第1話(2)駒の動かし方

「竜王になるのじゃ!」


「い、いや、将棋やったことあるの?」


「太郎、ワシのことをよく知っておるじゃろう?」


「え?」


「あるわけがないじゃろうが!」


「ええっ⁉」


 太郎が驚く。


「なんじゃ、そんなに驚くことか?」


「いや、将棋未経験なのに、竜王になるっていうのは無謀だよ……」


「無謀かの?」


 竜子が首を傾げる。


「だって、将棋が何かも分かっていないでしょ?」


「それくらいは分かるわい。盤上の遊戯じゃろう?」


「う、うん、ボードゲームだよ……ルールは?」


「全く知らん!」


 竜子が力強く断言する。


「や、やっぱり無謀だよ……」


「誰だって最初は初めてじゃ!」


「そ、それはそうだけれどさ……」


「ルールがあるのなら覚えれば良いだけのこと!」


「覚えればって……」


「パパ……」


「ほいきた!」


 ママが目配せすると、パパが部屋を出ていく。太郎が首を傾げる。


「え? ど、どうしたの? パパ……ああっ⁉」


 太郎がまたも驚く。パパが何やら机のようなものを持ってきた。


「ふふっ、これはね……」


「親戚のおじさん、あなたたちの大叔父さんから譲り受けた将棋盤よ」


「あっ、ママ、パパが言おうと思ったのに……」


「『やる気は伸ばせ』が我が家の教育方針……パパから将棋のルールを教わりなさい」


「パパ、将棋分かるの?」


「いやあ、あくまでも初心者レベルだけど……駒の動かし方とかなら……」


「よし! 早速始めるのじゃ!」


「それじゃあ……」


 リビングに移動した竜子と太郎、パパが将棋盤を挟んで向かい合う。パパが駒を手際よく並べていく。竜子がそれを興味深そうに見つめる。


「ほう……」


「……出来たよ」


「ふむ……」


「縦に9マス、横に9マスと仕切られた番で、一回ずつ駒を動かして、相手の王――玉、ぎょくとも言うね――を取った方が勝ちのゲームだよ。すごく簡単に言っちゃったけど」


「王手!っていうやつだね」


「おっ、太郎、よく知っているね」


「まあ、それくらいはね……」


「続けるけど、これまた簡単に言えば、手前の3列が自分の陣地、3列挟んで、奥の3列が相手の陣地だ。最初は陣地内に駒を置いて、そこから動かす。ここまでは良いかな?」


「うむ……」


 竜子が頷く。パパが話を続ける。


「じゃあ、駒の動かし方を……まずはこれだ」


 パパが『歩兵』と書かれた駒を手に取る。竜子がそれを読む。


「ほへい……」


「『ふひょう』と読むんだ。まあ、『歩』、ふ、と呼ぶのが一般的だね。これが一番多い駒で、自分と相手で9枚ずつ、合計18枚もあるんだ。この歩が陣内の最前列に並んでいる」


