誕生日と友情の印
無言で背を向けたまま、ただじっと話に耳を傾けていた堕天使が、ゆっくりと振り向き、対面したまりんの問いに答える。
「君からのその約束は今も、私が自ら左手に刻んだ印により守られている。だが……私と契約を結んだ時点で君はもう、普通の人間ではない。
君が私と交わした約束が、特殊能力を持たない、極普通の全人類のことを指しているのなら、君はそれに該当しない。そう……私と約束を交わす前に君が、君自身を全人類の中に含まなかった。特殊能力を持った自分自身を含んだ言い方をしていればそれは約束となり、私に命を奪われずに済んだのだ」
もっとも、君が
薄ら笑いを浮かべた堕天使は、冷ややかにそう付け加えて言葉を締め括った。
「もうひとつ、質問に答えて」
そこで一旦、言葉を区切ったまりん、一呼吸間を置いてから、意を決したように口を開くと質問した。
「私の現状を把握しているあなたなら、これも知っている筈よね。私の、本当の体をどこに隠したの?」
顔色ひとつ変えず、声の調子を保ちながら堕天使は返答。
「さぁ……どこに隠したかな。歳のせいか、記憶が曖昧でね……いまいち思い出せない」
わざとだ。この人、絶対わざと思い出せないふりをしている。
薄ら笑いを浮かべて意地悪な返答をした堕天使に対し、直感が働いたまりんはイラッとした。
堕天使は不死身故、見た目は若い青年だが中身はそれ相応に歳を取っている。記憶力が低下していてもおかしくはないが、この狡猾そうに見える堕天使に限って、そんなことは絶対にあり得ない。
「どうしても、白状する気になれないようね」
「現段階では。この場で私が白状しないのはまだ、君が本当の体を取り戻すタイミングではないからだ。いずれ、その時になったら分かるだろう。この場で私が白状をしなかった、本当の理由がな」
意味ありげに笑みを浮かべてそう告げると堕天使は、再びまりんに背を向けていずこかへと姿を消した。
堕天使の口振りから察するに、
何故、素直に白状せずにもったいぶったのか。それほどまでに、堕天使にとってまりんの本体が魅力的なのだろうか……不可解に思うばかりである。
白色のカスミソウとピンク色のネリネをアクセントに、鮮やかな黄色のヒマワリが主役のミニブーケ。この三種類の花にはそれぞれ花言葉がある。
花言葉には、日本の花言葉と、西洋の花言葉とがあり、用途に応じて、草花ひとつひとつに複数の花言葉が存在するのだ。
堕天使から贈られたミニブーケにネリネがあることから、日本の花言葉と推測してそれぞれの花言葉を当てはめてみると……
「私は、あなただけを見詰めている。あなたとの出会いに感謝……また会う日を楽しみにしているよ……ってところかな」
堕天使から贈られたミニブーケの、花言葉を先読みした青年が、気取った口調でそう告げると姿を見せた。
「シロヤマっ……と、細谷くん!」
ふたり揃って姿を見せたシロヤマと細谷くんに、振り向きざまドキッとしたまりんは動揺した。シロヤマはともかく、よりによって細谷くんに堕天使と一緒にいたところを見られてしまうとは……
「それ、今までここにいた、ヤツからの贈り物だろ? 花言葉なんてまどろっこしいことしないで直接口で言えよな。花自体にはなにも、罪なんてないのに……あいつ、悪趣味だな」
心から堕天使を軽蔑しながらもぼやいたシロヤマに同意したまりんは平静を装いながらも、
「ほんとそれ。ヒマワリは、私が好きな花のひとつだし、ストーカーみたいな変人よりも、もっとマシな人からもらいたかった。このミニブーケ、シロヤマにあげるわ」
そう愚痴って、堕天使からの贈り物をシロヤマに手渡す。
「ありがとう。大事に飾らせてもらうよ」
不愉快な顔をするまりんからミニブーケを受け取り、紳士的に礼を告げたシロヤマは、
「お礼に、このコサージュを君にプレゼント。まりんちゃんに似合うと思って、細谷くんとふたりで選んだんだけど……思った通り、黄色いバラにして正解だったよ」
突然のことに、いささか驚きの表情をするまりんの左胸にコサージュを付けながらそう告げた。それも、得意げな笑みを浮かべて。
「細谷くんと、選んだの……?」
「うん。今日が君の誕生日ってことを、細谷くんから聞いて……だからその記念に俺と細谷くんとで、コサージュを合作したんだよ。友情の印も込めて、おそろいにしたんだ」
左胸におそろいのコサージュを付ける細谷くんの方にちらりと視線を向けて説明をしたシロヤマ、自身の胸にも付けたコサージュを見せながら、まりんの方に視線を戻すと、
「誕生日、おめでとう!」
穏やかに微笑む細谷くんと声を揃えてまりんの誕生日を祝福したのだった。
白色のレースに縁取られたレモン色のリボン、アイビーと白いカスミソウが、主役の三本の黄色いバラを引き立たせているかわいいコサージュが、まりんの左胸できらきらと輝いている。堕天使と遭遇と言う、嫌なこともあったけれど、そんな気持ちが払拭するくらい、まりんは感激した。
「どうせなら……シロヤマじゃなくて、細谷くんからもらいたかったな」
「んなっ……!」
「なんてね。ありがとう!」
そっけなくぶちまけた本音でショックを受けるシロヤマに、まりんはそう言って誤魔化すと満面の笑顔で礼を告げたのだった。
今朝、LINEで家族が祝ってくれたのに、今日が、自分自身の誕生日だってことが分かっていたのに、堕天使と遭遇したことでいちじ的に忘れてしまっていた。細谷くんとの合作のコサージュを、まりんの左胸に付けたシロヤマが知らせてくれるまでは。幸福感に満ち溢れていた。そしてまりんは決心する。
ここまできたらもう、隠す必要はないわね。伝えなきゃ。シロヤマと一緒に、私の面前で佇む細谷くんに、堕天使に纏わる真実を。
「細谷くん、あのね……」
複雑な表情をして微笑むまりんは、改まったように口を開く。
学生アルバイトとして勤務をする職場にて、まりんは浮かない顔をしていた。
「細谷くんにまだ、伝えていないことがあるの。本当は今すぐ伝えたいんだけど私……これから仕事があるから、明日になっちゃうと思うけど……明日、LINEしてもいいかな?」
出勤前、シロヤマとともに姿を見せた細谷くんにまりんはそう告げた。
「分かった。俺のことは気にしなくていいから、安心して仕事に行って来いよ」
そう返事をして、きりりと引き締まった表情に気さくさを滲ませて微笑む細谷くんに送り出されて、今に至っている。自分から言っておきながら、いまさらながらに後悔してきた。
故郷となる、海山町に古くから伝わる堕天使の噂話が実は実在していて、人助けのために堕天使と契約、堕天の力の使い手となった。その事実を、細谷くんは未だに知らないのだ。まりんとは小学生の頃から学友としての付き合いもあるのに。
本当にいまさら……だよね。でも、ここで本当のことを伝えなきゃまた伝えそびれちゃう。
そんな、優柔不断な気持ちを抱く自分自身に対して、まりんはもやもやしたのだった。まりんが浮かない顔をしながらレジ番をしていると、
「まりんちゃーん、手が空いてたら、手伝って欲しいんだけど」
店の奥の作業場からひょいと顔だけを見せた店長の花山さんがそう言ってまりんに助けを求めた。
「あ、はーい、いま行きます」
間延びした声で返事をしたまりんは他のアルバイトにレジ番を頼むと、奥の作業場へと向かったのだった。
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