第11話

「……どうしよ。トキくん、とりあえず、あの神殿しんでんまで戻れる?」


 トキは頷く。


「良かった。じゃあーーーー」

「あの、さ」

「ん?」


 行こうか、と芽依めいが言いかけたところで、トキが言葉をさえぎる。めずらしいなと思いつつトキを見ると、彼はどこか遠くを見据みすえ、芽依に横顔を見せた状態でいた。


「……少し、気になる所があるんだけど、行っても良い?」

「気になる所?」

「危険な感じは今はしないから、一緒に来ても良いけど……」

「!……行く!」


 トキがさそってくれてる、と気付いて、思わず食い気味に返事をしてしまった。


「……分かった。この近くみたいだから」


 来て、とトキは短く告げて歩き出す。

 トキ自身も気配に半信半疑なのか、慎重に先に進んでいるようにも見えた。彼の邪魔にならないよう、そっと後ろから付いていくと、少し先に出たところで、道がひらけている場所があった。

 木々の合間あいまから陽射ひざしが差し込み、まるで物語にでも出てきそうな幻想的な空間だ、と一人感動していると、トキが突然、足を止めた。


「?どうしーーーー」

「ーーーーどなた様ですか?」


 ドクン、と、心臓がひときわ大きく鳴った。

 声のしたほうへ顔を向けると、開けた空間にぽつんと、小さな小屋が建っており、そこの扉から少女がこちらをそっとのぞいていたのだった。


「……あの……?」


 よく見ると、少女は目を包帯でおおわれていた。慌てて芽依は口を開く。


「ごめんなさい。神殿からお城へと行く途中で迷ってしまいまして」

「まあ……。神殿のお客様でしたか。それは失礼致しました。わたくし、フィリアと申します」

「芽依と申します。……貴女も神殿の関係者でいらっしゃいますか?」

「いえ、私は……現聖女の妹なのです。ですが、私に力はなく、それにこのような体ですので、ここでひっそりと暮らしております」


 これは内緒です、と人差し指を口元に持っていく。


「立ち話もなんですから、中へお入り下さいませ。もうすぐ雨も降って参りましょう。そちらの方は従者の方ですか?ご一緒にどうぞ」

「え?いえ、彼は……」


 そこまで言って、芽依はふと気付く。

 トキは現在死神の姿だ。普通の人にはる事は出来ないはず。それを、そこにいると当然のように言える彼女は、目が不自由な事で神経が研ぎ澄まされているのか、或いは芽依と同じく視えるものなのか。

 力は無いと言っていたが、本人は無意識で言っているみたいだし、自分に力があると気付いていないだけなのかもしれない……。

 ポツ、と雨音が聞こえ、芽依は困ったように笑った。


「……では、お言葉に甘えさせて頂きます」




 * * *




「……何か、怪我でもされたのですか?」


 直接的な物言いは避けたものの、両目を包帯で覆われているという事は、相当な深手だったのではないだろうか。


「……いえ、これは……」


 言いよどんでしまった少女に申し訳なさが込み上げ、芽依は慌てる。


「ごめんなさい。言いにくければ言わなくて大丈夫ですよっ」

「……申し訳ありません。ですが、見えない訳ではないので、ご心配なく」


 すると横からスッと、トキが手を伸ばす。

 少女の包帯に触れるか触れないかのところで、動きを止めた。


「……はずれないように封印されてる。ここの人達にされたの?」


 ぴくり、と少女が反応したのをトキはじっと見つめる。


「神殿を外から視てたけど、人外の気配がいくつかあった」

「え……そうなの?」


 驚いたのは芽依のほうだった。

 神殿の中に居たのに、全く気付かなかった。

 芽依はこそっと、トキに問う。


「死神?」

「……違う、と思う。でも、地獄の匂いがする」

「どうして、人外の者がそんなに……」

「ーーーー……」


 こちらの会話が聞こえてるか知らずか、少女はぐっ、と押しだまる。

 トキは再び少女に問いかけた。


「……出ようと思えば出られるけど、出れないんだよね」

「……わ、私……」

「包帯で隠しているのは、目の色が原因?」


 ビクッ、と少女の体が揺れた。恐る恐るトキの声のするほうを視る。


「……どうして……」


 トキは、少女から視線を外す事なく答える。


「僕も、同じ、だったから」

「同じ……」


 はっ、として、少女はトキの瞳付近に触れた。手が、かすかに震える。


「……では、貴方も……」

「うん」


 気配で、何となく気付いていたのだろう。少女は核心かくしん的なトキの言葉に、ほっと肩の力を抜いた。


「……貴方の言う通り、私はただの人とは違います。……この目にまれ、人々は私を恐れました。だから、封印されることに何の抵抗もありません。……私も、自分のこの瞳がおそろしいのですから」


 一人、フィリアとトキの会話についていけない芽依に、トキは振り向いてこう言った。


「ーーーー彼女、瑠璃色の瞳を持ってる」

「!」


 瑠璃色の瞳。つまりそれは、彼女が魔王の分身である、という事だーーーー。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る