無様に這いつくばっても、勝ちに拘る醜い姿勢、わたくし感服いたしました!お兄さまの言いなりになりますぅ!」

 苦し紛れの言い訳に、なぜか元の演技を再開した二人が言いくるめられていた。


「あー、ほ、ほら!話せば分かってくれたよ?あと言いなりってのは無しで。集落から追い出されちゃうから」


 その後、めちゃくちゃに荒らされた工房を綺麗に掃除するリナを眺めるライゼンとアンナが、少年を挟んで椅子に座ってくつろいでいた。

 

「リナ姉はさ、昼夜を問わず人知れず、ずうっと頑張っているんだぜ」

「だから、少しでも荷を軽くしたいと通いはじめましたわ」

「でも、漠然として、分からないんだ……何をなすべきなのか……」

「みんな、次に行ってるのに、停滞してて……」

「羨ましくてさ……焦る、自分が夢中になるまで好きなことって……」

「本当にあるのか不安なんです……考え込むと……なんにも見えなくなって……怖い」

 二人は少年を認めたようで、すっかり本音を話してくれるようになっていた。

「人に作用する魔法は具体性がなにより重要でさ、ほんとうに……困っています」

「子供には……んな高度なモンは思いつかねぇ。願いなんて……わけわからん」

 ライゼンとアンナはそう言うと、顔を見合わせてから少年を見た。

「「けど――はじめて思った……お兄さんみたいになりたいなあ!」」

  そう言う二人は、羨望の眼差しを向けてきた。

「げぇっ!?やめてよそれ……教育に良くないよ?」

 ポリポリと頭を掻いた後、二人の真剣さを蔑ろにできなかった少年は黙考した。

「……けど、この言葉は、気に留めて欲しい」

 そして、ライゼンとアンナに贈る言葉を、じっくり選んで語り始める。

「大事に抱えた問題はすぐ解決しなくて……いい。簡単な話じゃないだろうからね。でも、それを理由に自分を捻じ曲げて――こどもが全てを捧げるのは……違うはずだ」

 両隣に座る小さな手を取った少年は、今までの頑張りを労うように、優しく握った。 

「何のために何をして何を思い何を求めるか――日々の生活から、何が好きで嫌いなのか、己と向き合い理解を深めて、ココロを生かすような願いを、ふとした時に考えればいい。きっと、相応しい思いが、良い方へ導くだろう――君らはまだまだ発展途上だ、焦るとも、思い切り遊んで楽しめばいいさ」

 元通り綺麗になった工房を見て、三人は立ち上がった。

「まぁ、僕でよければ――また遊ぼう!」

「「……うん!」」  


 説得の末、なんとか二人は、友達という形で納得してくれた。


「そんじゃな!アンちゃん!」

「後ほど、お会いしましょう」

 すっかり仲良くなった二人は、颯爽と竹藪の奥へ飛扇に乗って飛んでいった。

「はぁ~……何とかなったなぁ~」

 これで手駒ゲ~ット!と、悪い顔で口元を上げた少年の思惑にリナが水を差す。

「いい子たちでしょ。今度はちゃんと仲良くしてあげてねっ!」

 笑顔ではあったが、リナの口調がやや強めだった。勝手な行動は慎め――という意味も含まれているのだろうと察せるくらいには……。

「ごめんて。でもここだけの話さ、監視役はリナが良かったから、どうしても負けるわけにはいかなかったんだ」

 褒められると嬉しい。ここぞとばかりに、少年は自分と相手のフォローも欠かなかった。

「ふーん……でも今後は控えてね。でないとイーリスに襲われちゃうよっ!」

 照れくさそうにそっぽを向くリナは、満更でもない様子だった。

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