第1話(4)初対局

「ど、道場破り……?」


 玲央奈が戸惑う。


「そうじゃ!」


 竜子が満面の笑みで頷く。


「道場破りって、一体いつの時代から来たのよ……」


「道場とは破るもんじゃろう?」


 竜子が首を傾げる。


「認識がわりと偏っているわね……」


「そうかの?」


「そうよ」


「ところで、玲央奈よ」


「い、いきなり呼び捨て⁉」


 玲央奈が面食らう。


「さきほど言っていたな。お主がこの道場の中で一番強い奴だと?」


「お主って……ええ、そうよ」


 玲央奈が自らの胸に手を当てて頷く。


「それはまことのことか?」


「まことのことよ。嘘を言ってもしょうがないでしょう」


「……」


「なに?」


「まだ子どもではないか……」


「! あ、貴女だって子どもでしょう⁉」


「ワシは小四じゃぞ?」


「私も小四だけど?」


「むっ、同級生か……」


 竜子がややたじろぐ。


「……小学四年生ということでマウントを取ろうとしたの?」


 玲央奈が呆れ気味に呟く。


「お、お主、どこ小じゃ?」


「昭和とか平成とかの絡み方⁉ べ、別にどこだって良いでしょう……」


「む……まあ、それもそうじゃな……」


 竜子が頷く。玲央奈が咳払いをひとつ入れる。


「……おほん、将野さん……」


「竜子で構わんぞ」


「ええっ⁉ りゅ、竜子ちゃん……」


「なんじゃ?」


「一局指したいのでしょう?」


「ん? ここはカラオケもあるのか?」


 竜子が周囲を見回す。


「い、いや、一曲じゃなくて、『一局』ね……テレビ局とかの局」


「ああ、お局さんの局か」


「それについてはノーコメント……将棋は対戦を局で数えるの」


「ほう……では一局打つか!」


「違うわ」


「なに?」


「『打つ』のは『囲碁』、将棋の場合は『指す』というのよ」


「ふむ……」


 真面目な顔つきだった玲央奈がフッと笑う。


「まあ、細かいことはおいおいでも良いわね……それじゃあ、早速指しましょうか」


「ああ!」


「……それじゃあ、こっちへどうぞ」


「うむ!」


 玲央奈に促され、二人は空いている席に向かい合って座る。


「……さて」


 玲央奈は竜子の分まで駒を手際よく並べる。


「よし! 始めるかの!」


「待って」


「ん?」


「将棋は礼に始まって、礼に終わるのよ……『お願いします』」


 玲央奈が丁寧に頭を下げる。


「お、お願いします……」


 竜子も頭を下げる。玲央奈は微笑む。


「よろしい……ああ、そういえば……」


 玲央奈が自らの駒をいくつか取ろうとする。竜子が首を傾げる。


「……ちょっと待て、何をしておるんじゃ?」


「何って……ハンデよ」


「ハンデじゃと?」


「ええ、このままだと勝負にならないでしょう」


「ば、馬鹿にするでない! そんなものは無用じゃ!」


「ええ……まあ、良いわ」


 玲央奈が駒を並べ直す。竜子が満足気に頷く。


「そうじゃ、それで良い……」


「……先手は……先攻は貴女で良いわよ」


「そうか……ああ、先に言っておかなければな、勝ったらこの道場の看板をもらうぞ?」


「ええ? ま、まあ、良いわよ、勝てるものならね……」


「よし、始めるぞ……こうじゃ」


「! は、8六歩⁉」


 竜子の指した手に玲央奈が驚く。竜子が首を捻る。


「? どうかしたのか?」


「い、いえ……」


(いきなり悪手を指してくるとは……駒の持ち方もたどたどしいし……かなりの初心者ね……良い感じに指させて、気分良くなって、将棋を好きになってもらおうかと思ったけれど、かなり難しいわね……いいえ、玲央奈、これも修行の一環よ……)


「お主の番じゃぞ?」


「分かっているわよ……」


 玲央奈が初手を指す。対局が始まる。それからしばらくして……。


「こうじゃ!」


「む……」


 竜子の指した手に玲央奈の顔が若干強張る。


(なかなかの妙手ね……定跡も戦法もなにもない滅茶苦茶な将棋だけど……このままこの子のペースに巻き込まれるとちょっとマズいわね。道場の看板もかかっていることだし、ここら辺で勝たせてもらおうかしら)


「なんじゃ? どうした?」


「なんでもないわ……!」


 玲央奈がビシっと駒を指す。そこからしばらく手が進む。玲央奈の端正な顔が次第に険しいものになっていく。


(……私が劣勢⁉ 最近は大人にもそうそう負けないこの私が⁉ こ、この子、一体何者なの⁉ 大会などでは見かけたことが無いけど……)


 玲央奈が竜子の顔をじいっと見つめる。竜子が不思議そうにする。


「なんじゃ? ワシの顔になにか付いておるか?」


「い、いいえ、なんでもないわ。失礼……」


 玲央奈が視線を戻し、次の手を指す。竜子が返す。玲央奈の顔がまたも険しくなる。


(また絶妙な一手を……! ほ、本当にこの子何者? ワシとか言ってるけれど……この辺の子じゃない? もしかして広島の子?)


「ふふん、どうじゃ、太郎、パパさん、ワシの対局ぶりは?」


「い、いや、いきなり話しかけないでよ!」


「た、対局に集中しなさい!」


(兄弟の子とお父さんは方言ではないわね……やっぱりこの辺りの子なの? いや、どちらにしても、これくらいの棋力なら、今まで注目されてこなかった方がおかしいわ……)


「………」


 玲央奈が盤面を見ながらしばらく考え込む。竜子が尋ねる。


「玲央奈の番じゃぞ?」


「分かっているわ……よ!」


「ほい!」


「‼」


 竜子が即座に指し返してきたことに玲央奈は驚く。


(わ、私が長考したのに、ノータイムで指してきた⁉ 読んでいたの⁉ あっ……!)


 玲央奈が自らの口元を抑える。明らかにマズい手を指してしまったからだ。


(私としたことが! 焦って、下手な手を! 流れが完全にこの子に……!)


「これでどうじゃ!」


「⁉」


「……どうしたのじゃ?」


「い、いや、歩を同じ列に置くのは、『二歩』と言って、反則負けになるのよ……」


「に、にふ⁉ 反則負け⁉」


「二歩も知らない子にここまで追い詰められるとは……貴女、棋歴は?」


「きれき?」


「将棋を始めてどれくらい?」


「ついさっきじゃ」


「つ、ついさっき⁉」


「ああ、そうじゃ」


「そ、そう、将野竜子ちゃん……その名前、よ~く憶えておくわ……」


 玲央奈が竜子をキッと睨む。

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