12-① 黒妃戦(前)
まさか私が朱妃様ばかりか白妃様までもを降すとは、誰も想像していなかったに違いない。観客達のどよめきは大きく、ざわめき程度の大きさになってもなおも鎮まる気配はない。
――まあ、それはそうよね。
朱妃様も白妃様も、四大貴族たる夏家、秋家が誇る、最高峰の
そんなお方達を相手に、護牌官も持たない、平民上がりの得体の知れないはぐれ
とはいえ私が勝利したことは確固たる事実であって、今更覆るものではない。
さあ、次だ。私の戦いはまだ、終わってはいない。先ほどから……いいや、この鍛錬場において私が姿を見せた時から、この身に突き刺さってくる視線がある。冷たく凍えるような、たやすく鋼すらも貫いてしまうつららのような、恐ろしいほど鋭い視線。視線だけで相手が殺せるというのならば、私はとっくに絶命していたに違いないと断じれるような視線だ。
あえてそちらを見ないようにしていたけれど、ここまで来るとそうも言ってはいられない。覚悟を決めてそちらへと視線を巡らせる。想定以上の憎悪に満ちた黒瞳と、ばっちり目が合った。ぞっと一気に身体が冷えた気がしてぶるりと身体を震わせる私の耳に、審判である将軍の号令が届く。
「第三戦。黒妃、
その言葉とともに、護牌官たる兄君、
朱妃様、白妃様を相手取ったときとは異なる、ある意味ではもっとも恐怖を感じさせてくださるお相手だ。彼女の瞳に宿る憎悪、そしてそこから導き出される殺意に、手に持ったままの絵筆をぎゅっと握り締める。
――どれだけ恐ろしい相手だとしても。
――私は、負けられない。
――私は、勝つためにここにいる。
そう自らを奮い立たせると同時に、銅鑼の音が響き渡る。黒妃様との
いざ絵筆をまっさらな
「……キズモノの
でも、と、早くも数枚の
「でも、だからといって陛下に自分がふさわしいなどと勘違いするだなんて……本当に美しさというものは、容姿ばかりではなく、精神にも通じるものであるということを、わたくしが教えてさしあげますわ。ね、
「ああ、もちろんだとも。我が愛しの妹姫の意のままに」
黒妃様の雪のように白い手が差し出した
「
その言葉とともに、彼の手の
その次の瞬間、ざあっとつい一瞬前まで私が立っていた場所に、ざあっと強烈な雨が降り注いだ。同時に耳朶に届くのは、じゅうううううううっと地面が灼ける音。ひ、と、思わず口から悲鳴がこぼれそうになった。
――強酸の雨だなんて!
あれを浴びていたら、全身を灼かれて地面に崩れ落ち転げまわる羽目になっていたに違いない。しょ、初手でここまで残酷な手段を選ぶのかこの兄妹!
「なんだ、避けたか。その分不相応な衣装から溶かしてやろうと思ったのにな」
「まあ
「うんうん、ごめんな
わあああああなんという会話を……。見目麗しい兄妹の微笑ましい歓談、というにはあまりにもおっそろしい会話である。すごいな、あの会話を素でやってるのかあのお二人。周囲の観客の皆様もさぞかしドン引きして……ないな、ぜんぜん引いてない。むしろ美しいものには棘がある、冷たいからこそより魅力的、だなんて方向性で、うっとり二人のやりとりに見惚れている方々ばかりだ。
――その棘の切っ先を向けられている私としては冗談ではないんですけども!
盛大に顔を引きつらせながら再び絵筆を動かし始めても、それを続けられたのはほんのわずかな間だけだった。「
「っ
これは、今描いている
呼び出されたのは、金の属性をまとう大きな盾を持つ、美しき戦乙女。彼女は攻撃の手段は持たないけれど、そのかわりにとびぬけて優秀な防御能力を宿す精霊だ。見事な装飾がほどこされた大きな盾で私を庇ってくれる彼女に感謝しつつ、改めて途中になっていた
これでしばらくはもってくれれば……と願いつつ、とにかく全身全霊を懸けてできうる限りの速度で絵筆を動かし続ける。完成にはまだ時間がかかるけれど、流石にこの戦乙女の盾、そうそう簡単に打ち砕かれることはないはずだ――という私の予測は、次の瞬間、その盾が砕け散り、戦乙女が悲鳴を上げてかき消されたことによって見事なまでに打ち砕かれた。
盾によって影が落とされていた視界が唐突に明るくなり、へ? とうっかり間抜けな声を上げる私の上に落ちる新たな影。それが、氷で作られた巨大な槌であると理解するよりも先に、転がるようにその場からなんとか逃れる。
はは、と、耳朶を打つ笑い声。振り下ろした巨大な槌を軽々と担ぎ直し、
「その程度の防御
「
残念、と続ける
なるほど武具作成が一番お得意でいらっしゃるのか、とありがたい有益な情報を頭に入れつつ、作りかけの
それでももちろん黒妃様方が待ってくださるわけもなく、今度は氷の弓を召喚した
「~~っ
――ざああああああああああああああああああっ!!
すさまじい音が鍛錬場に響き渡った。
先ほど私を狙ってきた氷の矢とは比べ物にならないほど数の、すさまじい量の水しぶきの矢が、豪雨のように降り注ぐ。
つくづく残酷な手段を選んでくださるものだと、改めて身体に震えが走る。
ギリギリ描き上げた木の氣を宿す傘でなんとかしのぎ切ったものの、間に合わせの筆の
しのぎ切った、とは言いつつ、それは本当にかろうじてで、既に身体のあちこちには裂傷が走っている。けれどその痛みにもだえることも、力を貸してくれた
構わずに再び途中描きの
「本当にしぶといこと。せめて最期くらい潔く散ってみせればいいのに……」
つくづく呆れ果てたと言わんばかりの口ぶりだ。いやそうは言われましても、と思いつつもなおも絵筆を滑らせ続ける私をちらりと一瞥した
「そう言ってやんなよ、
「まあ! 酷いわ、
「それこそまさかだって。ただ、お前にとっての俺みたいな存在もなしにここまで持ちこたえてる女に、少しくらい敬意を払ってやってもいいかと思ってさ」
「~~~~酷い、酷いわ!
「悪い悪い。許しておくれ、俺のかわいい最高の姫君。さあ俺に次の武器を授けてくれ」
「……あの女をちゃんと殺してくれたら、許してさしあげる。さあ
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