第4話
〈レイノルズ視点〉
階段から落ちたジェームス様は、それから二日、目を覚まさなかった。 頭を打っていた事から、最悪な状況も予想されたが、命には別状はないとの事で、とりあえずはホッとした。
事故の翌日、直ぐに状況を把握しようと、昨日、働いていた使用人を集め話を聞いた。 タイラー侯爵夫人と、リリーローズ様が邸を訪れた後、リリーローズ様が泣きながら去って行き、少し経ってから、ジェームス様が階段から落ちて来たと。
どうも、お酒に酔っていたようだったと言う話だが、その後、タイラー侯爵夫人が邸を出て行ったのを見た者が居ない。
あの騒ぎの中、どうやって出て行ったのか。 私は、通用口で会った護衛の事を思い出した。あの時感じた違和感…。
それを考えていると、タイラー侯爵夫妻が邸を訪れた。 こんな時にと思っていたが、話を聞いて、昨晩の事の顛末が見えてきた。
リリーローズ様との婚約を解消し、あのマリーとかいう女を婚約者にしろと二人が喚く。 ジェームス様が愛しているのはマリーであって、二人は体の関係もあると。
そしてマリーには妊娠の可能性もあると言い出した。
私は二人を追い返した。 ジェームス様は嵌められたのだ。あの阿婆擦れに。
あの女がジェームス様に懸想しているのは気づいていたが……厄介な事になった。
私は昨晩、通用口に居た護衛を呼び出し、半ば脅しの様に、真実を聞いた。
結局クビにしたが、命をとられるよりはマシだった筈だ。
私はローラン様に指示を仰ぎ、実行した。
本当なら、リリーローズ様との婚約は継続したかったが、あの馬鹿なタイラー侯爵が既にリリーローズ様を勘当しており、タイラー侯爵家から籍を外されていた。
調べると前侯爵夫人の実家、ベルマン伯爵の養女となっていた。勝手な事を。
もうこの世にリリーローズ・タイラーは居ない。 そこにいるのはリリーローズ・ベルマンだ。 婚約は必然的に解消となってしまった。
だからといって、あの阿婆擦れを婚約者などにする訳がない。 こちらの切り札として、あの阿婆擦れが酒に薬を盛って、ジェームス様を襲った事を公にしてやる。
しかし、これはカーライル家にとっても醜聞だ。あくまでもこれは切り札だ。
事故から三日目。ジェームス様が目を覚ました。 しかし、あの日の記憶が無かった。いや、無かったよりも質が悪い。 「リリーは?リリーは無事か?リリーが階段から落ちたんだ」とジェームス様は目覚めて直ぐに言い出した。
私も側にいたメイドも息を飲む。
ジェームス様は階段から落ちたのは、自分ではなくリリーローズ様だと思っている。
…いや、そう思い込みたかったのかもしれない。
「きっと、あんな所から落ちてしまったんだ。リリーはもう助からなかったのではないだろうか…あぁ、可哀想なリリー」
と言って、泣き出してしまった。
あろうことか、ジェームス様はリリーローズ様が死んだと思い込んだ。 そう思う事で自分を保っていると言った方が良いかもしれない。
自分の裏切りで、リリーローズ様を失ったとは思いたくなかったのかもしれない。 私も今のジェームス様に真実を告げる事が出来なかった。それは医者も同じ意見だった。
その後、何度もタイラー侯爵と、あの阿婆擦れが邸を訪れたが、全て断った。
一度だけタイラー侯爵夫妻が私の留守中に入り込んだようだが、ジェームス様はあの女と婚約しろと言う二人に怒り、直ぐに追い出したようだ。
ちなみに、ジェームス様はタイラー侯爵家に、資金援助を今も行っていると思っているが、リリーローズ様との婚約解消後のあれは全て貸付だ。
このままいけばタイラー侯爵家は没落を免れない。 きちんとした領地経営も出来ない、無能な当主と、浪費癖が抜けない女どものせいだ。自業自得としか言いようがない。
あの阿婆擦れも、妊娠はしていなかったようだ。 しかし、あの女が男にだらしないとの噂を流す事には成功した。
もう貴族の子息とは結婚出来まい。
あの事故から一年が経とうとしていた。 ジェームス様は、今だリリーローズ様を想って、塞ぎ込んでいる。
公爵としての仕事はなんとかこなしているが、このままでは結婚し、後継を作るというもう一つの公爵としての役割を果たすことが出来ない。
ローラン様は親戚筋から、次期公爵候補の人物を探し始めた。 ジェームス様に見切りをつけているのかもしれない。
そんなある日、王家主催の夜会の招待状が届いた。 あの事故以来、ジェームス様は社交を全く行ってこなかった。 人の口には戸を立てられない。 ジェームス様は婚約者の妹と浮気した男として、貴族の中で噂になっている。本人は気づいていないが。
ジェームス様はこの夜会に参加すると言い出した。 この夜会が意味する事も知らずに。 私は心配したが、この状況をいつまでも続けるわけにはいかない。
もしかしたら、この夜会はジェームス様が真実の記憶を取り戻す切っ掛けになるかもしれない。 私はこの状況を打破する為の賭けに出た。
どうしてこんな事になったのだろう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます