第35話カリンを帝国から出さない為じゃ⋯⋯。

 カリンを愛おしいと思っていたが、自分が彼女のような子を女として見ているとは思っていなかった。

 

 孤児を連れて城門を潜ってきた時から、彼女がアリアドネでない事には気がついていた。


 カリンは、女神のような子で、不思議と愛おしくて守りたいと思った。


「私はあなたの幸せの為に存在します」と彼女は出会ったばかりの俺をまっすぐに慕ってくれた。

 そんな風に人から言われたことがなくて戸惑った。


 今まで年上の女に誘惑されることが多かったせいか、女といえば艶かしく色気のあるものだと思っていた。


 カリンは全く色気がなく、純粋無垢で俺にとっては歳の離れた妹ができたような気持ちになっていた。


 ひたすらに俺を慕ってくる様は、本当に可愛かった。


 彼女と過ごす時間は本当に楽しくて、日に日に彼女を愛おしく思った。


 結婚式の時に、ウェディングドレスを着た彼女はこの世のものとは思えない程に美しかった。

その時に彼女も19歳の女性なんだと、彼女を女として意識し始めた。


 しかし、初夜の時に泣いている彼女を見て、彼女のような天使みたいな子を女としてみたことに罪悪感が湧いた。

 

 ベリオット皇帝を治療する為に、カリンを帝国に送った時も当然彼女は戻ってくるものだと思っていた。


 アリアドネが姿を現したことで、俺はパレーシア帝国がカリンをそのまま戻すつもりはないことを悟った。


 ベリオット皇帝に関しては信頼をしているし、ルイス皇子にも好感を持っていた。

 4年前に会談をしたクリス第1皇子は本当に横柄で、信用できない男だった。

 それに比べてルイス皇子は一目で彼が帝国の次期皇帝だと思えるほど品があった。

 会話にも頭の良さと育ちの良さが滲み出ていて、俺は彼のことは信用していた。

 だから、大切なカリンを預けたつもりだった。


 「ふふっ、カリンが戻ってくると思っているんですか? ルイス皇子は彼女にご執心、今頃彼女はろくに服も着せてもらえていないと思いますわよ」

 アリアドネの言葉に頭に血が上った。


 俺はルイス皇子がそのような卑劣なことをするとは思っていない。

 しかし、彼がカリンに惹かれている事には気がついていた。


 麗しい帝国の皇子に見初められたら、カリンも心が動いてしまうかもしれない。

 俺は気がつけば、貿易船に1人飛び乗っていた。


 パレーシア帝国行きの船に乗りながら、アリアドネがなぜあのような事を言って来たのかを考えていた。


 彼女はエウレパ王国で3年過ごしている。

 当然エウレパ王国で5年過ごした俺の話も聞いているだろう。

 俺がカタリーナ王妃のお気に入りだった話も耳に入ってそうだ。


 カタリーナ王妃は美しい少年が大好物の女だった。

 彼女は俺にとっては良い情報源で、彼女から引き出した情報を使ってエウレパ王国を仲間と脱出したとも言える。


 彼女は快楽に弱く、扱いやすかった。

 俺の中では完全に彼女との関係を割り切っていた。


 カタリーナ王妃が手を出した少年の中には心を病む者もいたので、アリアドネは俺も同じように女にトラウマを抱えていると思ったのかもしれない。アリアドネはわざと俺を刺激しようとしているように感じた。

 

 今、思うとエウレパの国力が低下している情報は、誰かが故意にカルパシーノ王国に流しているように思う。

 エウレパの国力を落としたのは間違いなくアリアドネで、情報を流したのが彼女だとしたら⋯⋯。


 彼女自身がエウレパ王国でトラウマを負うような時間を過ごしていて、早く自分を助け出して欲しかったのかもしれない。


 ルイス皇子とカリンがダンスしていた時の事を思い出す。


 まるで昔からの番のようにお似合いの2人だった。

 麗しい帝国の皇子は、まるで初めて恋をしたかのようにカリンを見つめていた。


 (まるで、初代皇帝リカルドと、創世の聖女マリアンヌみたいだ⋯⋯)


 もしかしたら、俺が帝国に到着した時には2人は運命に導かれるように結ばれているのかもしれない。ベリオット皇帝が病床から立ち上がった時、カリンを手放さない選択をすることもあり得る。


 そんな可能性を考え出すと、胸が苦しくなった。


 カリンと会って5日程しかたってないのに、彼女がいない毎日が思い出せないくらい彼女が愛おしい。

 

 パレーシア帝国の港を目の前にして、船長が驚くような報告をしてきた。


「セルシオ国王陛下、パレーシア帝国の港が昨日から使用禁止になっているそうです」

 今までそんな事は聞いたことがない。

 ここは世界各地と貿易をしているパレーシア帝国が一体どんな理由で港を使用禁止にすると言うのだろう。


(まさか、カリンを帝国から出さない為じゃ⋯⋯)


 俺はこの時までカリンが世界にとってどんな存在かを分かっていなかった。

 彼女は俺にとって聖女である前に愛おしくて堪らない女の子だ。

 

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