側面衝突

「はい! はーい!」


「はい。では、4両めの元気なお嬢様かな? まずはお名前をフルネームでどうぞ」


 ゴリアタは少女の溌剌はつらつとした声を聞き逃さなかった。パッと見では見つからないが、マイクのようなものがどこかに設置されているんだろう。

 今いちその感覚が掴みづらいが、魂の力で動いているやつだと思う。


「あたし、ハミンです!」


「ハミンさんですね。元気なハミンさん、ラストネームはわかるかな?」


「モイストです! ハミン=モイスト! 好きな食べ物はケーキと、パパが作る魚の干物です!」


 運転室に響いた声が伝わったのだろう、他の車両の乗客たちからも笑いが吹き出した。


(渋いですねー。面白い子ですー)


 ぽつりと、テオの感想。

 パパことハミンの父親は顔を朱に染め、指を宙で彷徨わせ、どうしたらよいものかと狼狽している。


「おお、魚の干物とは。いいですね。体に良いものなので、ぜひ続けてくださいね。それじゃあ、ハミンさん。質問をどうぞ」


「はい! あのー、どうしてこんなふうになったの?」


「なるほど! 来ると思って回答を用意してあった質問ですから、良い質問だと思います」


 おどけた口調のゴリアタに、小さな笑いが起きた。

 普段の俺ならこっそりとニヤけそうなやりとりだが、今のところはそういう気持ちにはなれそうにない。

 6両編成でレールの上を走る魂魄列車に、俺の不安とは正反対の柔らかな雰囲気が充満していた。


「この廃棄地フリオールについて数多くの識者が調査を行いましたが、判明したことは1つだけ。廃棄地フリオールの土壌表層は、鉱石に似た物質で構成されているようです。見た目はふつうの土なのですが。鉱石に似たものになった原因や、ビストが近寄らない原因などは不明なままです」


「……うぅーん……あたし、よくわかんない」


 そりゃそうだ! という声がどこからか響き、ドッ、と笑いが湧き上がった。

 土なのに、鉱石……?

 違和感あるが、ここは違う世界だ。色々と定義や法則とかが違うのかもしれない。


「そうですよね。ハミンさんにはまだ難しいお話でしたね。よければ、あとでパパに聞いてみてくださいね! ではでは、他に質問がある方はいらっしゃいますか?」


 しばらくの沈黙。

 放棄地について聞いてみたが、テオはあまり詳しくないらしい。せっかくだし、少し、質問してみるか。


「はい。質問あります」


「おや、またも4両めですね? 好奇心旺盛な方が集まっているようですね。ではまず、フルネームをどうぞ」


「はい。磯山……いや、テオ=ダグといいます。質問ですが、どうして廃棄地フリオールと呼ばれるんですか?」


「はい。テオさん、お答えします。わたくし、さきほど、土の成分が鉱石に近いと言いました。その鉱石は蛍石フルオライトと呼ばれています。それでですね」


「――なるほど。ゴリアタさん、ありがとうございます。よくわかりました」


(蛍石ですかー、これはまたきな臭いですねー。窓ガラスで見えてますけど、たぶん蛍石も群青色ですよねー)


 言うとおり、テオが閉じ込められている蛍石と同じだろう。生物が寄りつかない鉱石だったのか。

 旅の出だしに不安がまたひとつ増えた。


 ライは何を隠していて、この蛍石フルオライトを持ち歩くことにはどんな意味があるのだろう。

 自分たちには知識があまりにも乏しい。

 そもそも、ライって英語で嘘という意味じゃん。

 英語だけど。


 とにかく、このまま、ライのペースに乗せられたままでいいのだろうか。

 ペースから外れたら殺されるかもしれないけどさ。

 釈放後のテオは何故かその点に触れないが、どうにかして体を返す方法も見つけていかないと。


 窓の外に広がる放棄地を眺めながら思案にふけっていると、ハミンの父親がおずおずと近づいてきた。


「あ、あの。その、テオ……くんだったね。すまなかったね。うちの娘が失礼なことを」


「いえいえ、そんなことないです」


「謝罪するよ。父親の手ひとつで育てると、私の足りないところを補おうとしているのか、どうしてもお転婆になってしまう」


(母親はどうしたんですかねー)


