【Proceedings.14】戸惑う竜と執行団その猟犬の遠吠え.07

 猫屋茜は実況を全く出来ずにいた。

 生徒会長に釘を刺されたこともあるが、それ以上に戌亥巧観の想いと、天辰葵の絶技とも言えるような技の切れに圧倒されていたからだ。

 そんな茫然とする猫屋茜を横目で見つつ、卯月夜子は天辰葵を観察する。


 あの転校生は一体何者なのかと。

 いくらなんでも強すぎる。

 常軌を逸している。

 突きを突きで、しかも、物理法則をも無視した天法不敗の突きを寸分違わず合わせるなど人間にできるわけはない。


「戌亥巧観…… キミは女性だったのか!?」

 天辰葵は驚き、そして、月下万象を持つ手と闘志が鈍る。

「そうだ、悪いか! これも月子のためだ!」

 それに対して、戌亥巧観は迷わない。

 一度決めたら、行動し始めたら止まることを知らない。

「わたくしの為……」

 そう言われて、申渡月子は険しい表情を見せる。

「そうだ、女であるボクが女である月子を好きになってしまった、ボクにはこうするしかできなかった! 月子の隣に立つためにはそうするしか、ボクにはできなかった!」

 左手で斬られた胸元を隠しながら、戌亥巧観は天法不敗をむちゃくちゃに振り回す。

 天辰葵はその攻撃をよけようともしない。

 その斬撃をその身に受ける。

 苦痛の顔を今は隠そうともしない。


 そうやって天法不敗が天辰葵を切り裂いていく。

「葵様!」

 と、流石に申渡月子が声を上げる。

「なぜ避けない!」

 と、戌亥巧観も声を荒げる。


「私は少しキミという人間を誤解していた」

 身を切り刻まれた痛みに耐えつつ、いや、なぜか…… なぜか天辰葵は快然たる発奮する表情を見せた。

 そして、天辰葵は満足げにうなずく。


 その常軌を逸した行動に、戌亥巧観もゾクゾクとした寒気のような何かを感じ手を止める。

 目の前にいる存在には、いくら自分が切りつけたところで無駄だと、意にも留めない、いや、留めてはいるが害し得ないことにだけは気が付いた。


「なにを! ボクが女とわかって戦えなくなったか!」

 戌亥巧観はそう言って吠える。

 吠えるのは、相手が怖いからだ。


 恐ろしいからだ。


 戌亥巧観は既に天辰葵と言う人間が、いや、人間とは思えない存在が怖くて仕方がない。

 これほどまでに切り刻まれたのと同様の痛みをその身に宿しながらも、どうしてそんな快然たる表情を浮かべられるのか、戌亥巧観には理解できないし、ただただ恐怖を感じていた。


