【Proceedings.25】うざ絡む竜と絡みつく孤独の毒蛇.04
「わかった。この件は私に一任してもらえるかな? 月子」
葵はやはり微笑みながら月子の目をまっすぐに見た。
「え? それは……」
月子は目を泳がせながら考える。
葵に頼っていいのか、葵に任せていいのか、もう放置でもいいんじゃないのか?
そんなこと様々なことを月子は考え迷っていた。
そんな月子に対して葵は微笑むのを止めて、
「私としても自分の縄張りを荒らす相手には牽制しないといけないからね」
と、そうドヤ顔を見せつけ葵は言い切った。
月子は考えるのを辞めた。
頭が痛くなりそうだったからだ。
「縄張ってなんですか……」
月子は念のため確認する。
「月子のスカートから下のプライベートエリアのことだよ」
と、葵は再び微笑んでそう言い返した。
その微笑は春のように爽やかで確信に満ちていた。
もう葵の唇には刻みのりはついてはいない。
「最低ですね、葵様」
月子は素直な言葉を口から出した。
脳が止める前に、その言葉が口からするりと出て来た。
それは、まあ、仕方がないことだ。
「なら、これからは上がるばかりだね、月子」
そんな言葉にも天辰葵はめげることもない。
逆にポジティブにとらえられるだけだ。
今も葵はその美しく華麗な微笑みを月子に向けている。
容姿と雰囲気だけは良いこの変態をどうしようか、巳之口綾などよりこっちの方が余程どうにかしないといけないのでないのか、月子はどうしてもそう考えてしまう。
「でも、実際どうするつもり?」
巧観が葵に質問する。
「結局はこれは縄張り争いだよ。相手を挑発して向こうから仕掛ける様にするだけだよ」
そう言って、葵は微笑みではない笑みを浮かべた。
そして、葵は明太子スパゲッティを食べ、またその麗しい唇に刻みのりを刻み付ける。
「はぁ、何でわたくしの周りには変な人ばっかり……」
月子だけはそう言って深いため息をついた。
「くふふぅ、今日は月子様と久しぶりに直接お話できてしまったわ。こういうのもたまには悪くないわね……」
綾はそう独り言をつぶやき体育倉庫の跳び箱の中でほくそ笑んだ。
暗く狭いこの場所は綾の居場所の一つだ。
じめじめしたこの場所は綾にとって、とても居心地がいい。
心の底から落ち着く場所の一つだ。
だが、その場所を乱す者が来た。
「たまにで、いいのかい?」
そう、凛とした美しい声が跳び箱の手掛け穴から響いてくる。
綾が心臓が飛び出るほどびっくりして声のほうに目をやると、深淵のように底知れぬほど深く、それでいて希望の光を決して失わない相反するような瞳が覗き込んでいた。
「!? あっ、あなたは、先ほど、お、お友達になった天辰さん……」
そう自分で言って友達という言葉に、綾は自然とにやけてしまう。
なんとも心温まる言葉なのだろう、と綾は自分で言って改めて実感する。
「そうだよ」
と、葵もそのことを認めてくれる。
綾は、巳之口綾は、自分が満たされていくのをたしかにこの時感じた。
「な、なにかまだ用があるの……」
だが、綾は葵に何用かと問う。
こんな場所を探し出してまでだ、きっと大事な用事なのだろうと綾は考えていた。
そうでもなければ、わざわざこんな場所まで来て自分に話しかけはしないだろうと。
「友達に話しかけるのに用がないとダメなのかい?」
そう言って葵は優しく微笑んだ。
その言葉は綾にとって信じられない言葉だった。
会話とは相手に必要不可欠な要件のみを伝えるものだと、綾はそう考えていたからだ。
「そ、そうじゃないの……?」
その笑顔に綾は騙され頬を染める。
そして、口には出さないが友達とは良いものね、と改めて思う。
それと同時に用もなく話かけるという行為が綾には理解できない行為でもあった。
いや、そもそも会話が苦手なのだ。
何を話していいかすら綾にはわからない。
だからと言って、綾とて話しかけられることが嫌なわけではない。
「それは違うよ、友達はもっと気軽に話しかけていいんだよ」
そう言われても綾は困るだけだ。
何を話していいか、綾にはまるでわからない。
何を話ていいかわからない、その無言の間が無性に怖いのだ。
どうしていいか、綾にはまるで判断がつかないのだ。
「そ、そうなのね…… べ、勉強になったわ。でも、今日はこれくらいで…… そう言うことで、わたしはこれで……」
わからないので、とりあえず話しかけられたことは嬉しかったが、綾は逃げることにした。
