第23話

 フィリアが住む小屋とは神殿しんでんはさんで反対側にある森を抜け、小高こだかい丘の上に降り立つ杙梛くいな

 そこから自分のいた国の方角を見つめる。


 ーーーーどんどんこちらへ近付いてくる。


 一つは気配を隠そうともしない。

 そして、感知しずらいが、気配はもう一つ。


「……来たら迷惑だって、言ったのに」


 続いて、今程いまほど自分が通ってきた神殿の方角を。


「……どいつもこいつも」


 杙梛の語気ごきが、あきれを通り越して怒りをはらむ。さほど時間も置かず、彼の耳に足音が届いた。


 ーーーール様!!


 ……自分の名を呼ぶ、使い魔の声。

 すぐにたどり着いたケイルは、真っ直ぐにこちらを見つめる。


「…………」


 杙梛はケイルには目もくれず、彼の後ろに顔を向けた。数秒遅れて、はぁはぁと息を吐きながら芽依めいあらわれる。


「……杙梛、……さんっ……!」


 杙梛は目を細めた。


「ーーーーケイル」


 ビクッ、とケイルの肩が揺れる。


「俺は、彼女を連れて来いなんて命令、してないけど?」

「つ、連れて来たんじゃない。勝手に付いてきたんだ」


 冷めた目でこちらを見下ろす杙梛に、居心地いごこち悪そうにケイルは目をらした。

 再び杙梛の視線が芽依をとらえる。


「貴女は……」

「?」

「……いえ、こんな姿なのに、よく私が杙梛だと思いましたね」

「…………」


 ……言われて初めて、彼がいつもとは違う事に気が付いた。

 服装は黒装束しょうぞくで、死神しにがみのものとも違うが、まとう雰囲気が、彼が人外じんがいの者であることをまじまじと物語っている。

 それに、いつもしていた丸眼鏡も無く、前と同じ所といえば、薄紫色の髪くらいか。

 なのになぜ、彼が杙梛だと思ったのだろう。

 どちらかというと、むしろ……ーーーー。


「クーテル……」


 名を呼んだ瞬間、彼の瞳が揺らいだ気がする。

 口馴染くちなじみのない言葉なのに、自然と口からあふれ出た事に、自分でも少し驚いた。

 だが、名を呼んだことで、芽依のたましいきざまれた"姫"の記憶が鮮明せんめいに呼び起こされる。


 ーーーー見開かれる瞳。振り上げられたやいばすべり落ちる涙。

 その振り上げられた剣を持つ、薄紫色の髪の、人物ーーーー。


 死神達の言葉を借りるならば、"彼"と杙梛は全く同じ魂を持っている。

 だが、芽依のような分御霊わけみたまでも、トキのような分身でもない。

 杙梛自身が、二千年前に姫を殺害したクーテル、その人なのだ。

 だが、だとすると、次から次へと疑問が浮かぶ。

 杙梛が裕祇斗の側仕そばつかえとして王城で働くようになったのは、十年前……ちょうど、テヌートが芽依の屋敷の専属門番となった時期と同じ。

 何故なぜ、そんな昔から、正体を隠して私達の国にいたのか。テヌートの監視かんしが目的か。

 ーーーー……それに、先程さきほどのケイルとの会話から、二人が主従関係であることは明白めいはく

 ならば、使い魔の彼を、フィリアのそばに置いたのはなぜか。何故、三津流を彼女の元まで連れてきたのか。

 きっと、どれだけの疑問を口にしても、彼の真意しんいが分からない以上、その答えは はぐらかされてしまう可能性が高い。

 でも……それよりも……。


「私ーーーー」

「ーーーーあら」


 ドクン、と芽依の心臓がねる。

 声を聞いて、一瞬固まった体を何とか動かし、ゆっくりと上を向く。

 ……そこに居たのは、リーフィアだった。


「こんな所に居たのね。あたえられた任務もこなさず、ここで何をしているのかしら」

「…………」


 どうやら彼女は、クーテルに話し掛けているようだ。芽依の存在にはまだ、気付いていないらしい。

 無反応のクーテルにしびれを切らせたリーフィアは、彼の喉元に鎌の先端せんたんを押し当てた。


「ーーーー早く答えなさい。貴方も少しは私のパートナーとしての責務せきむを果たしたらどうなの?」


 リーフィアの叱責しっせきに短くため息を吐くと、クーテルは前を向いたままで答えた。


「……引き寄せてる」

「は?」

「……俺がここに居れば、あいつは必ずこっちに向かってくる」


 クーテルと同じ方向に視線を向けて、リーフィアはますます不機嫌になった。


「そもそも、あれを国にとどめておくように言ったはず。何故、貴方までこっちに来てるのよ」

「…………今引き付けてるんだから問題ない」


 そこでようやくクーテルは、リーフィアに顔を向けた。


「俺が引き寄せてる間に、お前は自分の仕事をしろ。……もしあいつと戦う事になっなら、俺はそんなにもたないぞ」

「…………」


 二人が言っているのは、十中八九テヌートの事だろう。トキも『テヌートさんがこっちに向かって来てる』と伝えてくれていたし、間違いない。

 ーーーーテヌートといえば、死後すぐに死神となり、二千年もの間ずっと死神の頂点に君臨くんりんし続けている男。その実力は本物であり、リーフィア達でさえ、魔王の力の一部しか行使こうし出来ないその身では、苦戦をいられる程なのだ。

 ……一瞬の沈黙ちんもくの後、ちらりと下を見る。

 そこにいた芽依とバチッと目が合って、彼女は口角こうかくを上げた。


「ーーーーでは、ここは任せる。私は同胞どうほう達を魔王様のもとへかえしてこなければ、ね」


 スッと消えるリーフィアを追いかけようとすると、突如とつじょ圧力がかかり、芽依はその場に両手を着く。

 ……リーフィアの力ではない。

 芽依に重圧じゅうあつをかけた当人とうにんは、ゆっくりとこちらを向いた。


「ーーーー動かないで下さいね。貴女も、彼をここにつなぎ止めておく為に、必要なので」


 クーテルの視線がケイルに移る。


「……さて、待ってるだけなのもひまだし、…………なぁ、ケイル」


 ビクッ、とケイルの体が萎縮いしゅくする。

 おそる恐るクーテルを見上げると、彼は腰に手を当て、スゥと目を細めた。

 あるじさだめた唯一の男の、いくらか優しい声が降ってくる。ケイルは何だか泣きそうになった。


「ーーーー少し、俺と遊ぼうか」


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