嫉妬に燃える竜と跳ね飛ぶ逆立ち兎
【Proceedings.29】嫉妬に燃える竜と跳ね飛ぶ逆立ち兎.01
ここは永遠の学園の園、神宮寺学園。
絶対にして完全なる学園。
桜舞う常春の学園。
その学び舎から、姿はどこにも見えないのだが、どこからともなく少女達の噂話が聞こえてくる。
「ねえ、ミエコ、シャベルコ、見た? 前回のデュエルは…… 何て言うか物悲しかったわね」
「物悲しいというか、物足りない、じゃない? キクコさん」
「次はとうとうバニーちゃんが動くみたいですね!」
「あー、あのバニーガール姿の? なんであの子あんな格好しているんですか?」
「趣味らしいですよ。バニーちゃんはコスプレ全体が趣味なんですよ。中でもバニーちゃんがお気に入りみたいですね」
「元月下万象の使い手対現月下万象の使い手ですか、見ものですね」
「そうですね、どっちも頑張ってほしいですね」
「楽しみは楽しみね」
「「「クスクスクスクス……」」」
桜の花が舞う桜並木を二人の男が駆ける。
一人は普通の学生服だが、もう一人は半裸で男にも関わらずブラジャーをつけている。
溢れんばかりの胸襟にはちきれんばかりのブラジャーをつけている。
「ハハハ、亮よ、待てー、待たぬかー」
と、丑久保修が牛来亮を笑顔で追いかけながらそう声をかける。
「修、捕まえれるものなら、捕まえてごらんよ」
亮も笑顔で修から逃げながら、かなり本気で駆ける。
修が蝶が飛ぶように走っているのに対して、亮のほうは競走馬の如く力強く大地を蹴って走る。
「ハハハー、亮と付き合わぬ限り再戦ができないではないか、アハハハハー」
と、修は心底幸せそうに亮を追いかける。
「修は親友だが、僕は男と付き合う気はないよ、アハハハハー」
だが、亮は爽やかな笑顔なのだが言葉通り、修に捕まる気は一切ないようだ。
桜の花びらが舞う中、そんな追いかけっこが、誰の目からも憚られずに繰り広げられている。
「なんですか、あれ? 最近ずっとあの二人追いかけっこしてますよね」
猫屋茜が、食堂のテラス席から見える光景を見てそう言った。
「葵があんな命令くだすからだよ」
巧観が葵に迷惑そうにそれに付け加える。
「害がないなら良いじゃないか?」
葵はそもそも視界にとらえてすらいない。
心ここにあらずと言った感じだ。
目に入れたくないとばかりに、ものかなし気に桜の花びら舞う空を見上げている。
「いや、目に入ると少し目障りだよ。丑久保さんはなぜかあれから、上着を着ないから……」
と、巧観が本当に迷惑そうにそう言った。
「しっかり下着だけはつけてますけどね」
と、茜がいらない情報を補足をする。
だが、それらは葵にとって、いや、誰にとっても、どうでもいい事でしかない。
「ねえ、茜」
葵はいつもの笑顔ではなく悲しそうに、茜に話しかける。
「なんですか、葵さん」
「月子がいないんだ。どこ行ったか知らない?」
空を見るのに飽きた葵が、寂しそうにそう言った。
葵の顔にいつもの笑みは浮かんでいない。
気力そのものが全て抜け落ちてしまったかのようにも思える。
今は葵はただただ寂しそうな表情を浮かべているだけだ。
「プライベートな用事らしいので私の口からは言えないですよ」
と、茜はきっちりと答える。
それを聞いた葵は、
「巧観」
と、すぐにターゲットを変える。
「いや、ボクからだって言えないよ」
もしここで言ったら、また月子に嫌われかねない、そう思った巧観は口を固く閉じた。
「巧観、今すぐデュエルをしよう。それで命令で聞き出すから」
少し目を血走らせながら葵はそう言った。
「葵だって月子がいないんじゃデュエルアソーシエイトが居ないだろう?」
巧観はそう言って、見境がなくなった葵にため息をついた。
葵があんまりにも月子の後を付いて回るため、葵の交遊関係もここにいる人間だけだ。
葵の容姿なら、その気になればすぐにも交遊関係を広めることはできるだろう。
それが葵の中身を知ってなお続くかどうかは、また別問題ではあるが。
「ムムッ、綾! 綾!」
と、そう言って、葵は迷いなく近くの柱のほうを見る。
「なによ……」
と、葵が見た柱から巳之口綾が顔を柱から半分だけ出して返事をする。
巳之口綾が現れたことに、巧観と茜は少なからず驚くが、葵は元から綾の存在に気づいていたようだ。
「月子の居場所を知らないか?」
葵は必死な顔でそう綾に聞いた。
「わ、わたしは探し出せるわけじゃない…… のよ? 偶然見つけれたら、後をつけさせていただいているだけで」
そう言って、綾も月子がいなくて寂しいのか下を向いて、舌をチョロッと元気がなさそうに出した。
「そうだったのか!?」
と、巧観が驚愕の事実を知る。
なにか、こう、ピット器官的なもので月子のことを探し出しているものとばかりと巧観は考えていた。
「月子様はだいたい、この食堂にいらっしゃるから……」
「そういやそうだね」
と、綾の言葉に巧観も納得する。
