第2話 ノエルの学園生活

 入学式から時は少し流れ、空気が少し暖かくなり始めた五月の頭、授業が終わった放課後、ノエルは学園に併設された闘技場に足を運んでいた。ノエルは選手入場用の入り口から中に入り、闘技場の中心に立った。


 ノエルは深呼吸をして、高ぶる気持ちを抑えて、対戦相手を待った。ノエルがなぜ戦うことになっているのか。それはこの夏暁学園の独自の教育方針が理由だった。

 夏暁学園は異能者のための学園だ。そのため異能者に力の正しい使い方を教えている。そして異能の人に対する力加減を覚えるために、生徒同士で実際に戦い学ぶことが推奨されているのだ。


 そんな理由があり、生徒同士の決闘がよく行われているのだ。

 そして今日、ノエルも決闘をすることになっていた。ノエルが精神統一を終えた頃に、逆サイドの入り口から一人の女子生徒が闘技場にやって来た。

 その人物はノエルのクラスメイトのココロ・ハッサクという女子生徒だった。ココロはノエルの正面に立つと、ノエルの体を舐めるように見回した。


 ノエルはそんな視線に気付かず、ココロのことを見返していた。ココロは明るい茶髪のショートヘアが似合う美少女だった。

 二人がお互いのことを観察していると、立会人の先生がやって来た。


「それでは、これから決闘を始める。お互い正々堂々戦うように、わかったな?」


「はい!」


 先生の確認に対して、二人は元気に返事をした。そして握手をすると、お互いが所定の位置まで下がった。

 そして二人が臨戦態勢に入ると、闘技場が沸き立った。今日の闘技場は観覧席が満員になるまで生徒が集まっていた。皆、話題の美少年であるノエルの戦いを見たいのだ。


「それでは、始め!」


 立会人の先生の号令がかかると、ノエルとココロは同時に異能を発動した。先に異能の効果が出たのはココロの方だった。


「うがあああぁぁぁ!!!!」


 ココロは大声で絶叫した。するとその絶叫は大気を揺らし、闘技場の外まで響いた。ココロはただ雄叫びを上げたわけではない。これはココロの能力『咆哮 ハウリング』の効果が乗った雄叫びなのだ。『咆哮』の能力により、自身を鼓舞することで身体能力が上昇するのだ。

 身体能力へのバフを掛け終わったココロは、ノエルに攻撃を開始した。


「ノエルくーん!!!! うちと付き合ってー!!!!」


 『咆哮』の能力で放たれた愛の告白は、衝撃波を発生させてノエルに迫った。ノエルは咄嗟に耳を塞ぎ、足腰に力を入れて衝撃波をやり過ごした。

 そしてノエルも能力を発動した。するとノエルの体が徐々に変化し始めた。まるでサナギが蝶になるように一対の翼が生え、体を鱗が覆い始め、頭には角が生えていた。


 その神秘的な光景に闘技場中がノエルに注目した。ノエルの能力、それは『白竜 ホワイトドラゴン』、強靱な鱗に鋭い爪を持った竜に変身する能力だった。

 変身を終えたノエルの姿を見た観覧の生徒や教師は、その美しさに目を離せないでいた。半竜半人となったノエルの姿は、まるで神話の世界から飛び出して来たかのような美しさと神々しさがあった。


