第36話 スラムの問題が一区切り

 ガーネットの魔力を分離した後、俺は再びリーメルと数人の騎士団員を連れてドドガの隠し部屋へ戻った。


 「残党狩りの方は白竜の民に全任せで大丈夫なの?」


 「ラタバに任せてくれって言われた。あの人たちの方が森に詳しいし、任せて大丈夫」


 白竜の民も見知った仲だけの方が連携も取りやすいだろうし、本人たちが任せてと言うなら俺たちはそれを信じて手を出さないほうがいいか。ちなみにラタバというのはハブラタの息子のことらしい。


 隠し部屋に向かう道中でナッカを背負ったサフランに出会った。ナッカの症状が完治しなかったため、アジトに連れ帰ってから本格的な治癒をするようだ。


 ナッカのことはサフラン1人が入れば問題ないらしいので、俺たちはそのまま隠し部屋へ来た。


 「じゃあ書類とか宝物とか全部運び出しちゃおうか」


 「じゃあ私はこれを持ってく」


 リーメルが手にしたのは先ほども見た円い石碑だった。22個刻まれた紋章の内、1つだけが点滅していた。さっき見た時は点滅している紋章なんてなかったと思うのだが気のせいだろうか。リーメルに聞いたが覚えていないとのことだった。


 この石碑には調べる価値がありそうだな。


 こうして俺たちは隠し部屋にあったものをあらかたアジトに運んだ。ゴーレムの分離もしようと思ったが、盗賊の掃討が完了するであろう明日以降がいいと部下に提案され、それを採用した。


 そして翌日。


 スラムの作戦の前と同じように騎士団が会議室に集まった。俺は隣に座るナッカに話かける。


 「ナッカの体調は大丈夫なの?昨日はずっと寝込んでたらしいけど」


 「それはもう大丈夫なんだけど…まあ詳しいことは今からサフランが話すから」


 なぜか答えを濁されてしまった。ナッカはなにやらソワソワしており、戸惑っている印象を受けた。


 サフランがやってきて皆の前に立って話を始める。


 「昨日はお疲れ様でした。急遽スラムの盗賊王に戦いを挑むことになりましたが、フール様の力もあって勝利することができました。スラムの行方不明者はドドガが魔法でゴーレム兵にしていたことが分かり、それを解除する方法もあります」


 俺の”分離”のことだろうな。全てのゴーレムを俺一人で元の戻すのは重労働だろうがうやるしかない。中央王国との前線ではドドガ亡き今でも動き続けている個体があるらしいのでその制圧も必要だが、ドドガに比べたらそこまで大変でもないだろう。


 スラムの神隠し事件はもうこれで一区切りだな。


 サフランはハブラタたち白竜の民のことにも触れた。


 俺がドドガと戦っている間、白竜の民は他の盗賊の残党狩りをしてくれた。白竜の民の戦士は末端まで訓練されているため、難なく勝ち切ったようだ。2人いた幹部はリーメルとハブラタがそれぞれ倒したらしい。


 あらかた仕事を終えたハブラタたちは礼も受け取らずにそのまま村へ帰ってしまったが、今日からも毎日数十人の戦士がアジトの周りを巡回してくれている。


 アジト中の人間にも周知し、昨日のリーメルのように問題が起きないようにしたいものだ。


 「スラムの問題を解決した今、次に我々はこのままスラム盗賊団の残党を始末したいと思います」

 

 「残党?」


 俺はつい口に出してしまった。この戦いでスラム盗賊団は完全崩壊したわけではないのだろうか。


 「そうです。ボスのドドガと幹部を2人倒しましたが、他にも数名の幹部が北の闇オークションで暗躍しています」


 そう言いながらサフランが手に持った書類をヒラヒラさせる。ドドガの隠し部屋にあった紙だ。サフランは昨日のうちに書類に目を通していたのだろう。


 「なのでドドガを倒したついでに盗賊団を壊滅させてしまおうと思っています。オークションの商品の中には罪のない奴隷も多くいるでしょうし。どうでしょうかフール様」


 最終判断はあくまで俺に委ねるのか。もちろん盗賊団なんてのは壊滅させた方がいいだろう。こいつらが国にはびこっている限り、一般人にまで被害が及ぶだろう。それに闇オークションへ向かう理由として他の理由もある。


