第28話 【閑話】 やっと生まれてきてくれた僕の守るべき姫♡

僕の名前はのん。


僕はナイトとして守りたい守らなきゃいけない妹の誕生を心待ちにしていた。


僕に似た毛色の子で肌が白いのに泣くと真っ赤になる目を離せない可愛い妹だ。


妹は色んな名前で呼ばれていた正直どれが本当の名前か分からないので僕の中では姫と呼ぶことにした。


姫は産まれてきて家に帰ってくるなり、大人たちに囲まれて可愛がられている。


ただ、それは姫が産まれた後だからでしかないんだ。


姫は今可愛いと囲んでいるすべての大人たち誰一人にも、望まれずに産まれてきた。


姫が宿った際には母子喧嘩が尽きないこの家庭で、お腹に姫を宿した娘がそれを理由に家出同然で結婚していった。


その時娘の親たちは姫を産まずに殺すようにと説得をしたが、家を出て行きたい娘は断固としてそれを受け入れなかった。


結婚式はそれなりに盛大にやったそうだ。


残念なことに僕はお留守番だった。


結婚式後、娘は間もなく結婚を後悔し、姫を産まずに殺そうとした。


だが時は既に遅し、姫を殺すことは法に触れるため娘は仕方なく姫を産むことになった。


姫はその娘の他にも本来ならば父親がいるのだが、その父親も姫にほとんど会うことなく名前だけを付けて生涯会うことが許されなかった。


姫が産まれた家には娘とその弟と、姫から見たら祖父母にあたる大人が居た。


産まれる前とは打って変わって、祖父母も弟も姫をとても可愛がり、お風呂に入れる当番は奪い合いだ。


娘は母乳をあげる時くらいしか姫と接しない。


姫には僕と言う兄がいる。


僕だけは姫が娘のお腹に宿ってからずっと産まれてきてくれるのを心待ちにしていた。


本来なら数か月したらあえなくなっちゃうもんだけど、娘は姫が産まれた頃には離婚を進めていたので僕がずっと見守ってあげることが出来るんだ。


ああ、僕は娘の子供じゃないよ。でも姫の兄なんだ。


ナイトでもある。


産まれたときから鶏ガラのようだと言われるほど細く小さな姫は早産でもなく十月十日でしっかりと産まれた。


姫を産んだ娘は姫を母乳以外で構うことがあまりない。


時折、「産まなきゃよかった」と口にする。


祖父母の助けがあるためお食い初めを迎えた姫を任せ、娘は早々に仕事を始め、帰ってくると母乳をあげるという、葛藤を感じる愛情表現をした。


姫は細く小さくゆっくりと成長する割にうごきまわり始めは早く、祖父母も大忙しであった。


祖父の愛情は文字通りに「目の中に入れても痛くない」そんな可愛がり方をしていた。


娘や息子の時とは全く違う感情なのだと思う。


姫のどんな行動も写真に収め、日々の成長日記もつけるほどである。


祖母の愛情表現は着物を仕立てたり、編み物で姫の服をしたてたり、お人形を作ってあげたりと姫が可愛くあるようにとプレゼントを日々作りながら、基本的に姫の衣食を担当していた。


娘の弟は家の中に一日中居たが、姫が産まれた事でとても快活になり、一緒に風呂に入ったり沢山話しかけて言葉を覚えさせようと教育を担当していた。


姫はよくぐずり泣くので、そういう時には僕が一番のりで姫の傍に行き遠くの大人に様子を知らせ泣き止ませるのだった。


姫が安心して眠っている時は僕もその隣で眠る。


僕はあまり階段など上り下りしたくないのだけど、姫の好奇心は僕以上で家中を這いずり回り、二階まで平気で行ってしまうので仕方なく僕も見守るために付いていく。


細っこい手足でも安定して進んでいく、行きたいところに入れないとぐずり誰かに開けてもらう。


ベランダなどは危険なので大人が見守りながら、ついでに写真も撮られながら、オシメ一丁で遊びまわる。


服を着るのが苦手な姫は祖母が着せても、隙あらば脱いでしまう。


風邪でも引いたらどうするんだ。


秋冬になると姫は僕とかくれんぼをする。


だいたい僕が鬼だ。姫を見つけるのはなかなか難しい。


だっていつも姫は僕が開けられない戸棚の中や掘りごたつの中に隠れちゃうんだから。


僕も鼻は利いても扉や布団をめくりあげ探し当てるのは一苦労だ。


姫が立って歩くようになって追いかけっこもするようになってきた。


そういう時は姫がだいたい鬼だ。


僕の速さにはついてこれないが、一生懸命に追いかけてくる。


お兄ちゃん冥利に尽きる。


姫が誕生日を初めて迎えた頃、姫にお雛様とお内裏さまがプレゼントされた。


姫の身代わりとなる人形だ。


孫が可愛い祖父がそれから三人官女やら五人囃子やら買い集めて何段飾りになったのかわからないほどだった。


まだ人形の扱いは褒められた姫ではないので、すぐにお雛様をぐちゃぐちゃなヘアスタイルにしてしまったりもした。


祖母によって大抵の事はなんとかなった。僕も噛んでみたくなったりして怒られたりしたから同士だな・・・姫。


姫が成長していくにつれ、日中は外に社会勉強のため預けられることが増えた。


夕方には帰ってきて僕とも遊ぶが突然電池が切れたようにパタッと寝てしまったりもする。


食事は好き嫌いが多いのか、母乳がなかなか辞められない。


というよりも、娘の唯一の愛情表現だからなのか、歯が生えてきてもしばらく母乳は続いた。


僕は危なっかしい姫にいつもついて歩き、時には取っ組み合いをすることもあった。


大きさは少し姫の方が大きくなっては来ているが、僕は姫を守るお兄ちゃんだ。


祖父はこれまた孫可愛さに、なんと20羽もヒヨコを買ってきた。


姫はとっても大喜びで一羽捕まえては僕のところに見せにきたり、僕と遊ぶように取っ組み合いをしたり、僕と遊ぶように水遊びをして、動かなくなったヒヨコを泣きながら抱きしめていた。


僕は姫を守ることが出来ているのだろうか?


こんなに泣いている姫をなんとかしたいとヒヨコと遊んでいない時に寄り添ってあげたりお墓用に穴を掘ってあげたり、庭の中を散歩してみたり、悲しいことがあった時ほど傍にいるようにしていた。


ある日一羽のヒヨコは鶏へと奇跡的に成長し、鶏を欲しがる祖母の親戚の家まで連れて行くことになった。


僕が聞いた話ではその鶏も姫と離れたくなかったのか田舎へと向かう電車の乗り換えホームで大暴れしたらしい。


空は姫が産まれた時から、姫が嬉しければ晴れ、姫が悲しければ雨というぐらいに天気も姫の機嫌に合わせて変わっている。


姫が産まれてからお兄ちゃんとして3年、僕は姫が産まれるもっと前からこの家にいる姫のナイトだ。


ある日、娘が姫の新しい父親という人を連れてきた。


その日は雨だった。


その日を境に姫は祖父母の家であるこの家を去り、ごくたまにしか帰って来なかった。


僕は守るべき姫を失って、しばらくすると終わりを迎えてしまった。


僕は姫が、君が周りになんて言われようと君が産まれてきてくれたことを本当に心から願っていたよ。


大丈夫泣かないで、僕が必ずまた姫にたどり着くから。


それまで少し辛い現実が姫を襲うかもしれないけど強くあれ。


たどり着くまでも心は姫の傍にずっといるから。


そうして、たどり着いた場所は水の中だった。

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