第17話

 突然の頭上からの声に、ぴく、と肩がふるえる。

 ……この、声……。

 屋敷に着いてからずっと探していた男の声に、裕祇斗ゆぎとはのろのろと顔を上げる。

 情けない顔を見せまいと、必死に涙をこらえてみるも、こちらを見下ろす男の瞳はんでいた。

 真っ黒なローブをまとったその男ーーーーテヌートの、純粋じゅんすい白髪はくはつの髪が、月明つきあかりにらされ、より神秘しんぴ的に見えた。

 裕祇斗の瞳から、ぽろっと涙がこぼれ落ちる。テヌートの眉間みけんしわが寄った。


「ーーーー泣くな」

「っ、……泣いてない……!」


 まるで子供の言い訳のような口調くちょうの裕祇斗の反論はんろんに、冷めた目を寄越よこすテヌート。だが、次の瞬間にはスッと表情をあらためる。


「俺達は、契約のない人間に力を与える事は出来ない」

「契約……」


 さっきから、何を言っているんだろう、と思った。だが、彼の、人間離れした色味をはなつその金の瞳に見つめられ、唐突にさとる。

 ……あぁ、テヌートも杙梛くいなも、自分達とは違うことわりにいる者達なのだ、と。


「契約……」


 裕祇斗は、テヌートに気付かれないように息を吸い、呼吸をととのえる。

 人外の者と契約する以上、相手の正体を見極みきわめる事は必須ひっすだ。でなければ、相手に有利な状態で契約を結ばれてしまう可能性が高い。"テヌート"という名前だけでもしばることは出来るが、その"彼"が何者かを知る事でさらに制御する事も出来る。……名前は、契約において一番重要な鍵だ。

 テヌートはこちらを静かに見下ろす。

 おそらく、裕祇斗の考えなどお見通しなのだろう。

 だがきっと、彼は自分から名乗なのりはしない。契約にる人物か、裕祇斗をためしているのだ。

 握ったこぶしに更に力がこもる。


 ーーーー考えろ。


 テヌートは先程さきほど『力を与える』と言った。ならば、こちらの生気せいきや力をかてとするしきや悪魔のような存在ではないということだ。

 それに、"与える"という不遜ふそんな言い方。もっと上位の存在であることは間違いない。

 ……最近どこか……芽依めいが書庫で調べていた文献ぶんけんの中にあった気がする……。


「ーーーー……」


 裕祇斗の瞳がどこか遠くをとらえる。


死神しにがみ……」


 テヌートは、くいっと目を細める。

 ぽつりと呟いたそれは、彼の耳にはしっかり届いたようだ。否定しないということは、すなわちそれが正しいという事。

 裕祇斗は目を閉じ、ゆっくりと息を吐く。同じ時間をかけて目を開けると、再びテヌートを見た。


「……俺は何をすれば良い?」

「……別に。俺達は人間に力を与える。その代わり、お前らは死後のたましいを我々に差し出す。それだけ」

「死後?」

「そうだ」

「……それって、お前に何かメリットあるのか?」


 生きてる間は、ただ無償むしょうに力を与える、と言っていると同然どうぜんだが。

 疑問をそのままテヌートに投げけると、彼は口角こうかくを上げた。


愚問ぐもんだな」


 腰に手を当て、こちらを見下す彼の瞳があやしく光る。


「死神は、魂をるのが仕事だぞ」


 さも当然のことと言わんばかりの口振くちぶりに、裕祇斗は言葉をまらせる。


 付随ふずい条件は次の通りだ。


 一つ、契約の解除は、死神側の死でのみ解除可能であること。

 一つ、たがいの命をうばう行為は不可能であること。

 一つ、人間は死後、輪廻りんねの輪には戻れず、二度と生まれ変わる事はかなわないこと。


 ……聞けば聞くほど、死神側に契約するがないように感じる。

 そもそもおそらく、死神から契約を提示ていじする事ではない。

 にもかかわらず、テヌートは裕祇斗に契約をうながした。……その意を、見失わない為にも。


「分かった。ーーーーお前と契約する」


 裕祇斗の真っ直ぐな瞳が、テヌートのそれをつらぬいたーーーー。


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