第7話(1)土生金
漆
「河童ねえ~なかなか珍しいわな~」
夜の山道を歩きながら栞が呟く。
「確かにそうですわね」
金が頷く。
「少々驚いたよ」
基が笑みを浮かべる。
「基……それは驚いたって感じの表情じゃねえな……」
「そうかい?」
栞の言葉に基は首を傾げる。
「……これはけして悪口じゃねえんだが……」
「栞、君の口調だと、大概悪口に聞こえてしまうのだが……」
「あん?」
「いいや、なんでもない」
「……なんというか、感情の変化が分かりにくいよな」
「! お、思ってもない方向からの悪口が来たね……」
基が笑みを浮かべたまま動揺する。
「だから悪口じゃねえって」
「そ、そうか……」
「その点についてはわたくしも同様の意見ですわね」
「こ、金⁉ 思わぬ追い打ちだね?」
基が尚も笑みを浮かべたまま動揺する。
「……それですわ」
金が基の顔を指差す。
「え?」
「いつでも基本的に笑顔でいらっしゃいますから、感情の起伏が分かりにくいのです」
「い、いつでも笑みを浮かべているのは良いことだろう? 心理的にも余裕を持っておくことは様々な局面において重要だ」
「う~ん……」
「まあ、それはそうなんだけどよ……」
金と栞が揃って腕を組んで、首を捻る。
「なんと言いますか……」
「なんつうかなあ……」
「「鼻につく」」
「こ、声を揃えないでくれよ!」
基が声を上げる。
「おっ、少し顔が引きつったな」
栞が基の眉の辺りを指差す。
「本当ですわね……珍しいものを見ましたわ」
金が自らの顎に手を添えながら頷く。
「こ、こういう時だけ、息を合わせないでくれよ……」
基が笑みを戻しながら、ぼやく。
「まあ、余裕を感じさせるのは良いことだとは思いますが……」
「そうだろう?」
金の言葉に基が頷く。
「……いいや、それは果たしてどうかね?」
「どうかとは?」
金が栞に視線を向ける。
「それだよ」
栞が金の目をビシっと指差す。
「それ?」
「目と目で互いに通じ合うって言うのが大事なんじゃねえか」
「ふむ……」
栞の言葉に基が頷く。
「基さん、納得しては駄目ですわ。どうせ適当に言っているだけですから」
「適当じゃねえよ、良いか? 目を見るってのは極めて重要なことなんだ。これはなにも味方だけに限った話じゃねえぞ」
「また……」
「いいや、金、栞はなかなか興味深いことを言っているよ。聞いてみよう」
基は呆れる金に話を続けて聞くように促す。
「はあ……どうぞ」
「敵対する相手の目を見れば、そいつが何を企んでやがるかよく分かるって寸法だ。あれだ、『目は口程に物を言う』ってやつだよ」
「ほう、栞が孟子を引用するとはね……」
「はっ、明日は槍でも降りますわね」
感心する基の横で金が鼻で笑う。
「ああん?」
栞が金に詰め寄ろうとする。
「まあまあ……ん?」
栞を落ち着かせる基が道の脇にある草むらに目をやる。
「妖の気配だな……良いか、目をよく見るんだぜ?」
「……!」
草むらから現れたのは、太い蛇のような胴体をしているが、頭部に目と鼻は無く、大きな口が付いた、柄のない槌のような形をした妖だった。
「肝心の目がありませんわよ!」
「ま、まあ、こういうこともあるわな……」
声を上げる金に対して、栞は苦笑を返す。基が冷静に呟く。
「やや大きいが野槌のようだね……」
「……‼」
野槌がニュルニュルと体を動かして、栞たちに迫ってくる。基が声を上げる。
「奴は木の属性……栞!」
「ああ! 『木の蔓』!」
「!」
栞が印を結び、木の蔓を大量に発生させて、野槌の体に絡ませて、突進を阻止する。
「へっ、どうよ! ……うおっ⁉」
一度動きを止めた野槌だったが、再び動き出す。栞は引きづられるような形になる。
「金!」
「ええ! 『金の矢』!」
金が印を結び、弓矢を発生させて、野槌に向かって放つ。放たれた数本の矢は野槌の体に突き刺さるが、野槌は尚も動きを止めない。
「………!」
「そ、そんな、『金克木』では⁉」
「落ち着け、金! 基!」
栞が声を上げる。基が栞に問う。
「なんだい⁉」
「お互いの目をよく見て……後は任せる!」
「そ、それが言いたかっただけなんではありませんの⁉」
「金! ぼくの目を見てくれ! 『色土』!」
基が色鮮やかな土を発生させる。基の目を見た、金は察する。
「! この珍しい土を掘れば……『珍鉱石』! ええい!」
「⁉」
珍しい色あいの鉱石を掘り当てた金は、それを握りしめて、思い切り野槌を殴りつける。野槌は霧消する。
「『土生金』……鉱石などの多くは土の中にあり、土を掘ることでそれを得られる……」
「それそれ、そういうことが言いたかったんだよ」
「……」
「文句があるんだな、目を見なくても分かるぜ」
金の冷たい視線を受けて、栞は目を合わせないまま肩をすくめる。
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