既に何を話していいかわからないし、それに今日はもう既にたくさん話している。
会話ということだけなら今日一日話した言葉は、ここ数か月で綾が会話した分に相当する会話したのだから。
これ以上の会話を続けることは綾にとってはキャパオーバーでしかないのだ。
「ああ、またね」
葵は跳び箱からいそいそと出ていく綾を笑顔で見送った。
この時はまだ綾は葵をいい人ととらえていた。
「お、驚いた…… 急に話しかけて来るなんて…… もしかしていい人なのかしら?」
女子トイレの掃除用具入れの中で、綾は一息つき心を落ち着かせる。
多目的流しに寄りかかり心を休ませる。
しゃべりかけられること自体は綾も嫌ではない。
ただその受け答えに困ってしまうし、慣れていないので精神的に疲労を感じてしまうのだ。
そして、今は独りで一息つきたい、安静にしていたい、綾がそう思っている。
「そうだよ」
と、突如、用具入れの上の隙間に優雅に腰かけた葵が話しかけてきた。
「ヒィ!!」
気配も何もなかったので、綾は心底驚く。
綾は知らない。
葵が超高速移動ができることを。
なぜなら人の多いデュエル観戦など、綾からしてみれば拷問のような場所なのだから。
それを知らせてくれる人もいなければ、校内新聞も読んでもいない。
綾がそのことを知ることはなかったのだ。
なので、直前までその場所にいないので気配もなにもないのだ。
あるわけがない。実際に居ないのだから。
綾からしてみれば、急にワープして出てこられたようなものなのだ。
「どうしたんだい? 驚いて」
葵はそう言って、綾を見守るように優しそうにほほ笑んだ。
「きゅ、急にあ、現れたから……」
心臓をバクバクさせながら綾はなんとか答えた。
直前まで葵の気配はなかったはずだ。
こう見えて人の気配を察することは得意な綾だ。
近づかれればすぐにわかるはずなのに、葵の気配は急に現れたように綾には感じれた。
だから、綾は必要以上に驚いている。
「綾も月子にしていることだろう?」
そう言って葵は綾に微笑む。
素敵な笑顔ね、私もああいう風にほほ笑むことが出来たら、と綾は葵を見上げてそう思った。
「わ、わたしは話しかけないわ…… ただ遠くから見ているだけだもの」
そう、綾は遠くから月子を見ているだけで満足だった。
いや、それも違う。遠くから見ていることも好きではあるが、舐めたい、ペロペロしたいと心底、綾は願っている。
ただ今はまだその段階ではないとちゃんと綾も理解している。
そう言うものは順序があり、段階を踏んでからだと、綾はちゃんと理解している。
ただ綾自身その段階というものがどういうものなのか、どういう順序を踏んだらいいのか、それをまったく理解していないが。
「そうだったね、でも私は話しかけちゃうよ。綾と仲良くなりたいから」
そう言って葵は、トイレの壁の上に器用に、それでいて華麗に座りながらも綾に魅惑的な笑みを向ける。
仲良くなりたい、と言われて綾も舞い上がる。
そんなこと言われたのは、生まれて初めてだったからだ。
「と、友達ですものね、そうよね。それは納得だわ。では、わたしはこれで……」
綾にとっても魅力的な笑みではあったが何を話して良いのか、やはりわからない。
綾はこの場を去ることしかできなかった。
綾は悲しき孤高で孤独のペロリストなのだ。
会話をする術を知らないのだ。
「ああ、またね」
そう言って葵はトイレの壁の上から笑って綾を見送った。
「またねって、言ってたけどまさか……」
使われていない空き教室の掃除用具入れのロッカー。
そこに入り込んで綾はいつものように独り言を口にした。
その瞬間だ、その独り言に返答が返ってきたのは。
「まさかってなにが?」
掃除用具入れの通気口のスリットから葵が笑みを浮かべて覗き込んでいた。
やはり寸前まで綾は葵の存在を感知できないでいた。
「予想はしていたからもう驚かないわ……」
ただ来るだろうな、とは思っていたのでもう驚きはしない。
逆に少し嬉しさがあるくらいだ。
今まで綾にこんな構ってくれる人間はいなかったのだから。綾もなんだか嬉しく感じてしまう。
「そう、それは良かった」
そう言って葵は嬉しそうに微笑む。
「何か用…… があるわけでもないのよね?」
ただやはり会話には困ってしまう。
なにかなければ綾は話すことができない。
「いや、月子を好きな者同士、月子のことで話し合わないか?」