 「もちろん賛成だ。あとガーネットのことも調べないといけないし」


 昨日ドドガの隠し部屋から回収した書類に俺もざっと目を通したが、オークションに出される商品について詳細が書かれた書類は数枚しか残っていなかった。おそらくオークション会場へ運ばれてしまったのだと思う。


 なのでオークション会場へ行き、ガーネットに関する書類を見つければガーネットの素性が分かるはずだ。


 「そうですね。彼女の暴走の報告は私も聞きましたし、その力の一端を実際に今朝本人に見せてもらいました。彼女の力を制御する方法を見つけないと、近いうちに国が滅びかねません」


 サフランは朝からガーネットの様子まで見ていたのか。働き者だな。


 昨日ガーネットから俺が分離した魔力は、溢れ出ていた表面上の魔力でしかない。今もなおガーネットの体の奥からは魔力があふれ出してきており、また限界を超えたら暴発するだろう。


 昨日の暴発の規模がドドガに捕まっていたときより大きくなっていることを考慮するに、これからさらに魔力が強まっていく可能性もある。大変危険な爆弾だ。


 「それで誰がオークションへ行くの」


 リーメルがサフランに質問したとき、会議室の後ろのドアが開いた。全員がそちらへ振り向く。ガーネットだった。


 「あの…私もそのオークションについていきたい。自分のことを知りたいの」


 会議を聞いていたのか。


 しかしガーネットを連れ出すのはあまりに危険だ。ガーネット自身も。ガーネットの周りにいる人も。


 「残念だけどガーネットはお留守番だよ。次の暴発に備えて俺が一緒にいないといけないし、その俺はゴーレムを戻す作業でアジトにいないといけないから」


 リーメルを始めとする数人の騎士団員が頷いた。ガーネットはそれを聞いて悲しそうに「そう…」と項垂れた。そこへサフランがとある提案をする。


 「ガーネットを連れてフール様にオークションへ向かってもらうという案もありますよ。定期的にガーネットの魔力を分離していればよっぽど暴走も起きないと思いますし。ゴーレムの後処理には人手が必要ですから、オークションには少数精鋭で行きたいですし」


 たしかに俺がガーネットに付きっきりで魔力の分離していれば、暴走の危険性は極めて低くなるだろう。しかしこの案には大きな問題がある。


 「今朝見た感じでは、ガーネットは暴発のとき以外は安定して強力な炎魔法を使えるようですし、戦闘の心得もあるようです。完全な足手まといにはならないでしょう。もし暴走した時にフール様が対処できるなら問題ないと思います。あとは機転の利くリーメルにもついていってもらいましょうか。他のものたちはアジトでゴーレムの処理をしましょう。どうですか」


 「どうですかって…」


 この案には決定的な問題がある。俺がアジトからいなくなったらドドガにゴーレムにされた人間を元に戻せないではないか。他の騎士団員たちも同じことを思ったのか動揺してざわついている。


 「あの、サフランさん。フールさんがいなくなったら、ゴーレムを元に戻せないと思うのですが…」


 騎士団員の一人がナイスな質問をした。サフランのおっちょこいな部分が出たなと俺も思った。


 しかしサフランから驚愕の返答が来た。


 「言い忘れていましたね。ゴーレムの分離作業はナッカにやってもらいます」


 「え?」


 この間抜けな反応は俺のものだ。だって昨日ナッカがゴーレムの分離を試して無理だったのを俺は横で見ていたから。ナッカに分離作業はできないはずなのだ。


 全員の視線がナッカに集まる。


 「これも今朝いろいろと試して判明したのですが、ナッカはおそらくドドガと同じような錬金魔法を習得しています」


 「ど、どういうこと?」


 「つまり?」


 俺とリーメルが聞く。


 「フール様がドドガから聞き出した言葉を借りるなら、ナッカはおそらく”選ばれし者”になっています」


 な、なんだってーーーーー!!!


 ナッカが複雑そうな表情をしていた理由が判明した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る