辛辣な祠の管理人さん まりんとりりかの友情
まりんは、堕天使と契約をした時から今に至るまでの経緯を掻い摘まんで説明した。そして顔色ひとつ変えずに黙ってまりんの話を聞いていた祠の管理人さんと再び
「今の話を踏まえて、君に訊きたいことがみっつある」
鋭い目つきでまりんを見据えながら、祠の管理人さんは前置きをしたうえで疑問を投げ掛ける。
「ひとつ、堕天使の噂話を知っていながら長者屋敷跡へと赴き、堕天使と契約をした理由はなにか。
ふたつ、俺と初めて対峙した時、君はまだ、生身の人間だった。なのに、次に会った時から今に至るまで、君は生身の人間ではなく
みっつ、君が堕天使を封じたとされる短剣……それをどこで入手したのか。以上、質問に答えてくれ」
祠の管理人さんからの鋭い質問に、左手でみぞおちを押さえながら蹲るまりんは、ポーカーフェースで返答する。
「質問にお答えします。まずひとつめ……私が堕天使と契約をしたのは、アスファルトで塗装された田圃道で、あなたと対峙する狩衣の少年と、彼の背後で気を失っている三人の子供を助けたかったから。
そのために、あなたと釣り合う力が欲しかった。だから町の噂話を頼りに長者屋敷跡へと向かい、その地下にある祠にて復活を遂げた堕天使と駆け引きをしたのです。海山町とこの地球と、地球に住む全人類に危害を加えない、誰ひとりとして殺さない……と。堕天使は、私から提示したこの条件を呑みました。そうして私は、堕天使と契約をしたのです。
ふたつめ、私が
その結果、私は堕天使の侵入を許し、いつの間にか私の背後に忍び寄っていた堕天使に、その力で以て、命を奪われました。そこから後のことは……私自身、本当に死んでしまったと思い気を失っていたので覚えていませんが……シロヤマが、私の命を救ってくれたのです」
いつになく、真剣な面持ちで質問に答えるまりんの話を聞き、今度はシロヤマの方に鋭い視線を向けた祠の管理人さんがやおら問いかける。
「そうなのか?」
鉄柵の門を背に、精悍な面持ちで佇むシロヤマが返答をする。
「ええ、彼女の言う通りです。目の前で、見ず知らずの女の子が命を落とすなんて……俺にはそれがとても耐えられませんでした。
俺が傍についていながら……彼女を守ってやることも、助けることも出来なかった。そんな罪悪感を抱き、生き延びて欲しいと心から願い、俺は彼女に蘇生術を施しました。
本当なら生身の人間のまま、彼女が蘇る筈でした。けれど……どういうわけか、体から魂が抜け落ちてしまって、彼女は
彼女が、堕天使を封じた時に使用した短剣は……実は俺が予め、長者屋敷の跡地にて見つけ出した、堕天使を封じることの出来る予備の短剣なんです。生前、祠を管理していた長者が予備の短剣を、自室の中に隠し持っていたようで……
この世に復活を遂げた堕天使を、再び祠の中に封じるには短剣が必要でした。しかし、堕天使を封じていた短剣は、長い年月をかけて錆びてしまい、使い物にならなかった。
そこで俺は、長者屋敷の跡地から持ち出した新しい予備の短剣を彼女に渡しました。祠に眠る像の中に堕天使を封じるのは、彼を復活させてしまった彼女が適任と考えて」
それからしばし、沈黙が続く。周辺を飛ぶ野鳥の鳴き声や街路樹を揺らす風の音、その他の生活音すら聞こえない。この空間だけが現世から切り離されてしまったような、なんとも言えない異世界に迷い込んでしまったような感覚がした。
異様なほど静まり返る最中、最初に沈黙を破ったのは、厳格な雰囲気が漂う祠の管理人さんだった。
「……事の発端は、久世理人、長浜美里、綾瀬勇斗の三人が、魔法と精霊の力で以て、祠に封じられた堕天使を消し去り、無に還そうとしたことだ。堕天使討伐と言えど、そのやり方は堕天使復活という、最悪の事態になりかねない行為。
当然、祠の管理人として容認出来なかった俺は、子供達を重罪人とした。生身の人間のままでは、冥界に連れて行けない。だから、子供達を
目的を達成するために少年と交戦、その最中だった。真っ赤なコートを着た君が、目深にフードを被って割り込んで来たのは。俺はずっと、君を疑っていた。祠の侵入者として、堕天使との関係性を持つ者として……そして今、君への疑いは確信へと変わった。
