悪徳貴族の御曹司は善人であることをひた隠す 

三日月猫@剣聖メイド2巻6月25日発売!

プロローグ 悪徳貴族の御曹司



「10歳の誕生日、おめでとう、ギルベルト」


「おめでとう、ギルベルト」「おめでとう、お兄様!」


 天井から金色のシャンデリアがぶら下がる、豪奢な大広間の一室。


 悪趣味な鎧甲冑や鹿の壁飾りが並ぶ部屋の中で、俺は巨大な長方形の机――――リフェクトリーテーブルの下座に座り、向かい側の上座に座る父へと笑みを浮かべた。


「父上、今宵は私の誕生日をお祝いいただきありがとうございます。このような豪勢な食事もご用意していただいて……心からの感謝を申し上げます」


「クククッ、食事だけで喜ぶのはまだ早いぞ、ギルベルト。今宵は、我ら家族一同でお前に贈り物を用意したのだ。喜ぶと良い」


「本当ですか!? 嬉しいなぁ! 何を貰えるんだろう!」


 そう言ってキラキラとした目を向けると、父であるゴルドラス二世はパチンと指を鳴らした。


 その音と同時に扉が開かれ……商人に連れられて、鎖に繋がれた三人の少女が現れる。


 その奴隷らしき少女たちを俺の前へ並べると、父は楽しげに口を開いた。


「お前も良い歳だからな。そろそろ、自由に拷問できるオモチャが欲しい頃合いであろう。そこから好きな女を選ぶと良い。その場で我輩が買ってやろう」


「……はい?」


 え、何、誕生日プレゼントが、奴隷、なのか……?


 普通、子供の誕生日って、人形とか本とかそういうプレゼントなんじゃないの?


 どうなってるんだ、この家の常識は……。


 そう、俺が無言で困惑していると、父は不思議そうに首を傾げた。


「ふむ? もしかしてお気に召さなかったのか? その三人は異種族であるが故に、どんな拷問をしても丈夫で、壊れにくいぞ? 我輩としては、長く遊べるオモチャを用意したつもりであったのだが――――――」


「お父様。凶悪なお兄様のことですから、村一つ分のオモチャがないと足りないのではなくって?」


「まぁまぁ、流石はギルベルトね。お母さん、そんなに凶悪な子供に育ってくれて本当に嬉しいわ!」


「なるほど、そういうことだったのか、ギルベルト。であるならば……今から我が領地の村のひとつを、お前に与えてやろ―――――」


「い、いいえ、父上!! 私は、この奴隷が良いです!! む、村はいりません!!」


「そうか? 遠慮しなくても別に良いのだが……」


「え、遠慮などはしていません!! こ、この奴隷の三人から、選ばせていただきます!!」


 そう口にして俺は席を立ち、三人の奴隷の少女たちの前に立った。


 少女たちは俺の姿に「ヒッ」とか細い悲鳴を上げると、寄り添い、涙目になりながら身体を震わせ始めた。


 大、中、小と、奴隷の少女たちの体格は全員異なっている。


「大」が、一番年齢が上であろう、ボンキュッボンな身体の、耳の長い白髪の森妖精族エルフの少女。


「中」が、スレンダーな体形をした、ツノの生えた赤い髪の鬼人族オーガの少女。


「小」が、もう、犯罪スレスレなんじゃないかと思うくらいのロリっ子、ブロンド褐色肌の鉱山族ドワーフの少女。


 この三人の中から選べとのことだったが……こんな怯えた様子の少女たちの中から、俺は、自分の奴隷を選ばなきゃならんのか……。


 何というか、本当に、可哀想で仕方がない。


「……父上。この奴隷、三人全員、私にくださらないでしょうか?」


「クククッ、そう言うと思ったぞ、ギルベルト! やはり、一人じゃ足りなかったようだな! 良いだろう! 異種族の奴隷は値が張るものだが、愛しの息子のために買ってやる。……おい、執事。この奴隷商に三人分の金貨を支払ってやれ」


「畏まりました」


 父の横に立っていた執事が、金貨の入った袋を奴隷商に手渡す。


 奴隷商の男は下卑笑みを浮かべると、『奴隷の契約書』を俺に手渡し、大広間から去って行った。


 残った奴隷たちとは言うと―――――この世の終わりだとばかりに、泣き喚き始めた。

 

 その声に、二歳年下の妹、メアリーは不機嫌そうに舌打ちをする。


「あー、うるさいですわねぇ、これだから人間は!! お兄様、わたくしがこいつらを痛めつけて、立場というものを分からせてやりますわ!!」


 席を立ち、奴隷の少女へと向かって歩き出す金髪の少女。


 そんな妹に対して、俺は、慌てて声を張り上げた。


「や、やめろ、メアリー! か、可哀想じゃないか!!」


「は?」「え?」「ん?」「バウ?」


 俺の発言に、父と母、妹、飼い犬のケルベロスは硬直し、こちらを凝視し始める。


 俺はそんな家族たちに対して、顔を引き攣らせながら――――コホンと咳払いをした。


 そして、悪徳貴族の御曹司としての仮面を被り直す。


「メアリー、そいつらは俺の獲物だ。まだ拷問に不慣れなお前のヤワな手腕では、こいつらに希望を与えてしまうことになるだろう。そうなっては可哀想だろう? まずは主人として、この俺が、絶望をあますことなく教えてやらねばならん。クククッ……」


 中二病全快で、悪役を演じてみせる。すると妹は、パァッと、顔を輝かせた。


「流石はお兄様ですわ!! 生半可な希望の光を与えては、奴隷たちは反抗的になってしまいますものね!! メアリー、感服いたしましたわ!!」


「流石ね、ギルベルト。立派に極悪非道な子に育って……お母さん、涙が止まらないわぁ!!」


「あぁ! 我輩も感動したぞ!! 流石は我ら吸血鬼の一族『ブラッドリバー家』の後継者!! 皆の者、ギルベルトの成長に、祝杯を掲げようぞ!!」


 そう言って父は、血の入ったワイングラスを高く掲げた。


 それに倣い、妹と母も、ワイングラスを掲げた。俺も遅れて、グラスを高く掲げる。


「ブラッドリバー家に、栄光あれ!」


「「「栄光あれ!!」」」


 ―――――この家は見ての通り、悪逆非道を良しとする、悪徳貴族の家。


 人間たちに正体を隠し、吸血鬼として生きる王国貴族……それが、ただのフリーターだった俺が転生した、一族だった。

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