第30話カリン! 何をしているのですか?

 ベリオット皇帝の部屋に入るのはルイス皇子とカリンだけが許された。


 もう、1ヶ月半も床に伏して会話もままならない皇帝を助けることができるとは思えない。例え助けられなくても、カリンが責められることはないだろう。

 ベリオット皇帝は高齢だから、このまま亡くなっても寿命だということだ。


 でも、陛下にはきっちりルイス皇子を次期皇帝にすると宣言して頂いてから死んでもらわないとならない。


 おそらく陛下自身もルイス皇子が成人したら彼を立太子させるはずだったのだ。

 クリス皇子とルイス皇子は決定的な能力差もあるし、クリス皇子は女癖や下のものに対する横柄な態度から評判も良くない。


(カリン⋯⋯頑張って⋯⋯声が出せるくらいまで陛下を回復させて)


 部屋に入って10分も経たずにカリンが出てくる。

「レイリン、お待たせしました。早速、買い物に行きましょう」

「カリン、陛下は?」

「凄く元気になりましたよ。ルイスもお父様が元気になって嬉しそうでした」

 カリンが笑顔で報告してきて、私は胸を撫で下ろす。

 それと同時に死に際の人間を当たり前のように全快させてしまう彼女はやはり聖女の中でも特別なのではないかと思った。


 廊下を歩いていると、角のところに第2騎士団の団長になったカラルト卿と5名の騎士たちが待機していた。


 おそらくカリンを監視し護衛する為に殿下が用意した騎士たちだ。


「アリアドネ様、レイリン様、お出掛けの際にはお供するようにルイス皇子殿下より承っております」


 カラルト卿が白々しくカリンをアリアドネ様と呼んでいて寒気がする。彼は本当に出世欲の強い強かな男だ。本当はカリンの正体にも気がついていて、ルイス皇子が彼女をゆくゆくは妃に迎えようとしている事も分かっている。


 未来の皇后に気に入られようと、移動中の船でも隙を見てはカリンの前に姿を現していた。

 カリンは気さくな性格で、見かけた人には必ず声を掛ける。

 あっという間に彼女は騎士たちの中でも人気者になっていた。

 

「カラルト卿! まずは、寝巻きを見に行くんですが、良ければ見立ててもらえませんか? 男性の意見を聞きたいんです」

「アリアドネ様、流石に私は店の前で待たせて頂きます」

 歩きながら、カラルト卿に話しかける。

いつも精悍な顔つきのカラルト卿が彼女の言葉に顔を赤くしているのがおかしい。


「そうですか⋯⋯残念です。では、レースで中が見えそうなスケスケな感じの寝巻きと、フリルが重なって中が見えない感じはどちらが良いですか?」

「私はスケスケが好きです」

 カリンの言葉に正直に応えているカラルト卿に呆れてしまった。

(スケスケって、未来の皇后に向かって何を言っているのよ⋯⋯)


 お店に入ると、カリンが目を輝かせた。


「なんだか、帝国はお店の中もキラキラしてますね」

「ふふっ、帝国のこと好きになってくれましたか? ちなみに私はカリンはフリルの可愛らしいデザインが似合うと思いますよ」


 キラキラとは店の中のシャンデリアだろうか。

 私にとっては見飽きたものだが、カリンには珍しいのかもしれない。

 実際、贅を尽くしたようなパレーシア帝国に比べて、カルパシーノ王国は王宮1つとっても質素だった。


 私は彼女に帝国を好きになって欲しい。

 ベリオット皇帝を治したら、すぐにカルパシーノ王国に帰ると言っていた。


 私もルイス皇子も、彼女にアリアドネと交渉したことを言えなかった。

 彼女がセルシオ国王のことが大好きなので、もう彼の妻ではないことを伝えて傷つく顔を見るのが怖いのだ。


 女の子は皆、ルイス皇子を好きになるものだと思っていた。

 麗しい特別な能力を持った次期皇帝になるだろう彼。

 

 カリンが読破したと言っていた『絶倫皇子の夜伽シリーズ』も挿絵を見れば、ルイス皇子をモデルにして書いたのがバレバレだ。


 ルイス皇子も、もっと強引に迫ってみたらどうかと私は思っていた。

彼が命じてくれれば、私はカリンのお茶に媚薬を入れて2人きりにするくらいの事はする。


 それくらいのショック療法でもないと、カリンのセルシオ国王への気持ちは全く変わらないだろう。


 彼女が5日程しか時を過ごしてないセルシオ国王に夢中で、2週間以上彼女にアピールしているルイス皇子を袖にしているのが理解できなかった。

(元奴隷より、次期皇帝でしょ⋯⋯理解できないな⋯⋯)


 カリンは私にとっても初めてできた友人で、夢にみた姉妹のように仲良くできる存在だった。彼女が現れるまでの私は遠巻きにいつも見られていて、孤独を感じていた。

(カリンを手放すなんて、絶対できないわ⋯⋯)

 

「レースの方を買ってしまいました。やはり、セルシオにもドキッとして欲しいので」

「この店丸ごと買い占めますよ。何も1着を選ぶ必要はありませんわ」

「そんなに沢山の寝巻きはカルパシーノ王国に持って帰れませんよ」


 考え事をしているうちにカリンが買い物を済ませてしまっていた。

(彼女の買い物は皇室付で購入するように言われていたのに⋯⋯)


 セルシオ国王は前世で徳でも積んだのだろう。

 このような天使のような子から一途に慕われているのだ。


 店を出るとカリンが待っていた騎士たちに神聖力を使っている。


「立ちっぱなしで疲れますよね。いつもお仕事ご苦労様です」

 聖女の神聖力は帝国では皇室への多額の寄付と引き換えに使われるものだ。

 カリンには聖女についての資料は隠すと、ルイス皇子は言っていた。

 彼自身も、金銭と引き換えに力を使うようにカリンには言いづらいのだろう。

 (騎士が立っているのなんて当たり前なのに⋯⋯)


 騎士たちが恐縮しながら、皆嬉しそうに頬を染めている。

 カリンがいると周りが温かく優しい空気になる。


 突然、カリンが屈んでアリに手をかざしはじめた。

(手から光が出てる! 神聖力?)


「カリン! 何をしているのですか?」

「家族に食べ物を届けに行くアリさんの疲れをとっているのです」

 確かにアリは何か食べ物を運んでいるようだった。


 王女として育てられ身分意識が強いアリアドネに比べて、カリンは孤児として過ごしてきた。


 アリアドネの偉そうな感じは鼻につくが、カリンの親しみやすさは心配になる。パレーシア帝国は身分意識が非常に強い。


 カリンは帝国では女性の最高地位につくのに、アリにも対等に接してしまう子だ。


 彼女は天才と言えるほどの記憶力を持っていて優秀だ。しかし、彼女に周囲に高圧的に身分相応の振る舞いをさせるのは難しいように思えた。


 富にも権力にも、地位にも名誉にも興味を持たないのがカリンだった。

 彼女は私の世界を変えてくれた人で、私は彼女に側にいて欲しくて必死だった。

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