「それもある。だが私はキミに嘘をついた」

 だが、天辰葵が発した言葉は、戌亥巧観にとって更に理解できないものだった。

 天辰葵は戌亥巧観をまっすぐに見つめる。


「今更何を!」

「私の本当の願い。それは月子の姉を探すことではない」

「なっ、貴様! い、いまさら何を!!」

 その言葉に戌亥巧観は激高する。

 その言葉があったからこそ、自分は決心が出来たのだと。

 当たって砕ける決心が。

 それを天辰葵は嘘だと言ったのだ。戌亥巧観が怒りをあらわにするのは当たり前のことだ。


 だが、天辰葵の言葉は続く、その言葉は戌亥巧観にとって理解できない、いや、少しばかり理解できてしまうものだった。


「私の本当の願い。それは月子の尻枕だ!」

 真剣な面持ちで、真面目に、真摯に、嘘偽りなく、天辰葵はそう言い切った。

 その瞬間、確かに、その場の時間か止まっていた。


「はっ?」

 戌亥巧観は理解できずにそう声を上げるしかできなかったが、想像して、ちょっといいかもしれない、そう思ってしまった。

 だが、なぜ今になってそんなことを天辰葵が言ったのか、それを理解することは戌亥巧観にはできなかった。

「なっ、何を言っているんですか!!」

 申渡月子は顔を真っ赤にして、それが恥ずかしさからなのか、怒りからなのか、それすらも申渡月子自身わからずにそう言うことしかできない。


「月子の尻を枕にし、両脇に太ももを抱えて爪先をしゃぶり余暇を優雅に美しく過ごす…… それが、それこそが私の本当の願いだ!」

 それらの対し、天辰葵はそう言い切った。

 この学園の生徒、そのほぼ全員が見守る最中にそう言い切ったのだ。

 そして、とても満足した誇らしい表情を見せる。

 なんなら鼻息も荒い。

 全てを確信するがごとく、噛み締める様に、その願いが何一つ間違いがないと言うように、自信満々に、今一度、葵は頷いて見せた。


「え?、あぁ、うん…… だ、だからなんだ! この変態め!」

 戌亥巧観にはどうしてこうなったのかも理解できない、否、理解できる人間などいない。

 天辰葵は常人が理解できる領域にはいないのだ。

 なぜ、今、この瞬間に、全校生徒の前で、そんな告白をしたのか、そう言う考えに天辰葵が至ったのか、それを理解できる人間など誰一人いない。いてはいけない。


「だが、私は…… 私は! 月子にカッコつけたいがために嘘をついた!」

 更に天辰葵の独白は続く。

 強く拳を握りしめ、後悔の念を断ち切るように、一大決心をするかの如く、そう独白する。

 それを申渡月子は既に白けた目で見ている。

 まるで汚物を見るような目で、理解し合えない異物のように、天辰葵を見ている。


「な、なにを言って……」

「キミの月子への真剣な気持ち、わかるよ」

 天辰葵は清々しい表情を見せてそう言った。

「わかられてたまるか!」

 戌亥巧観は本気で、それだけは本気そう突っ込んだ。

 そう突っ込まずにはいられなかった。

 こんなわけわからない変態に、自分の気持ちを一片たりとも理解されたくはない。


「だから、私も本気で相手をするよ」

 そう言って、天辰葵はやっと真剣な表情で戌亥巧観を目を見る。

 だが、天辰葵は既に散々切りつけられている。

 天辰葵が身にまとう制服もボロボロだ。

 だが、それでも天辰葵は優雅に、華麗に、堂々と美しく振舞う。


 その姿に戌亥巧観は恐怖を感じ自然と後ずさる。


「えっと、あの…… ですね、とりあえず二人とも…… い、いえ、今は良いです。葵様、勝手を言って申し訳ないですが、わたくしの願いを聞いてくださいますか?」

 異様な雰囲気が支配するその場を、このデュエルをどうにか終わらせなければ、そう決心した申渡月子が動く。

 自分が動かなければ、取集がつかない、そう申渡月子は確信したからだ。

 あと、この場からとりあえず早く立ち去りたい、そんな思いから、申渡月子は動いた。いや、この場から立ち去るには動かざるえなかった。

「なんだい月子」

 それに天辰葵がいつも通りに爽やかな笑顔で、嬉しそうに反応する。


「とりあえず勝ってください。そして、巧観にわたくしをあきらめるように…… もうわたくしを追わないように命令してください!」

 それが月子の出した答えた。

 それと同様に、天辰葵にも同じようなことを伝えるつもりでいる。

 だが、それはこのデュエルが終わった後だ。


「わかったよ、月子」

 天辰葵はいつも通りに、普段と何一つ変わりなく、月子に微笑んで答えた。

「月子…… け、結果はわかっていたが…… けど、ボクも負けない、お前だけには! 月子を枕なんかにさせない!」