月子は、葵と出会う後も、出会う前も、大体この食堂で月子はお茶を飲んでいる。
そもそもこの学園には娯楽はデュエルしかないのだ。
暇なときは、この食堂に来るしかない。
「月子…… どこ行ったのぉ……」
そう言って葵はテーブルに上半身を投げ出した。
「夜子様、大事な用とは何ですか?」
上級生用の空き教室に呼び出された申渡月子は、呼び出した主、卯月夜子に向かいその要件を聞く。
茜と巧観には夜子と会うことは伝えておいたが、葵に言うといろんな意味でめんどくさそうなことになりそうだったので伝えていない。
それは間違いなく正解だろう。
葵のことだ。バニーガール姿の卯月夜子目当に絶対ついてくる。
そうなれば話し合いどころではなくなることは月子には容易に想像ができる。
巻き舌でバァニィガァルなどとほざいて浮かれまくるに決まっている。
「月子ちゃんは葵ちゃんのこと好きなのん?」
相変わらずのバニーガール姿で、魅惑的な笑みを浮かべ夜子が月子に唐突に聞いた。
「そ、そんなことはないです」
いきなりの予想外の質問に月子は戸惑いながらもそれを否定する。
もちろん月子も友人としては葵のことは好きだ。
変態ではあるが、決して悪い人間ではないのだから。
「そう、なら…… 良かったわん」
そう言って夜子は魅惑的に笑いながらうなずいて見せた。
その魅惑的で、かつ含みのある笑みは、葵の笑みとはまた別方向で人を惹きつけてやまない。
「な、なんですか?」
その魅惑的な、そして何か含みがある笑みに月子は、何かしらの企みを感じる。
それが何かまではわからないが、あまり良い物には月子には思えなかった。
月子は慎重に、そして、警戒してそう聞き返す。
「月子ちゃんの中の刀…… 元々は誰の愛刀だったか、知らないわけじゃないでしょうん?」
そう言って夜子は、試す様に、魅惑する様に、悩まし気に月子を見る。
いちいち扇情的な夜子に月子は、葵を連れてこなくてよかったと、心底思う。
バニー姿でこんなものを見せられたら、葵はきっと暴走するに違いない。
収集が付かなくなることだけは確かだと。
「姉の…… デュエルアソーシエイトは夜子様でしたからね。あなたが良く使っていたのは、もちろん存じてますよ」
元々、月子に宿る月下万象という神刀は、月子の姉、申渡恭子の体に宿っていた刀だ。
そして、恭子のデュエルアソーシエイトは、目の前のバニーガール、夜子が務めていた。
つまり月下万象は夜子の愛刀と言うのも間違いではない。
月子もその姿を、その雄姿を何度も見ている。
「葵ちゃんは、月子ちゃんに絶対少女になった際、その願いで恭子を探すと公言しているって聞いたわん?」
夜子は月子を試すように、確認するように、その魅惑的な笑みを讃えつつ聞いてきた。
「はい、それは…… そう言ってくれています」
ただそれをそのまま受け入れるかどうか、それを月子はまだ迷っている。
それを受け入れるのは、月子としては葵に見返りを返さなければならない。
尻枕と言うよくわからないお返しを。
今思い出しても、月子の頭が痛くなりそうな見返りだ。
そのせいで月子も未だに深く考えることもできない。
「じゃあ、私もそう言ったら、月子ちゃんはどうするのん?」
「それは……」
月子は言葉に詰まる。
月子は知っている。
デュエリストに選ばれて生徒会に入る前、姉の恭子は園芸団で、夜子は飼育団だった。
何より、姉の恭子と夜子は元々親友同士だった。
以前より夜子も姉のことを探していることは月子も、それが無駄だったことも知っている。
愛刀の月下万象の所在が分かった今、夜子が動いて、月子にこうしてコンタクトを取って来ても不思議ではない。
寧ろ、少し遅いくらいかもしれない。
更に夜子は月子に問う。
「先に言ってくれた葵ちゃんを義理立てする? それとも姉の親友だった私を優先してくれるん?」
その問いに月子は、やはり答えることが出来ない。
ただ、夜子の願いが姉を探すことと言うことだけは十分に信じられる話だ。
それほど二人の仲は深かったのだから。
夜子を頼れば葵にこれ以上迷惑をかけることはない。
それと当時に、なぜか葵の悲しそうな顔が月子の心の中に浮かび月子の胸を苦しめる。
「まあ、答えは急がなくていいわよ、時間はたくさんあるのよん」
迷う月子を見て、夜子は優しく、何より魅惑的に含みを持たせてそう言った。
卯月夜子。
水瓶座。二月十四日のバレンタインデー生まれ。
AB型。
学生ながらにバニースーツに身を包む魅惑の女。
彼女は微笑みをたたえながら暗躍するとされる月夜の兎だ。
━【次回議事録予告-Proceedings.30-】━━━━━━━
暗躍するがことく跳ねまわる夜子。寂しくて落ち込む葵。
悩む月子は葵に打ち明ける。
━次回、嫉妬に燃える竜と跳ね飛ぶ逆立ち兎.02━━━
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