「次はこっちから行きます!」


 変身を終えたノエルは、ココロに一気に肉迫して、攻撃を繰り出した。ココロは上昇した身体能力のおかげで、ノエルの攻撃を躱すことが出来た。


「ノエルくーん!!!! 大好きー!!!!」


 そしてココロは再び、愛の告白を咆哮に乗せて攻撃した。間近で咆哮を受けたノエルは一瞬硬直し、隙を晒してしまった。

 そしてその隙を見逃すココロではなかった。ココロは急いで距離を詰めると、攻撃をするのではなく、ノエルに抱きついた。そしてそのままノエルの体をまさぐった。

 体をまさぐられたノエルは恥ずかしさとくすぐったさから、急いでココロを引き剥がして投げ飛ばした。


 ココロは勿論まじめに戦う気はあるのだが、絶世の美少年の体に触れられると思うと、攻撃よりも性欲が優先されたのだ。

 そんなココロに嫉妬から、観覧席からブーイングが飛んだ。しかしココロ本人はまったく気にしていなかった。むしろ隙さえあればまた体に触れようと考えてすらいた。


 これ以上体を触られるのも嫌なため、ノエルは本気で戦うことにした。ノエルはココロとの距離を詰めると、苛烈な攻撃をお見舞いした。

 そしてノエルの苛烈な攻撃に、耐えられなくなったココロは、強烈なパンチを喰らい、壁まで吹き飛ばされて、体を強打した。


 そしてココロは戦闘不能になった。そんなココロの様子を確認した立会人の先生は、決闘の終了を宣言した。

 決闘が終わり、変身を解いたノエルはココロに駆け寄った。そしてココロに手を貸した。


「ごめんなさい、思い切り殴っちゃって……」


「大丈夫だよー、こちらこそごめんねー」


 ノエルの手を借り立ち上がったココロは、さきほどのセクハラ行為を謝った。


「それで告白の答えだけど、うちと付き合ってくれる?」


「ご、ごめんなさい」


「やっぱ、ダメかー」


 ノエルは告白を断ると、そのまま闘技場を後にした。


「また振られちゃったなー」


 また、この言葉の通り、ココロはノエルに告白するのは今回が初めてではなかった。そしてノエルと勝負するのも今回が三度目だった。

 そもそも何故ノエルが決闘をしているのか、それはノエルに関するある噂が原因だった。その噂というのは、ノエルに決闘で勝ったら付き合えるというものだった。


 この噂から、ノエルに決闘を挑む女子生徒が後を絶たないのだ。その結果、ノエルの戦績は五月頭の時点で二十戦無敗となっていた。

 ノエルは闘技場から寮に帰る途中、こうなってしまった原因を思い返していた。



          ※



 入学式の次の日から、ノエルの学校生活は波乱を極めていた。まず教室にはノエルの姿を一目見ようと、学年関係なく女子生徒が詰めかけていた。

 ノエルはまるで自分がパンダにでもなってしまったのかと思うほどだった。そして詰めかけた女子生徒に質問責めされる毎日だった。


「ねぇねぇ、ノエル君! 彼女はいるの?」


「ノエル君、好きなもの何?」


「どういう人がタイプなの?」


 授業の合間も、放課後も常に周りに女子生徒が群がるため、ノエルは気が休まることはなかった。しかし毎日が新鮮なことの連続で、楽しくはあったのだ。

 そんな毎日を過ごす中で、一人の女子生徒がノエルを呼び出したのだった。ノエルが呼び出しに応じ中庭に行くと、その女子生徒が待っていた。また周りにはギャラリーがたくさん集まっていた。

 そんな衆人環境の中で、その女子生徒はノエルに対して告白をしてきた。


「ノエル君!! 私と付き合ってください!!」


「ご、ごめんなさい!」


 ノエルはまだ学校に慣れておらず、彼女を作る気がなかったため、告白を断った。しかし告白を断られた女子生徒は諦めきれない様子だった。


「どうしてもだめですか!?」


「まだそういうのは早い気がするので、ごめんなさい……」


 友達すら満足に作れていないノエルは、彼女を作る気がないことをはっきりと伝えた。しかしそれでも諦めない女子生徒は最後の手段に出た。


「それなら決闘しましょう! 負けたら素直に諦めます! 私が勝ったら付き合ってください!」


 かなり無茶苦茶な言い分だった。しかしノエルは考えた。これはチャンスかもしれないと。ノエルは師匠から特訓を受け、かなり強くなった。しかし相手が師匠だけだったため、自分の強さがどれくらいのものか分からなかったのだ。


(自分の身を自分で守れるくらい強くなっているのか、確かめるチャンスかも)


 そのためノエルは、女子生徒からの決闘を受け入れた。そして決闘の結果は、ノエルの圧勝だった。ここでノエルは自分がかなり強くなっていることに気付いた。そして自分の強さに自信を持つようになった。


 そしてこの日からノエルに勝つことが出来れば、付き合うことが出来るという噂が流れるようになった。

 ノエルは実戦経験を積み、もっと強くなりたいと思ったため、流れている噂を否定しないでいた。


 そして今に至るのだ。今日に至るまで、ノエルに告白し、文字通り玉砕していった女子生徒は多い。それでも女子生徒は諦めない。ノエルの強さを目の当たりにしても、それでも挑む価値があるからだ。それほどノエルは魅力的なのだ。



          ※



 決闘が終わり寮に帰るノエルの背中を舐めるような視線で見つめる影があることを、ノエルはまだ気づけていなかった。

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