「前衛みたいなものか」


「そういう感じだね。この歩は前に1マスだけしか進めない」


「シンプルじゃな」


「シンプルだけど、結構奥深い。歩の使い方で勝負が決まるときもあるよ」


「使い方?」


 太郎が首を傾げる。


「ああ、将棋は相手の駒を取ることが出来るんだけど、駒を取ったら、自分の駒として使うことが出来るんだよ」


「へえ、味方を増やせるんだ」


「そういうこと、置いては駄目な場所もあるんだけど、まあ、それは追々……次は……」


 パパが『香車』と書かれた駒を手に取る。竜子がそれを読む。


「かおりぐるま」


「いや、『きょうしゃ』って読むんだ。これは自陣の3列目の両端に2枚ずつある」


「どういう動きをするんじゃ?」


「前方になら一直線に突き進めるよ」


「貫く感じじゃな」


「そう、『槍』というあだ名もあるね。ああ、味方の駒を飛び越えたりすることは出来ないよ、香車に限らずね。次は……」


 パパが『桂馬』と書かれた駒を手に取る。竜子がそれを読む。


「かつらうま」


「『けいま』と読むんだ。これは香車の隣、これまた2枚ずつある。これは特殊な動き方をする駒でね。2マス前方の右か左のマスに動くことが出来るんだ」


「軽快な感じじゃな」


「そうだね、これは味方や相手の駒を飛び越えることが出来る。ただ、相手の駒は取れるけれど、味方の駒があるマスには移動出来ないよ。次はひとつ飛ばして……これ……」


 パパが『金将』と書かれた駒を手に取る。竜子がそれを読む。


「『きんしょう』」


「当たり。これは王の両隣に、これも2枚ずつある。前と両斜め前、左右、後ろに1マスずつ動けるんだ」


「有能じゃな、金を名乗るだけはある」


「そう、攻守において重要な役割を果たす駒だ。次はこれ……」


 パパが『銀将』と書かれた駒を手に取る。竜子がそれを読む。


「『ぎんしょう』」


「また当たり、これは金と桂馬の間に、これまた2枚ずつある。前と両斜め前には動けるけれど、左右と後ろには動けない」


「むっ、将というわりには物足りないのお……」


「ところがどっこい、両斜め後ろに動けるんだ。金には出来ない動きだよ」


「ほう、渋いのお……」


「まさに『いぶし銀』だね。次はこれ……」


 パパが『角行』と書かれた駒を手に取る。竜子がそれを読む。


「かくゆき」


「『かくぎょう』と読むんだ。シンプルに『角』、かく、と呼ぶことが多いね。これは自陣の2列目の端から2番目、自分から見て、左に1枚だけある」


「なんだか強そうじゃな……」


「そう、強いよ、なんてたって、斜め方向なら前後問わずどこまでも行けるんだから」


「トリッキーじゃな」


「勝敗を大きく左右する駒だよ。次はこれ……」


 パパが『飛車』と書かれた駒を手に取る。竜子がそれを読む。


「とびぐるま」


「『ひしゃ』と読むんだ。これは角の反対側、自分から見て、右側に置かれている」


「これもまた強そうじゃな……」


「そう、これは前後左右、どこまでも行ける駒なんだ。最後は……」


 パパが『王将』と書かれた駒を手に取る。竜子がそれを読む


「『おうしょう』」


「そう、これは自分と相手で1枚ずつ――片方は『玉将』、『ぎょくしょう』と書いてあるけど、同じものだよ――あって、これを取られたらゲームオーバーだ」


「どういう動き方をするんじゃ?」


「前後左右斜め、どの方向にも進める。1マスだけだけどね」


「ふむ……まあ、王というのはやたらと動いたりはせんか……」


「それでさらに覚えて欲しいのが……駒を進めて、相手の陣内に入ったとするよね?」


「ああ」


「そうなると、王や金以外はこうして……」


「駒を裏返した?」


「そう、これが『成る』っていうことなんだ」


「成る……」


「歩と桂馬と香車と銀は金になって、金と同じ動きをすることが出来る――代わりに元の動きは出来なくなるけれどね――これが『成金』ってやつだね。歩は裏返すと、とって書いてあるから『と金』と呼ばれる。あえて成らないという選択もありだよ。銀以外は端まで行ったら、成らないと動けなくなるけれどね」


「ふむ、と金……角と飛車は?」


「角は『龍馬』、飛車は『龍王』になって、元々の動きに1マス加わる。龍馬は前後左右に、龍王は斜め四方向に、それぞれ1マスずつ動けるようになる。……まあ、動かし方は大体こういう感じかな? 分かったかい?」


「ああ、分かった……どこで将棋は出来る?」


「え、将棋教室とか、道場とか……近所にも道場はあったような……ねえ、ママ?」


「……調べたら、駅前にあるわね」


「よし! 早速、そこに向かうのじゃ!」


「「ええっ⁉」」


 立ち上がった竜子の宣言に太郎とパパは驚く。

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