第10話僕の聖女様は水浴びじゃなくて、土を堀っていたな⋯⋯。

 建国祭を翌日に控えた真夜中、寝付けずに窓の外を見るとカルパシーノ城を囲む湖の辺りに人影が見えた。月明かりに照らされると、ピンクゴールドの輝くような髪がたなびくのが見えた。


(もしかして、カリンか?)


 アリアドネが建国祭の最終日にある結婚式までには間に合わせると言っていたが、どうやらもっと早くカリンを連れてくることができたのかもしれない。


 僕は気がつくとメイドも呼ばずに、外出着に急いで着替えて外に出ていた。

 

 人影に近づくとピンクゴールドの髪に琥珀色の瞳をした女神のような女性が、小さな少年としゃがみ込んで何かを話していた。


 遠くから横顔を確認しただけでも、その太陽のように輝く瞳に釘付けになった。僕は導かれるように彼女に近づいた。


 頭の中で昔から憧れていた創世の聖女と初代皇帝の出会いのシーンを思い出していた。


 後にパレーシア帝国の初代皇帝になるリカルドは、仲間の裏切りあい森を絶望しながら彷徨った。


 そこで、湖で水浴びをする聖女マリアンヌに一目惚れをする。2人は一瞬にして恋に落ち、その場で愛し合った。彼女の温もりと神聖力に癒されたリカルドは彼女と共にパレーシア帝国を築くことになる。

(湖に現れた聖女⋯⋯)


「ふふっ、私も指輪のなる秘密の種をこっそり埋めようと部屋を抜け出しただけなのよ。マリオも手伝って!」

 

「指輪って埋めると、指輪のなる木がなるの?」


「そうよ! これはここだけの秘密。でも、深く掘らないと泥棒に盗まれちゃうかもしれないから出来るだけ深い穴を掘るのよ」

 

 こっそりと息を潜めて近づくと、彼女と少年がしゃがみ込んで手を土で掘っていた。


 優しく透き通った彼女の声をずっと聞いていたくて、僕はそっと距離をとりながら話に聞き耳を立てた。

 

 どうやら少年に童話のような話をしているようだった。


「これで、指輪のなる木が生えるかな?」


「きっとなるわよ。もし、たくさんの指輪がなったらその指輪を売って大儲けしちゃおう」


 おそらく指輪の木のなる話は彼女の創作だろう。


 童話としてはありえなすぎるが、少年に夢を与えたくて彼女が創作したのだと思うとその話さえも愛おしくて堪らなくなった。


 意を決して話しかけると、彼女が僕を見た。


 一瞬で人を愛おしく感じ、求めたくなるような感覚を知った。

(僕の聖女は水浴びじゃなくて、土を堀っていたな⋯⋯)


「ルイス・パレーシア皇子殿下に、アリアドネ・シャリレーンがお目にかかります」


 招待客のリストや肖像画で僕のことを確認していたのか、僕の名前を呼んで挨拶してきた彼女に愛おしさが増した。今にも彼女を抱きしめて愛したい衝動を必死に耐えていると、信じられない言葉を掛けられた。


「カ、カルパシーノ王国は火気厳禁なのです。ルイス皇子殿下⋯⋯この建国祭が終わったら2度とこの地を訪れないでください」


 僕が貴重な火の魔力を持っていることは有名な話だが、まるで爆弾のように暴発するとでも思われているのだろうか。彼女に僕のことを怖がらずにいて欲しくて、滅多に見せない火の魔力を披露した。

 

 その途端、彼女の連れている少年は泣き出し、彼女は少年を守るように僕の元から去ってしまった。


 カリンに出会ってから彼女のことばかりを考えていた。


 今まで皇帝になることばかり考えていたのに、一瞬で恋するただの男になってしまったようだ。

(今晩の舞踏会にカリンは現れるだろうか⋯⋯)


 舞踏会会場にセルシオのパートナーとして現れたカリンの美しさに息をのんだ。彼とペアになるような赤いドレスを着ているが、彼女に1番似合うのは多分赤じゃない。

 彼女に似合うのは淡い桃色かクリーム色だ。自分の瞳に合わせるような色を彼女に着せるセルシオに殺意が湧いた。


(僕だったら、彼女の魅力を引き出すことを1番に考えるのに⋯⋯)


 開会の合図のダンスをセルシオとカリンが踊るのをずっと見ていた。


 カリンはダンスを習った経験などないだろうに、きっと短期間に必死に練習したのだろう。

 そんな健気な彼女を想像して、ますます胸がいっぱいになった。


 2人のダンスが終わると同時にカリンにダンスを申し込みに行った。


 女神のような彼女を目の前にして思わず跪いてしまい、注目を集めてしまった。

(2曲続けて踊る体力は残っているだろうか、疲れたら僕に体を預けるように伝えよう⋯⋯)


 ダンスの最中、僕がアリアドネを褒めるとカリンは目を輝かせて喜んだ。


 僕は他人が褒められて嬉しいと思ったことは1度もない。きっと、カリンのような清らかで美しい心の人間と僕は異なる考え方をするのだろう。僕は戸惑いながらも、彼女の清流のような心に触れていたいと思った。


 そして、僕は時の皇帝から寵愛され、今また聖女であるカリンまで己のものにしようとしているセルシオへの憎しみを募らせた。


 曲が終わってしまって名残惜しく思っていると、彼女はバルコニーに出るレイリンを追って行ってしまった。


 おそらく、レイリンはパートナーにも関わらず、僕が自分と踊る前にカリンと踊ったことにプライドが傷ついたのだろう。


 だからと言って、そのような感情を自分の中で処理できず、気を引くようにバルコニーに出たレイリンに嫌気がさした。


(レイリンのような女にも慈悲深いのだな。カリン⋯⋯君を知る程に心が囚われるようだ)

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