何かガチだ。ものすごくガチだ。
木元に言われるまで思いつきもしなかったが、バイトでも週数日、定期的に働く場合はマイナンバーの提出が必要らしい。そして住民票を取る時に希望し、手続きをすればマイナンバーが記載されたものを取ることが出来るそうだ。
「先に住民票を取っていただきたいのは、転出届を出すと取れなくなるからです。そして何故、転出届を出していただきたいかというのは……今のご住所は、おそらく親御さんとお住まいですよね?」
「はい」
「転居しないと成人式など、市からの書類が今のご住所に届きます。転送届という手段は個人情報が絡む書類は、対象外ですので……万が一にでも、転送されなかった郵便から親御さんに、バイト先がバレたら困るのでおすすめ出来ません」
「な、なるほど」
何かガチだ。ものすごくガチだ。
声を荒げている訳ではないが、ものすごく圧を感じて若干、怯む。しかし同時に、すごく親身になってくれているのが解るので気になった。
(どうしてここまで、親身になってくれるんだろう?)
単に、担当だからとは思えない。だから、と実緒が理由を聞こうとしたところで、木元がこちらを気づかうように尋ねてきた。
「ただ、転出届を出すには本人確認書類が必要なんです。そういうご環境なら、免許証はないですよね? 保険や公共料金の支払いは親御さんでしょうから、名前が違って使えないですし……通帳はございますか? それと住民票を本人確認書類と出来るか、なんなら私も区役所に同行して相談を……」
「……マイナンバーカード、あります! ポイントは親が使いましたけど、作りました! 持ってますっ」
「っ、そうでしたか! それなら、住民票を取らなくても大丈夫です! 今日は、転出届を取るだけで……よかった……『今』は、そういう手段があるんですね……」
「……あの、もしかして、木元さん……?」
実緒の言葉に、木元が安心したように呟いた。その内容を聞いて、もしや、と思う。
そんな実緒の問いかけに、木元は答えてくれた。
「ええ。私も昔、親から逃げるのに住み込みのリゾートバイトを始めたんです。同じように担当さんに助けて貰って……今は、自分が担当ですけどね」
※
区役所には、実緒一人で行くことにした。マイナンバーカードがあり手間が減ったのもだが、そもそもやろうとしていることが家出なので、少しでも木元や会社に迷惑がかからないようにである。
「解りました……それでは今、求人票をメールで送りましたので内容を確認お願いします。スピーカーにして、こうして話をしながらの確認は出来ますか?」
「はい」
言われた通り、スピーカーにして申し込みの時に申告していたメールアドレスに届いたメールを確認した。キャリアメールではなく、携帯を契約した時に作ったフリーメールだ。
内容は、ニセコのホテル内にあるフレンチレストランのホールスタッフだ。未経験者可で、制服と賄いあり。個室、Wi-Fiで何と寮費・光熱費が無料とのことだった。
「ただ、賄いが出るのはお仕事の時だけなので、お休みの時の食事は自分で用意が必要ですが……いかがです? 応募しますか?」
「はいっ……あ、でも、お酒飲めないですけど大丈夫ですか?」
木元からの問いかけに、実緒は即頷いた。未経験者が可能で、更に即勤務開始な上に最低三ヶ月以上、希望すれば更に長く勤められるからである。
ただ、レストランとくればワインとか注文されるんじゃないだろうか? ドラマなど観ての知識だが、気になったので実緒は木元に尋ねた。それに、木元が答えてくれる。
「お酒の説明をするスタッフは、別にいます。だから、問題ないですよ」
「解りました。それなら、応募したいです」
「解りました。合格です」
「……へっ?」
「合格です。あ、今回は転出届を出す関係で即回答いたしますが、次回以降は応募後、合否に二日ほどかかるのでご了承願いします」
「は、はい!」
「それでは、これから転出届を取っていただき……勤務開始は、いつからにしますか?」
木元からの質問に、実緒はしばし考えた。そしてバイト先が決まったのなら、一刻も早く家出しようと考えた。時間をかけると両親に気づかれて、家から出られなくなる気がしたからだ。
「……明日移動して、明後日からは可能ですか?」
「可能です」
「お願いします……あと、明日の移動の時に携帯を解約しようと思うんですが、木元さんとの連絡は、Wi-Fiがあるなら今回みたいにメールでいいですか?」
「大丈夫ですよ。担当は直接、行かずにメッセージでのやりとりですので。あ、ただ緊急の用件があれば寮の電話にかけますね」
「解りました、よろしくお願いします!」
「こちらこそ、よろしくお願いします。あと、これは私がかつて、お世話になった担当さんから言われたことなんですが……」
そこで一旦、言葉を切って木元は実緒にある言葉を告げた。
「先のことは誰にも解りません。だけどそれなら尚更、今までの人生をひっくり返して、自分のやりたいことの出来る道に進みましょう」
「っ、はい……ありがとうございます!」
親から離れ、自立している木元だからこそ実緒に対して言えるのだと思った。
電話だから、相手に見える訳ではないのだが──実緒は、スマートフォンの向こうにいる木元に、お礼を言って深々と頭を下げた。
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