赤園まりん。今から君を冥界まで連れて行く。その地にて、しかるべき罰を受けるんだ。その後、霊界で生活をしてもらうため、そこを管理する冥府役所の役人に君を引き渡す。シロヤマ、お前も一緒に来い。祠の中に眠る堕天使の像について、訊きたいことがあるからな」
祠の管理人さんに睨め付けられ、動揺を隠すように、ポーカーフェースをするシロヤマは、返事をしなかった。青白い顔をしながらも、落ち着けと自身に言い聞かせて気持ちを落ち着かせるとまりんは、意を決したように口を開く。
「私にはまだ、晴らしたい未練があるので、現世を離れたくありません。私には、愛する家族がいます。仲良しの友人や知人もいます。誰にも、さよならを言わずに去るのは切なく、忍びないので……もう少しだけ、時間をください」
そう、真剣な面持ちで祠の管理人さんに掛け合ったまりんは切願した。祠の管理人さんがやおら、真顔で返事をする。
「君の気持ちは分からなくはないが……仲良しで愛する、君にとって大切な人達と顔を合わせば合わすほど、現世を離れるのが辛くなる。ならば、このまま別れを告げずに去った方が君の……」
「ためとか言わせませんからね!」
突如として会話に割って入った女子高校生が、まりんに向ける、辛辣な祠の管理人さんの言葉を遮った。
「絶対に反対! 私は、まりんちゃんと離ればなれになるのはイヤだから! 意地でもくっついて離れないんだからね!」
相手の言葉を遮った挙句、駆け寄った黄瀬りりかがそう叫んで思い切りまりんに抱きついた。
「り、りりかちゃんっ……?!」
「ごめん、赤園……止めたんだけど、俺の力じゃ無理だった」
そう、申し訳なさそうに詫びたのは、ようやっとりりかちゃんに追いついた細谷くんだった。
「ひょっとして、ここでの会話、全部……」
「うん、聞いてた。邪魔にならないところで、黄瀬と一緒にひっそりと……」
真顔で、気まずそうに告げた細谷くんからの返事に、青ざめたまりんは驚愕した。
りりかちゃんにバレたっ……! 私が
心の中で絶叫するほど、まりんにとってそれは衝撃的な事実なのであった。
「わたしは……」
心底ショックを受けるまりんに抱きついたまま、りりかちゃんが不意に口を開く。
「まりんちゃんが
それはまるで、遠くへ出かけてしまう母親に抱きついて甘える子供のようだった。
仲良しの友達から伝わる、愛しさと切ない気持ち。遠くへ行く方も辛いが、置いて行かれる方も辛いのだ。そしてそれは、まりんが恋愛対象としてみる細谷くんも同じである。
彼の言う通りだわ。愛する家族、仲のいい友人や知人……大切な人と顔を合わす度に、現世から離れるのが辛くなる。
「ありがとう……りりかちゃん」
まりんはそう、自身の体に抱きつくりりかちゃんの腕にそっと手を添えると、心から感謝の言葉を述べたのだった。
きらきらと、まぶしいくらいの友情に満ちた、ふたりの女子高校生の姿を目の当たりにし、無言で左手を額に添えた祠の管理人さんは頭を抱えた。これが小説ではなく漫画のひとコマなら、頭を抱える祠の管理人さんの背景に、以下の文章が書き連ねてあることだろう。
俺が彼女に言ったことはたぶん、間違ってはいないと思う。が、このまま強引に彼女を連行するとなんだか罪悪感が……それに強行突破をすれば、ここにいるシロヤマやセバスチャンに加えて、精霊王と魔法使いの久世理人と綾瀬悠斗との戦闘が勃発。とりわけ、俺と互角に戦えるセバスチャンは強力だ。
一対一のサシの勝負なら断然、俺の方が有利だが一対複数人の、本気の戦闘になれば一般の女子高校生達やローレンス達にまで命の危険性が……そもそもこの場に一般人がいる時点で、戦闘を起こして巻き込むわけには行かない。
苦渋の末、祠の管理人さんはある決断をする。
「……赤園まりん。もう一度、俺と勝負しろ。君が俺に勝てたら、なんでも言うことを聞いてやる。成り行き次第じゃ、先ほど俺が君に言い渡したことが、ちゃらになるかもしれないぞ。勝負を受けるか受けないかは、君の判断に委ねる」
額から手を離してそう告げた、真面目な祠の管理人さんの顔を、じっと見詰めるまりんの目が驚きで丸くなる。思いがけないチャンス到来。ならばもう、答えは決まっている。
「分かりました。祠の管理人さんとの勝負、受けて立ちます!」
闘志が宿る精悍な顔つきで、まりんはしっかりとそう返事をしたのだった。
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