第3話(3)大ダコ

「なっ! こ、これは……⁉」


「お、大きいタコかな?」


「そ、それにしたってちょっとばかり常識外れの大きさだね、堀川がすっかりと覆われてしまっているじゃないか……」


 基が啞然とする。


「一体どこからやって来たんだろうね?」


「いきなり湧いて出てきたのかな……」


「基ちゃん、ああいう物の怪は知っている?」


「……海坊主かな」


「ここは海じゃないよ」


「いや、海からここまでやって来たとかさ」


「なるほどね……」


「しかし……」


 基が顎に手を当てる。


「どうかした?」


「海坊主だとしても、ぼくが見聞してきたものとは大分異なるね。あれは……」


「あれは?」


「なんというか……よりタコらしいね」


「それじゃあ、やっぱり大ダコということで良いのかな?」


「……まあ、今のところ他に形容しようがないしね……それで良いんじゃないかな」


「……」


 大ダコは様子を伺っていた焔たちの方に迫ってくる。


「! こっちに迫って来るよ!」


「そのようだね……」


「………」


 大ダコがさらに迫ってくる。


「さて、どうするか……」


「基ちゃん、ここは任せて!」


「焔……任せるよ」


 基が後ろに下がり、焔が前に出る。


「任された!」


「任せておいてなんだけど、大丈夫なのかい?」


 基がやや心配そうに尋ねる。


「大丈夫! 必勝法があるよ!」


「それは心強いね」


 基が笑みを浮かべる。


「かかって来い! 大ダコ!」


「…………」


 大ダコが声を上げた焔の方に向く。


「あまりやりたくないけれど……一気に決めるよ! 『火炎放射』!」


「!」


 印を結んだ焔が、口を大きく開き、火炎を放射する。


「凄まじい火の量だ……! 燃やし尽くせる!」


「……!」


「なっ⁉」


 大ダコが大量の水を噴き出し、火を消してしまう。焔は驚く。


「あれほどの量の水を一気に噴き出すとは……」


 基もあっけにとられてしまう。


「………!」


「むっ!」


「おっと!」


 大ダコが八本の太い足を器用に動かして、焔たちを叩こうとするが、焔と基はそれぞれ左右に飛んでそれをかわす。


「……………」


「危ない、危ない……」


 焔が額を拭う。


「だけど避けてばかりもいられないよ……」


「え?」


「これを見てご覧よ……」


「あ……」


 基の指し示した方を見ると、大ダコの振るった足が道を大きく抉っていた。


「あの太い足をぶんぶんと振り回されてしまったら、京は滅茶苦茶だ……」


「じゃあ、まずはあのにゅるにゅるとうるさい足を黙らせるよ……!」


「出来るのかい?」


「うん……『火球』!」


「‼」


 再び印を結んだ焔が、両手に発生させた球形の火を思いっきり投げつける。それに当たった八本の足は燃える。大ダコは嫌がる素振りを見せて、広げた足を引っ込める。


「どうだ!」


「嫌がっているね……有効のようだ」


「このまま顔や体にも投げつけて……」


「…………!」


「どわっ⁉」


 大ダコが口から墨を吐き出し、飛びかかろうとした焔の顔にかける。


「焔!」


「め、目が……」


「……………!」


「ぐわっ⁉」


「ほ、焔!」


 大ダコが振るった足に当たり、焔が吹っ飛ばされる。


「ぐっ……」


「焔、大丈夫かい⁉」


「な、なんとかね……咄嗟に受け身を取ったから……」


「そ、それはなにより。早く顔の墨を拭うんだ!」


「着物の裾が汚れちゃうなあ~」


「そんなことを言っている場合か!」


「冗談だよ……うん⁉」


「………………!」


 顔をごしごしと拭った焔がまた驚く。大ダコの足が伸びてきて、焔の体を縛ったのである。


「ぐうっ……!」


「焔‼」


「く、苦しい……」


 大ダコが縛りを強める。焔が苦しそうにする。


「焔! 今助けるよ!」


 基が声を上げる。


「そ、それには及ばないよ……」


「えっ⁉」


「体を抑えつけられても、まだ髪の毛があるさ……『髪炎舞』!」


「⁉」


 焔が長い髪の毛を発火させ、ぶんぶんと振り回す。その熱さに怯んだ大ダコが足の縛りを緩くする。焔がニヤッと笑う。


「こ、これで逃げられる……」


「…………………!」


「がはっ⁉」


 縛りが緩んだところに、大ダコが別の足を焔に向かって叩きつける。


「ほ、焔‼」


「う、上から叩きつけてくるとは……」


 焔が両膝をつく。

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