 テオが、相手の懐に飛び込むような事を言う。

 テオ君、大体こういうときは複雑な事情があるから、その系統の質問はできるだけ避けたほうがいいよ。


(そうですかー? 普通の質問と思いますがー)


 どうやら、テオ君はわりと空気を読めない系らしい。


「今はね、この子だけが私の生き甲斐なんだ。……君もいつか所帯を持ったら、仕事ばかりに集中せず、家族を省みること。これはとても大切だから覚えておくといい」 


 所帯か。元の世界で41年生きたけど、それを持つきっかけすらなかった俺には、耳の痛い話ではある。

 そしてそれを異世界で聞かされているという。


「ところで、テオくん。君はどこから来たの? なんていうか、その……」


「やたら薄着なうえに、武器を持っていますからね。寒さに強いんです。国府から出て、これからソドム県に向かうところです」


 父親は、こっちが驚くほどの驚いた顔をしていた。

 その向こう、白髪の老人が座席のヘッドレストに腕をかけ、俺へ声をかける。


「ほー。それはまた珍しい。国府から外に出る者がいるのか。あそこは極端に閉鎖的と聞くからのう。……して、若者。お主、ソドムに向かうと言ったかの」


「はい。ソドムですが?」


 老人も、その手前の父親も。俺を見ている乗客の多くが、何かを言いたげな顔をしている。

 ん? この空気、何か嫌な予感がするぞ……

 

「はい、5と3両めの方、ありがとうございました。ここまででアナウンスは終えさせていただきます。当車はあと数分ほどで廃棄地フリオールの脇を抜け、ゴモラ県に向かいます。乗客のみんな、よい旅を。……あ、気が向いたらまた話しかけますね」


 アナウンス開始当初の丁寧な言葉遣いはどこへか、最後はやけに親しげになったゴリアタの声が車内に響く。


「いま、運転手が言ったがの、行き先はゴモラだぞ。国府から見ればゴモラは北西、ソドムは北東。2県の距離は相当なものだ。戻って他の列車に乗り換えたほうが近いやもしれん。お主、乗る列車を間違えてないか?」


 老人は真剣に心配しているようだった。

 テ、テオ君? この列車でいいって言ってたよね?


(……国府から出るのは初めてなので、地理とかは、竜さんと大して変わらないですー)


 おいおい――

 出だしからいきなり間違えてるのこれ?

 5日以内にソドムへ着かないといけないのに。

 テオ君? 戻るべきなの?


(……はいー。次のピチュ駅で降りましょうー)


 話に参加できないからなのか、不満げな表情をしたハミンの頭に手を置き、俺は父親と老人へ、ありがとうございます。戻ります。楽しい旅を。

 引きつった笑みでそう言った。


 前の座席のバックレストのポケットから既に4回ほど読んだ魂魄列車のパンフレットを取り出し、もう話しかけないでください、そんな雰囲気を纏う。

 ――内心では、やってしまった。そう思いながら。


 ハミンはまだ何か言いたそうにチラチラ見ているが、父親に促されて渋々と席へ戻っていく。

 

「こりゃ、前途多難だな……」


 俺は思わず独りごちながら窓に映る自分を見た。

 ほんとに猫みたいな顔だな。

 元の世界なら、2次元キャラとして人気が出そう。


 ふと、パンフレットに影がさした。 

 ん? と窓の外を見る。


(――竜さん! 剛性と靭性を付与してー!)


 テオが脳内で叫ぶ。

 パンフレットを覆った影の持ち主を、廃棄地フリオニールから接近する別の魂魄列車だと視認した直後。

 乗客たちが宙を舞った。

 金属が捻れ断ち切れていく轟音、夕焼けに似た色の火花。

 回転する視界。

 窓枠から解放されたガラスが、その役割を床に変えた天板へ叩きつけられた乗客たちの肉を切り裂く。


 ――魂魄列車は脱線、横転し、ひしゃげた車体を大地に横たわらせた。

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