第11話 糸くずの行方
「さて、この糸が何か分かるかな。
俺はジップロックに入っている白く縮れた一本の糸を見せつけ、愛理にさりげなく質問してみた。
マニュアルが無くてもとっさの返事で対応できるか、助手としての能力を試す感覚でな。
「えっ、ただの糸くずだよね。何でこんな糸が?」
ふう、疑いもせず、見た目だけで簡単に判断し、観察眼さえも無いときたか。
やっぱり俺の助手としてなってないぜ。
もう事務所に置いとくのも潮時かもな。
そう思った矢先に急に
「ちょ、ちょっと待ってよ。探偵くん!」
「どうかしたのか、かおりちゃん? おっとっと!」
「わっ、
水橋の横に座っていた東日流おじさんが驚いて椅子ごと倒れそうになる。
おいおい、もう若くないんだから無理すんなよ。
秒で肩を貸した水橋が支えてなかったら、そのまま地面に血のダイブだったぞ。
レッドカーペットのリフォームは固い路面じゃなく、絨毯の上で行うものだからな。
「うん、やっぱ間違いない。これ、アタシがおじさんに手渡したおしぼりの糸くずだよ!」
水橋がエプロンのポケットから、未開封の一本のおしぼりと糸くずの袋を照らし合わせる。
お互いにピタリと一致するアイテム。
水橋の言う通り、糸くずの正体はおしぼりの一部だったことに、周囲は驚きに包まれていた。
「そしておしぼりで手を拭いたおじさんがクーラーボックスから紙皿に最初に取ったのがモナカのアイスで、それを
喧嘩神輿の休憩中だった昼休み。
初夏のような気温で熱中症防止にと配る予定だったクーラーボックスに入ったアイス。
俺が止めるのが遅かったら、今頃、祭り会場は大惨事になっていたぜ。
「ああ、そうだよ。そしてそのアイスモナカにはおしぼりの糸くずが付いたままだった。そこで何も知らないシャーロットがそのアイスを手に取り、このようにモナカに糸くずの一部が付いたままになり……」
「シャーロットの付けていたものにも僅かな糸の繊維が付着したのさ。金庫の犯行で使った白い手袋にね」
俺はモナカの空袋とおしぼりの糸という証拠品が入った二つのジップロックの袋をシャーロットの目の前に突きつける。
「なーる。静電気と水分による付着という常識を欠いた結果とキタか」
「そう、青葉君の言う通り。いくら切れ者の警視でも手袋に対する配慮までは足りなかったというわけさ」
事件に使われる手袋は安易に自身の指紋が付かないようにはめるもの。
だが、基本手袋は署内からの支給ではなく、自分のポケットマネーから払うのがほとんど。
事件が起こるために綺麗な手袋を使用しないといけないので、使い捨てタイプを選びがちだ。
そこでシャーロットは節約のため、手袋を使い回しにしていた。
その悪循環な日常茶飯事の行為がこうやって裏目に出たわけさ。
「さあ、この糸の鑑定結果からあんたの手袋の繊維の跡も付着してるんだ。これでも言い逃れができるか。連続爆破テロ事件の真犯人、シャーロット・ホームス!」
俺は食い下がらないよう、これでもかと言うくらいの強い口調で、今回の事件を起こしたシャーロットを名指しする。
「……クククッ」
「何がおかしいんだ?」
そりゃおかしいぜ。
あのクールでプライド高めなシャーロットが急に意味深な含み笑いをするなんてな。
「あはははっ。いやいや、三流探偵なりに頑張ってみたものの、結果的には科学の勝利と言うわけかい。貴様の洞察力もまだまだだな」
「ああ、俺も未熟な探偵だということは存分に理解してる。でもどんな問いかけでもあんたが罪を犯したことは間違いないんだ」
今回は怪我人や犠牲者こそいなかったが、少なからず爆弾の影に怯える者もいた。
その意図を込めて、起こした事件について反省の心を持って欲しかった。
「警視という十分な役職も関わらず、どうしてこんなことをしたんだ?」
「……許せなかったんだよ。警察もあのナルシスト男のこともな……」
「シャーロットさん……」
同情する愛理に対して、シャーロットは俯き、両手をきつく握り締めて、細いなで肩を震わした。
いくら気丈を張っていても、鬼の目にも涙というわけか。
「さあ、能書きはいいから、とっととわたくしを逮捕しやがれ。そのための警察だろうが!」
「ああ、そうだな。
「はっ、任されました!」
俺は現場に戻って鑑識に指示を出していた江戸川警部を呼ぶと、ほんの数十秒単位でこちらにやって来た。
おおぅ、江戸川警部もいい反応だぜ。
人に関わるという職業上、時間を割いて待っているお客さんには即時対応が好まれるからな。
「こほんっ。シャーロット・ホームス。あなたを連続爆破テロの容疑で現行犯逮捕します」
『ガチャリ!』
「それでいいんだよ。馬鹿野郎」
夕日が反射して光り輝く手錠をかけられ、満足そうなシャーロット。
でも一瞬だけ、寂しい影が見え隠れしたのは気のせいだろうか。
「おい、三流探偵!」
「あっ、はいっ!?」
不意に呼ばれ、条件反射で声を荒げる俺。
もう心も体もシンボルも立派な男だが、この程度でビビるなんて、情けないったらありゃしない。
「どんな理由であっても愛してる女を泣かせるなよ。わたくしのような生き様になりたくなかったらな」
「えっ、それってどういう意味で?」
「けっ! 仮にも探偵ならこのくらいの内容でも察しやがれ!」
「そんなメチャクチャな!?」
シャーロットの意味深な台詞についていけないアウトローな俺。
つくづく思うが、女ってよく分からねえ生き物だぜ。
「またな、名探偵の
「えっ?」
シャーロットが俺を三流ではなく、名探偵と告げ、さらに名前で呼ぶもんだ。
突然の別れの挨拶に俺は息を呑んだ。
「アデュー! 龍之助の坊や!」
──こうして
だが事件を起こした真相は謎のままで、口を割らない加害者の情報量の少なさから、猟奇的テロ事件とも呼ばれるようになった。
──そんな異常な事件から初夏となり、一カ月の時が過ぎた……。
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