 吠える様に、自分を鼓舞するかのように、戌亥巧観はそう叫び、再度片手突きの構えを見せる。


「なんなんですか、この人たちは……」

 申渡月子だけが、理解に苦しんでそうつぶやいた。


 その後の勝負は一瞬だった。

 戌亥巧観の突きが放たれる寸前に、天辰葵の閃光の如き斬撃が天法不敗を一刀両断した。


 戌亥巧観は反応すらできない。

 抗う事が出来ないほどの絶対的な一撃を持って天法不敗は両断された。


「クッ……」

 戌亥道明が片膝をついて跪く。

 その身体から取り出される刀はその者の魂と精神そのものだ。

 本来なら、刀を折られた者は丑久保修のように泡を吹いて気絶するものだ。

 それを何とか意識を保っているは、彼が生徒会長だからだ。

 生徒会長だから耐えられたのだ。

 それ以外の理由はなにもない。


 戌亥巧観も力なく、崩れ落ちる。

 兄の力を借りてなお、天辰葵、その力に届きもしなかった。

 その圧倒的な力の差に戌亥巧観は観念するしかない。

 そして、申渡月子にも振られたのだ。

 もう思い残すことはない。


 そうやって崩れ落ちた戌亥巧観の前に、天辰葵が立つ。

 そして、勝者の特権である命令を下す。

「戌亥巧観。キミはもう月子を追うことをやめるんだ」

「それが命令か、わかった受け入れる」

 戌亥巧観は、巧観は、涙を流しながらそれを受け入れる。

 幼い頃よりの恋が、同性同士の禁断の恋が、今、一つ、終わりを告げたのだ。


 しかし、葵は更に言葉を続ける。

「ただ、キミが私に再戦することは止めないよ。まだ月子に心残りがあると言うのであれば、私を倒してからにするんだね」

「なっ、なにを……」

「葵様……」

 月子も何とも言えない、それでいて、少し安心した表情を見せた。


「ついでに、次に私が勝った時の命令は…… そうだな。キミの足をしゃぶらせてもらおう!」

 葵はそう言って、確信するように頷いた。

「はぁ?」

「葵様……」

 月子は何とも言えない、いや、軽蔑するするような白い視線を葵に向ける。




「なんだ、巧観、そんな中途半端な恰好をして」

 道明は巧観の恰好を見てそんなことを言う。

 巧観は今、上は学ラン、下は制服のスカートを着ている。

「それになんでブーツなんて履いているんだ?」

 そんな中途半端な恰好でも、中性的な容姿の巧観にはよく似合っている。

 いや、以前の学ラン姿よりも、一種の清々しさがある。

「兄様! ただのブーツではありません! 素足にブーツです!」

 巧観が得意げにそれを訂正する。


「それに何の意味があるというんだ?」

 道明はそれを呆れたように聞き返す。

「次負けたとき、この素足にブーツと言う最終兵器、いや、最臭兵器で、あいつにギャフンと言わせてやりますよ!」

 巧観は意気揚々にそう言うが、道明は心配そうに巧観を見るだけだ。

 それともう一つ、巧観は他の決闘者の力を借りてまで天辰葵に再戦をしているようだが、どうも負け癖がついてしまったようだ。

 だが、それでも巧観は以前より活き活きはしている。


「お前なぁ…… もう何度負けたんだ?」

「三度負けられて、三度足をあいつにしゃぶられました。なんであいつあんなに強いんだ! 変態のくせして。けど今度負けてもただ負けるだけじゃないぞ。素足にブーツという最終兵器を持ってアイツの顔を歪ませてやる!」

 巧観は、そう言う巧観はどこか楽しげだ。

 もう勝つことを、月子を望んでいるようには見えない。

 けれども、まるで自分の恋心に気づく前の巧観のように楽し気にそう言っている。

 ならば、道明がそれ以上言うことはない。

 ないのだが、それはそれとして、伝えておかねばならないことはある。

「いや、うん、ああいう類はそれは逆に喜ぶんじゃないかな。ボクには理解できないがね」

「え? そ、そうなんですか!?」

 巧観はそれが本気で嫌がらせになると思っていたようだ。

 実際のところ、葵がどう反応したのか、それはわからないし、語る必要はない。

 ただ、例え嫌っだったとしても、葵は、天辰葵は喜んでその足をしゃぶるだろう。

 彼女はそう言う女だ。

「いや、知らないよ。まあ、好きにするがいいさ」

 道明は本当にどうでもいいようにそう言った。




━【次回議事録予告-Proceedings.15-】━━━━━━━



 怒れる闘牛が友のために動き出す。

 熱い友情と愛、そして胸襟の狭間で、運命が蠢動する。



━次回、容赦無き竜と雄々しく怒れる闘牛.01━━━━

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