⑰カステラの試食-2-







「侯爵家ともなれば、やっぱりキッチンが広いわ。しかも、お鍋だけではなくお皿の数もこれくらいの数が必要となってくるのね・・・」


 パン皿にデザート皿、ディナー皿にスープ皿、コーヒーカップにソーサー、片手鍋に両手鍋、ケトルに揚げ物用鍋、ケーキ型にタルト型等


 大きさが異なる食器や調理器具が幾つもあるものだから、紗雪が声を上げて驚く。


「レ、レイモンド坊ちゃん?そちらの女性は一体・・・?」


 若い頃の美奈子と比べたら、レイモンドと共に厨房に入って来た女性は遥かに美人だ。


 彼女が何者なのかが気になって仕方がない総料理長がレイモンドに尋ねる。


「ああ、彼女はウィスティリア王国の聖女召喚に巻き込まれた紗雪殿だ。普段は卸しをしている」


「皆様、初めまして。私は篁 紗雪・・・サユキ=タカムラと申します。侯爵夫人が主催するお茶会に出す為に作ったお菓子を試食して貰う為に参りました」


 侯爵家の胃袋を満たす為の料理を作る料理人達の前で、紗雪がスカートを軽く摘まんで頭を下げる。


 外見もさることながら紗雪から感じる優雅な気品は、どこからどう見ても貴族令嬢そのものだ。


「は、はい・・・よろしくお願いします・・・」


 そんな紗雪の雰囲気に呑まれたのか、料理人達が一斉に軽く頭を下げる。


「レイモンド坊ちゃん?そちらのお嬢さんはお茶会のお菓子として何を用意するつもりで?」


「柔らかくてふわっとした食感をしている、バターと生クリームを使っていないカステラというお菓子だ」


「はぁ・・・」


「左様で・・・」


 レイモンドがカステラについて語るが、食べた事もなければ見た事もないので、どのようなものなのかが全くと言っていいほど想像が出来ない料理人達は間の抜けた声で相槌を打つ。


「説明するより実物を見せた方が早いのではないかしら?」


「それもそうだな」


 紗雪が収納ポーチからカステラを取り出すと、厨房にある包丁を借りて一口で食べられるサイズに切り分ける。


「これがカステラです」


 彼等にとって王侯貴族が口にするお菓子とはバター・砂糖・蜂蜜をふんだんに使った甘いもので、生クリームや果物で飾り立てるというのが常識だった。


 それなのに───目の前にあるのは果物やクリームで飾っていないケーキのスポンジだけ。


 そのようなものを目の前に出されてしまった料理人達は戸惑うしかなかった。


「見た目はケーキのスポンジのようだが、実は手の込んだお菓子であると同時に・・・これは紗雪殿から聞いた話なのだが、昔の異世界では天皇や将軍といった特別な立場にある者しか食べる事が出来なかった高級な品でもあったんだ」


 裏を返せば今は庶民でも食べる事が出来るお菓子であり、カステラを作る為に必要な材料が豊富に流通しているという事を意味する。


「異世界の食文化は豊かでキルシュブリューテ・・・いや、フリューリングよりも遥かに進んでいる。その事を知っている母上は紗雪殿にお茶会のお菓子を頼んだという訳だ」


「私は教えただけで、実際に作ったのはレイモンドさんです」


 ネットショップで購入した本を見て作ったというのが正しいのだが、その辺りは秘密にしておく。


 異世界のお菓子に興味が芽生えた料理人達は、カステラを手に取り口に運ぶ。


「柔らかいのに、もちっとした弾力がある!?」


「ただのスポンジがここまで美味いとは思わなかった・・・」


「これならきっと奥方様方も気に入ると思いますよ」


 レイモンドが作ったカステラに総料理長が太鼓判を押した。


「このカステラとやらは既に完成しているのですよね?それでしたら、今すぐにでも奥方様にお出しすればよろしいのでは?」


「実はこのカステラと一緒に出す三種類のコーヒーを作りに来たんだ」


「三種類のコーヒー?」


 煮出しコーヒーとカフェオレとカフェラテを作る為に厨房に来たのだとレイモンドが総料理長に話す。


「カフェオレ?カフェラテ?それはどんな飲み物なんです?」


 三種類のコーヒーという言葉から、カフェオレとカフェラテがコーヒーの一種だというのは何となく分かるのだが、それ等がどのようなものなのかが分からない料理人達が尋ねると、コーヒーに牛乳を加えた飲み物なのだと、紗雪とレイモンドが教える。


「牛乳って飲めるのですか?!」


 牛乳といえばバター・チーズ・生クリームといった乳製品を加工するか、ミルク粥のようにパンと一緒に煮込むか、クッキーやケーキを作る時に使うか、沸騰させてから凍らせたそれを削って食べるというのがキルシュブリューテ王国及び近隣諸国の常識だ。


 それを飲み物として使おうとしている事に彼等の顔には驚愕の色が浮かんでいた。


「飲めますよ。但し、削って食べる凍らせた牛乳のようにちゃんと殺菌をすればですけどね」


「殺菌で思い出したのだが・・・。低温殺菌があるという事は超高温殺菌もあると思うのだが、どう違うんだ?」


「低温殺菌というのは時間をかけて殺菌、超高温殺菌というのは短時間で殺菌する事を言うのだけど・・・風味が違うのよ」


 低温殺菌した牛乳の味は生乳に近いが消費期限が短く、また弱火で殺菌するので時間を要する。


 対して、超高温殺菌した牛乳の味は生乳の風味を損ねるが低温殺菌の牛乳と比べたら消費期限は長いし、殺菌も短時間で済むのだと紗雪がレイモンドに教える。


「試しに飲んでみましょうか?」


「勿論」


 両方を飲み比べなければ、紗雪殿の世界の料理を再現出来ないからな


 レイモンドが紗雪の言葉に同意を示す。






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