3. 私の野菜はちゃぁんと美味しいんですからね!



「なぜって……」


 まさかこの人野菜が畑から取れることを知らないのかしら。これは教えてあげなくちゃいけないわ。なんなら、新鮮な野菜を食べさせてあげましょう。

 ああ、そうだわ。食べ頃だったトマトを冷やしておいたんだった。


「…………何をしているんだ?」

「何って井戸に冷やしておいたのを出すんですよ。ほら、紐引っ張って」

「…………」


 ってあらやだ。自然と使っちゃったわ。いつもあの人にしてたからつい……。


「…………これはトマトか?」

「ええ、朝採れの」

「………………」


 前髪で隠れていても分かるようなくらい露骨にそんな嫌な顔をしなくてもいいじゃありませんか。

 取って食ったりしないんですから。採って食わせたりはしますけどね。


「というわけで、はいどうぞ」

「…………嫌いだと言ったはずだ」

「いいから食べなさいって美味しいから」

「嫌だ、断固拒否する」

「食わず嫌いはよくありませんよ」

「これは見た目からわかる」

「割れてたってまだ腐ってないですから」

「嫌なものは嫌だ」


 なんてトマトを押し付け押しのけ言い合いまして。

 こんな新鮮なのだから、早く食べないと勿体無いでしょうが!

 野菜は採れたてが一番。採れたてのを冷やして置いたのだから美味しいに決まってるというのに。


「この頑固者!」

「煩い押し付けるな!」

「野菜食べないからそんな不健康そうな体なんですよ! あなたなんて言われてるか知ってます? 怪物伯爵ですよ!?」

「仕方ないだろう!? 野菜がまずいせいだ!」

「それは作った人が悪いんですよ! 私のはちゃぁんと美味しいんですから!」

「そこまで言ってまずかったらどうするつもりだ」

「万が一にもありえませんけどその時には謝って差し上げますよ! 逆に美味しかったら全野菜に謝ってくださいね!」


 そうしてずいと口元にトマトを押し付け、食べさせました。ケネス様は、半分ヤケクソのように齧って咀嚼した後…………。


 素っ頓狂なほどに驚いた表情になりました。


 これは私の勝利だわ。

 夫婦喧嘩に勝った時とおなじくらい嬉しいわね。久々だわこの感じ。年を取ると怒るのも喧嘩するのも大変だったから晩年は穏やかでしたし。

 なんて思い出していると、ケネス様がボソッと一言。


「これはトマトなのか?」

「ええ、正真正銘トマトですよ。どうです? 美味しいでしょう?」


 と申し上げれば、拗ねたように顔を逸らして。


「…………まだトマトしか食べていない」


 なんですってぇ!? 強情な人ですこと! まったく!!

 

「じゃあこのきゅうりも食べてみたらいかが?」


 と、もぎ取って洗ってずいと渡せばケネス様はジィッと凝視。

 イボイボは美味しさに関係ないんですよ。色が濃くて硬いのが美味しいんです!

 ほら見なさいこの色と硬さを! 新鮮な証拠ですよ!

 私が先に食べれば食べるかしらと齧れば、意を決したようにケネス様も食べまして。


「!」

「ほぉら美味しいでしょう!」


 パキンと音を立てるくらい新鮮なきゅうり。これを漬物にしても美味しいのよねぇ。せっかく記憶を思い出したのだし作ってみようかしら。まずは糠から作らなくちゃいけないわね……。

 何もいえなくなったケネス様を尻目にそんなことを考えていると、メイドがそろそろ時間だというので、


「言うことがあるのでは?」


 と申し上げてあげると、ケネス様は頬を赤くして、


「…………まだ他の野菜は食べていない」


 なぁんてほざいたので、


「っわからずやですこと! ではまたいらしてちょうだい。育ったら食べさせてあげますから!」


 と啖呵を切りまして。

 何がなんでも素直に美味しいと言わせて見せようじゃないの。畑仕事が趣味の婆を舐めてもらっちゃ困るわ!


 エミリー・カーレス男爵令嬢、十九歳の夏のある昼下がりのことでございました。

 こうして、躍起になって野菜を作る日々が始まったのです。

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