第33話私がセルシオを守ります。

 目を開けると、ルイスが少し離れた椅子に座ったまま眠っていた。

 私は彼をベッドに横たわらせシーツを掛けた。


(椅子で眠っていたら、体がおかしくなってしまうわ)


 私はひっそりと荷物をまとめ、そっと外出着に着替えた。

 そっと、眠りについているルイスの顔を覗き見る。

 頬に涙の跡があるように見えて思わず触れてしまった。


 彼の目がそっと開いた。

「ルイス、ひとまずお別れです」

 私の言葉に彼は飛び起きると、ベッドから離れた。

(どうしたのかしら? 何か怯えている?)


 私は彼のことが心配になり、そっと抱きしめて彼の体に神聖力を送った。


「ルイス、何か悩みがあるなら話してください。お願いだから1人で悩まないで⋯⋯私はあなたにも幸せになって欲しいのです」

(1人で誰にも言えない悩みを抱えて泣いていたのかしら⋯⋯)


「本当に温かくて気持ちいいな。カリン⋯⋯今度生まれ変わったら君の心が誰かに奪われる前に君を探すよ。だから、その時は僕のことを愛してくれると約束して欲しい」

 昔、誰かに生まれ変わっても愛していると言われたことがある気がした。


「もちろんです。もし、私が人間ではなく猫に生まれ変わっても、私を見つけて大切にしてくださいね」

 過去の彼とは全く違う優しい彼。

 確かに、セルシオより先に彼に出会っていたら、私も彼を好きになっていたかもしれない。

 

「そこは、君の力で人間に生まれて来てくれよ。創世の聖女様」

「私、創世の聖女なんですか?」

創世の聖女マリアンヌ⋯⋯慈悲深く優しいけれど、愛する夫リカルドに尽くし、夫のことになると無慈悲になる神にも等しく、彼女自身が神であったのではないかと言われる存在⋯⋯。


「そうだよ。カリン。君は創世の聖女の生まれ変わりだ。人を生贄にしようなんて無慈悲な考えが生まれた段階でただの聖女なら神聖力を失っている」

 私は彼がベッドの下に描いてあった魔法陣を見てショックを受けたことに気がついた。


「申し訳ありません。ルイスを悲しませるつもりはなかったんです」


「僕が君に卑劣なことをしたんだよね。多分、過去の僕も君を悲しませたい訳じゃなかったと思う。それでも、君を僕自身が苦しめたこと謝らせて欲しい。何があったか話してくれる?」


 私はベッドに隣り合って座り、ルイスに時を戻す前にあった出来事を話した。彼と会話をしていると自分がいかに盲目的に行動してきたかが分かってきた。


「僕はカリンを奪いに行ったけれど、セルシオ国王は殺そうとは思っていなかったと思うよ。カルパシーノ王国を帝国の領地として管理するにしても、彼以上の適任者はいないからね」


「確かに⋯⋯セルシオは今思えば自害してますね⋯⋯私も、自分ではなくセルシオの首が狙いだと勘違いしてました」

 確かに火の魔力は対象物を燃やすまで燃え続けるが、術者であるルイスのコントロールで完全に消すことができる。


「君が暮らしていた城を燃やそうとしたことは謝らせてくれ。居場所がなくなれば、僕のところに来るしかないと卑劣な考えをしていたと思う」

「騎士たちや使用人も大勢亡くなりました⋯⋯」

「本当に酷いな⋯⋯きっと、僕は密偵から通信機で聞いて彼らが君にとって大切な人だと知っていただろうに⋯⋯」


 彼の目が潤み出してて、思わず私はもっと強く彼を抱きしめた。


 彼が酷いなら、私はもっと酷い。

 セルシオのいなくなった世界など必要ないとばかりに、彼を生贄に時を戻した。


「それにしても、カルパシーノ王国に密偵が潜んでいるんですか? 誰ですか?」

 私は盗聴魔法のついた指輪から全てが漏れていたと思っていた。

隠し通路も密偵から漏れていたのかもしれない、政治の中枢にいる人間だったら機密情報も帝国側に知らせることができる。


「カリンが、このまま帝国にいてくれるなら話しても良いけれど? 僕は君の幸せを願っているけれど帝国側の人間だ。それに、密偵にも気がつけないセルシオ国王に君がこの先も守れるとは思えない」


「私がセルシオを守ります。だから、大丈夫です」


 ルイスが私の目をじっと見つめながら、頬に口づけをしてくる。

(なんで? なぜだか彼を突き放すことができないわ)


 不思議なことに彼といると、ずっとそんな時を過ごしてきた気になる。

 するすると言って良いのか分からない自分の想いをいつの間にか話している。


「カリン、君には難しいかもしれないけれど、もう少し強かに生きてくれ。今際の際にいた父上は、20代のような体を取り戻し生き生きとしている。そんな奇跡を経験しては、父上は君を離そうとしないだろう。僕は皇太子になるけれど、皇帝である父上の動きをどこまで抑えられるかは分からない」

 

「もしかして、私を逃さないように皇命を受けてますか?」


「あぁ。でも、最初に君の優しさに漬け込んで君を騙して帝国に連れてきたのは僕だ。アリアドネに君との交代を頼んだ⋯⋯昨晩密偵からでアリアドネとセルシオ国王は離婚するとの報告を受けた。思ったより早かったな⋯⋯君は彼に愛されてるね⋯⋯」


 私はセルシオを想いに胸がいっぱいになった。

 セルシオにとっては会ったばかりで身分を偽っていた怪しい女でしかない私。そんな私のことも彼は気遣ってくれた。


「今、私をセルシオの元に返そうとしてくれてますよね。ルイスは大丈夫なのですか?」

「僕の心配をしてくれているの? 僕は上手くやるから大丈夫。ちゃんと、帝国に安心してカリンが遊びに来られるようにするから。帝国のお菓子は好きだろ」

「私はルイスもレイリンも帝国に住む人たちも好きですよ。また、会いに来ます」

 私の言葉に彼は微笑むと、私の額に口づけをしてきた。

 



 

 

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