たしかに二人の共通点と言えば月子しかない。
だが、それは争いの始まりである。
誰だって愛する者は他人に渡したくないものだ。
「それは…… 近くで見ているって、月子様と同じ部屋で生活しているって自慢したいってこと?」
そう言って綾は鋭く葵を睨む。
まるで瞬間湯沸かし器のように一気に綾の感情が動く。
アクセル一つで一気にトップスピードまで上がるかのように、綾の感情が激変する。
綾の中で葵の評価が反転し、やはりこの前の女は排除すべき存在だったと綾は認識しなおす。
「そうだよ。月子は私のだからね」
通気口のスリットから葵は挑発するように笑みを浮かべる。
「月子様はわたしのよ!」
そう言って綾は葵を睨む。
わたしのほうが先に好きになったのだと。
だが、葵は相手にしないかのように微笑みを讃えているだけだ。
「いや、私の物だね。なにせ私と月子は一緒の部屋で暮らしているんだから」
そして、余裕のある笑みを浮かべる。
それと同時に月子のほのかな匂いを葵から、綾の嗅覚ではなく味覚で感じ取ってしまう。
それにより綾の感情だけでなく、脳内も嫉妬で完全なる興奮状態へと変化する。
まさにそれは感情の爆発だ。
綾の感情がすべて一瞬にして嫉妬と怒りで埋め尽くされていく。
「りょ、寮の部屋が同室なだけを同棲しているみたいに、い、言わないで!」
そう言ってロッカーから出ようとするが、ロッカーの扉は葵により塞がれている。
これでは出ることも逃げることもできない。
まさか綾もこのロッカーという安住の地が、牢獄へと変わる日が来るとは思いもしなかった。
「でも事実だよ。綾が知らない月子だって私はじっくりと間近で見ているからね」
葵のその言葉に綾の嫉妬は更に上昇し激情する。
「キィィィッィィィィィ!!!」
葵のその言葉に綾は気が狂いそうになるほど嫉妬の業火を燃やし、葵を、ロッカーの外にいる葵を睨みつける。
「どう? デュエルしたくなった?」
そして、その葵は挑発するかのようにその言葉を口にする。
「そ、それが目的なのね! いいわ、デュエルでもなんでも…… と言いたいところだけど、わたしのデュエルアソーシエイトになってくれる人は……」
と、綾は今度は一気に冷静になる。
綾はどうも一つの感情に支配されやすい人間のようだ。急に怒ったかと思えば急に冷静になり落ち込む。そんな人間だ。
デュエルはしたい。
この葵といういけ好かない女を亡き者にして自分の平穏な日々を取り戻したいと、綾はそう思ってはいる。
だが、それは無理なのだ。
誰も、綾のデュエルアソーシエイトにはなってくれないのだ。
綾はロッカーの中で人知れず崩れ落ちる。
力なき、友なき、自分に絶望する。
その瞬間、綾を閉じ込めていた牢獄は逆に綾を守る天岩戸へと変化する。
このままこの天岩戸の中で暮らしていこう、綾が一人密かに決心しかけた時だ。
「あ、葵! こんなところにいたのか! 匂いで追跡できるとはいえ、こんな学園の外れにいないでよ」
葵の匂いをたどって、金さえ払えば誰のデュエルアソーシエイトにでもなってくれるという酉水ひらりに会いに行っていた巧観が、ちょうどよく葵の元に走ってくる。
「で、どうだった?」
葵は良いタイミングだと、ほくそ笑み、その回答を待つ。
その回答次第では今すぐにでもデュエルを開催して問題を解決するつもりで葵はいる。
「あー、うん、巳之口綾のデュエルアソーシエイトをするなら、なんかきもいから五万は欲しいって……」
その瞬間、ロッカーから更に崩れ落ちるようなガタンという音が響き渡った。
それは天岩戸が完全に閉じた音に他ならない。
葵もその言葉は予想していなかった。
冷や汗をかき、早急にどうすべきか考えるが、いい案が思い浮かばない。
「あっ、もしかして中にいるの……」
巧観が焦ったように葵に尋ねる。
「これは…… 参ったね」
天辰葵ですら想像していなかった事態に物語はまったく動き出さない。
運命は蠢動するどころか小さく消えるように収縮していく。
━【次回議事録予告-Proceedings.26-】━━━━━━━
難攻不落の女はロッカーの、いや、天岩戸の中で再起不能となる。
ロッカーの中で啜り泣く難攻不落の女に天辰葵は何ができるのか?
運命はいつ蠢動し始めるのか。
━次回、うざ絡む竜と絡みつく孤独の毒蛇.05━━━━
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます