⑯カステラとコーヒー-5-







「次はコーヒーだな」


 食糧棚から挽いたコーヒーが入っている容器を取り出したレイモンドは、コーヒーとカフェオレとカフェラテを作る準備を始める。


「レイモンドさん、時間をかけて低温殺菌した方が牛乳の甘味と風味を壊さないわよ」


「低温殺菌?」


「時間をかけて殺菌するって事」


 六十三度から七十五度で十五分から三十分かけて熱する事で牛乳の中にある細菌を殺すのだとレイモンドに教える。


「十五分から三十分・・・という事は先に牛乳を温めた方がいいのか」


 粉から煮出すコーヒーは十分もあれば出来るので、紗雪が市場で買って来た牛乳を受け取ったレイモンドはそれを鍋に注ぐ。


「牛乳を弱火で温めると・・・」


 牛乳が入った鍋をコンロの上に置いて火を点けると弱火に調整する。


 その間にレイモンドはコーヒー作りに取り掛かる。


 キルシュブリューテ王国のコーヒーはドリップではなく粉を煮出して飲む形だ。


 レイモンドは水が入っている鍋をコンロの上に置くと火を点ける。


 数分後


 沸騰した鍋にコーヒーの粉を入れ沸騰させないように弱火にしながら煮出し始めると、部屋の中にコーヒーの香りが広がっていく。


「色が濃いといえばいいのかしら?煮出したコーヒーってそんな感じになるのね」


 コーヒーフィルターで濾したコーヒーしか見た事がない紗雪は、どんな味がするのか興味を抱く。


「飲んでみるか?」


「ええ」


 コーヒーが注がれたカップの一つを受け取った紗雪は口に運ぶ。


「・・・濃いというか、コクがあるというか」


 日本にいた頃の自分が飲んでいたコーヒーとは異なる味だ。


(何と言えばいいのかしら?そうだ!これはエスプレッソに近いわ)


「・・・・・・苦い」


 ブラックコーヒーやエスプレッソが飲めない訳ではないが、基本的に砂糖とミルクがないとコーヒーが飲めない紗雪は思わず顔を顰める。


「このコーヒーには砂糖を入れてないからな」


 もしかして・・・紗雪殿の味覚って・・・子供?


「お子様味覚で悪かったわね!」


 声こそ上げていないものの、レイモンドが肩を震わせている事から自分は笑われているのだと察した紗雪が頬を膨らませてしまう。


「いや、天女である紗雪殿にも人間らしい一面があるという事実に安心したんだ」


「レイモンドさん?私は天女の血を引いている人間であって天女ではないのよ」


「だが、天女の羽衣を纏ったら飛天出来るという事実は紗雪殿が天女である事を示しているのだと思うのだが?」


「代を重ねた事によって天女の血が薄まっているから、人間だと思うのだけど・・・」


 寿命は生粋の天女と違って百年くらいだし、必要に応じて嘘を吐く自分は紛れもなく人間だ。


「それでも、俺にとって紗雪殿は天女以外の何者でもない」


「レイモンドさんの言っている事が理解出来ないわ」


「何れ分かる時が来る」


「?」


 レイモンドの言葉に疑問を抱きながらも、紗雪は寝かせておいたカステラを冷蔵庫から取り出す。


(市販で売っているカステラって・・・これくらいの大きさだったかしら?)


 型から抜いたカステラを適当な大きさに切り分けると、二人で試食する分だけを皿に盛り付ける。


 牛乳を弱火で温める事十五分


「レイモンドさん。カフェオレの時はコーヒーと牛乳の割合が半分ずつよ」


 カフェオレの為の牛乳が温まったので、レイモンドは紗雪が言った割合でカップにコーヒーと温まった牛乳を注いでいく。


 最後に作るのはカフェラテ。


 カフェラテに使う牛乳は火で温めたものではなく、蒸気で温めたものだ。


 だが、キルシュブリューテ王国にはコーヒーメーカーのような機械はない。


 ネットショップで購入すればすぐに解決する問題だが、何だか違うような気がする。


 食材・調理器具といった全てを現地のものを使って作る事こそが、ロードクロイツの食文化を発展させていく為の一歩なのだ。


(確か、泡立て器で牛乳を泡立てる事も出来たような・・・?)


 ネットで目にした情報を思い出した紗雪は、それを行動に移す。


 鍋に入っている温めた牛乳を別の鍋に移すと、泡立て器で牛乳を泡立てる。


(カフェラテの時はコーヒーと牛乳の割合が二対八だったわね)


 数分後


 泡立った牛乳をコーヒーが入っているカップに注ぐ。


「で、出来た・・・」


 紗雪が声を上げる。


 フリューリングに来てからの自分は色んな料理を作って来たが、それ等はネットショップで購入した食材と調味料が主だった。


 しかし、今回は違う。


 カステラを作る時に使った小麦粉・卵・蜂蜜・オリーブオイル、カフェオレとカフェラテを作る時に使った牛乳、全てがロードクロイツ産のものなのだ。


「レイモンドさん、ありがとう。貴方がいなければ、こうしてカステラを作る事が出来なかったわ」


「いや。紗雪殿が作り方を教えてくれたからこそ、俺は貴女の世界にあるお菓子をロードクロイツで再現する事が出来たんだ」


 今回のカステラは紗雪だけではなく、レイモンドにとっても感動も一入の一品である。


「・・・食べてみようか」


「ええ」


 神よ、あなたの慈しみに感謝してこの糧をいただきます


 二人はカステラの試食をする。






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る