馬車に前に飛び出した少女事件 2

 我が身は独身貴族として、朝の仕事にいく前の一番怠い時間に目を覚ましたのです。


 会社の近くにある商業区で、宿をとって少しでも睡眠を取るためにベッドに入りました。


 しかし、怒鳴り合う男女の声で目を覚ましました。


 せっかく仕事場から近くの宿で休んでいたのに、うるさい朝の目覚めになってしまいましたね。


 どうやら商業区を馬車が突っ切って、人を跳ねそうになったようですね。

 馬車に乗っていたのが貴族だったために、押し通ろうとしているようです。


 またテンプレ展開というやつですね。


 もしも、今が戦時中で勇者一行が通りかかれば、勇者たちが助けに入って貴族が立ち去っていくまでが、テンプレだったことでしょうね。


 または、有力な冒険者が現れて、木っ葉な貴族を脅してしまうんです。

 ふふ、物語を思い出していると面白いのですが、実際に目にするとなんとも憂鬱ユウウツな出来事ですね。


 法律は万能でありません。


 権力には権力というのが一番手っ取り早い話の解決方法です。


 我が身は脳を目覚めさせるために顔を洗って、スーツに着替えていきます。


 独特な見た目をしている自覚はありますが、紳士の嗜みとして、外出する際には全ての準備が整ってから外に出ることにしています。


 たっぷりと時間をかけて、宿屋に支払いをして外に出ました。


 騒ぎに近づいていくと、妙なこともあるものです。

 数ヶ月前にあるパーティーで見かけた女性がいるではありませんか? 

 

「いいえ。私は本日より、法務省で務める者として見過ごすことはできません!」


 おや? そういえば法務大臣から新人が来ると、言われておりましたが、まさか彼女だったとは驚きですね。


「ヤレヤレ、お転婆なお嬢様の叫び声が聞こえると思ってきてみれば、あなたでしたか」


 我が身が声をかけると嬉しそうな顔を向けてこられました。


「おはようございます。リベラ様」

「ふむ、本日から新人がやってくると聞いていましたが、あなたでしたか。あなたはいつもトラブルの渦中にいるのですね」

「そんなことはありません。今回はたまたまです」

「またベターなテンプレを。貴族馬車の前に飛び出した少女ですか?」


 私は手っ取り早く事件を解決するために渦中の人間に登場していただくことにしました。


「なんだ!」

「私はリベラ子爵という者です」

「なっ! 子爵様!」


 慌てた様子で馬車を飛び出してくる貴族が、私の前で頭を下げられました。

 どうやら私よりも位の低い方だったようですね。


「こっ、このような場所にどうして子爵様が?」

「出社前にあなたが起こした騒ぎで、叩き起こされたのですよ」

「それは申し訳ありません」

「いえいえ、それで? 我が身は法務省に勤めています。この意味はわかりますか?」


 法務省と言ってピンと来る貴族は半分くらいです。

 さて、この方はいかがでしょうか?


「えっと、申し訳ありません。不勉強でして」


 どうやら法務省は通じないようです。


「そうですか、残念です。法務省特別裁判官シャーク・リベラ子爵の権限によって、あなたを拘束する必要があります」

「なっ! どういう権限があるというんですか?!」

「現在、王国では国際法に基づいて法律が定められています。貴族には平民よりも先に文書にてご連絡さしあげています。それでも知らないということは、あなたの怠慢ですよ」


 我が身が威圧的に発した言葉に、貴族殿は顔を青褪めていきます。


「どっ、どうすれば良いのですか?」

「此度、あなたが法を犯したことはご理解できていますか?」

「えっ! 私はどんな法を犯したのですか?」

「一つ、馬車での商業区へ乗り入れは、許可証を持った者のみとなっています。これは商品を持ち込むために荷馬車を入れる必要があるからです」

「そっ、そんなこと貴族であれば許されるのでは?」

「これは貴族であっても許されない事実であり、この場合に物や人を害した際に、馬車を運転していた者。乗っていた者は同罪として、害したものに対して賠償責任が伴います」


 これは国際法だけでなく、王国の法律で決められている王都の常識です。


「そっ、そんな」

「次に、貴族区、市民区、商業区、行政区では、馬車を駆けさせることは禁止されています。お急ぎならば自分の足で走るか、王都内で走り出した汽車をお使いなさい。道路交通法にも違反しているということです」


 1、走ってはいけない場所を走った。

 2、少女と母親と引いたことで賠償責任が伴う。

 3、走ってはいけない場所で、出してはいけない速度で走った。


「以上の三つの法律を破ったので、罰を執行しなければなりません」

「なっ、何をされるのですか?」

「犯した者にも、権利があります。まず、あなたが被害を与えた親子に賠償を。謝罪と治療費。それにクリーニング代を」

「はっ、はい」


 御者と貴族は母娘に謝罪をして、金貨を三枚渡しました。

 貴族にとってはたいした額ではありませんが、親子にとっては金貨3枚で一年は暮らせる金額です。


「他にも商人たちに被害が出ていれば、賠償の責任がありましたが、此度は名乗り出る者はいないようです」


 自分たちに火の粉が飛ばないように逃げた者まで助ける義理はありません。


「最後に、道路交通法違反により、法務省に金貨一枚の罰金をお願いします」

「わっ、わかりました」


 言われるがままに素直に聞いてくれた貴族様に対して、我が身は優しいので、いいことを教えて差し上げることにしました。


「私が出てきて良かったですね」

「えっ?」

「あそこにおられる美しい女性は、侯爵令嬢様です。あなたの御者が脅していたのは侯爵様ということになりますよ」

「ヒェッ!」

「いくら急いでいても今後は法律を守り、ルールに従わなければ、自分の首を絞めることになりますよ」

「はっ、はい。ありがとうございました。リベラ子爵。こっ、これはお礼で」

「いえ、それは結構。あなたも時間が無いなかで呼び止められて混乱していることでしょう。我が身への気遣いは良いので、これからお気をつけください」


 謝礼として、金貨を渡そうとした男爵に、我が身はそれを拒否して、さっさと立ち去るように促しました。


「ありがとうございます! 今後は法律を勉強致します」

「はい。頑張ってください」


 立ち去る馬車を見送って、マリアンヌ侯爵令嬢と、母娘に視線が向けられました。

 

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