第26話 王宮へ
久しぶりに王都へ戻って来たが、私が王都を見るのはこれで二度目。
一度目は後宮を出て公爵領へ向かう時だった。
だが、なんとなく雰囲気が変わったような気がした。
「なんだろう、前と違う気がする」
「そうだな。俺が前回来た時にはもう少し人が多かった」
「他国から物が入らなくなったから、店が営業できていないんだよ」
私とイザークの疑問に答えたのはレオナだった。
「どうして?」
「金がないからだな」
「あぁ、レオナの薬が無くなったから!」
「そういうこと」
「半年でこれほどまで影響があるのか……」
「王都から人がいなくなるのも時間の問題だね」
お金がない、物が入って来ない、だから人は他国へ流れていく。
イルミール公爵領はエンフィア王国からの移民を受け入れていない。
それは先代公爵が王弟だったことが原因だ。
国王の座を狙っていると誤解されないように、領民をいたずらに増やすことは禁じた。
それが続いているため、新しく領民になるのは竜帝国からの移民らしい。
「あぁ、王宮が見えたな」
「あれが王宮なんだ」
「見たことがなかったのか?」
「出てきた時は裏側からこっそり出たから、王宮を外から見るのは初めて」
「……そうか」
白い石を積み上げて作られた王宮は美しいはずなのに、どこか薄汚れているように感じた。
中にいる者たちが汚れていることを知っているから、そう見えてしまうだけだろうか。
馬車が着くと、レオナが先に下りる。
次にイザークが降りて、私を抱き上げて降ろす。
そのまま抱き上げて歩き出しそうになったから、慌てて止める。
「イザーク、降ろして。さすがにこのままじゃまずいわよ」
「俺は平気なんだが、そうか」
王宮の騎士や女官たちが固まってこちらを凝視している。
女性に冷たいと評判だったイザークが私に優しいのが驚きなんだ。
「案内してくれ」
「……はっ!」
イザークが近くにいた騎士に声をかけると、慌てて案内してくれる。
このまま謁見室に行くのだろうか。
だが、その手前で待っていた文官に私は止められる。
「陛下が呼ばれたのはイルミール公爵様だけです。
お連れ様は待機室でお待ちいただけますでしょうか?」
「なに?」
「…国政に関わる大事な話があるそうですので、
イルミール公爵様だけお連れするようにと命じられております」
機嫌が悪くなったイザークににらみつけられても、文官は引かなかった。
よほどきつく命じられているのかもしれない。
「イザーク、私は待機室で待ってるわ」
「だが」
「大丈夫よ。レオナもいるもの」
「わかった。では、デニーを連れていけ」
「はーい」
イザークとダニーは謁見室へと入っていった。
残された私とレオナとデニーは待機室へと移動しようとしたが、
女官に声をかけられる。
「お連れ様はこちらへどうぞ。案内いたしますわ」
にっこり笑った女官は見覚えがあった。
王女付きの女官だ。以前、ミリーナと争いそうになった時に止めに入っていた。
では、やはりこれは罠か。
馬車の中で打ち合わせをしてあった。
おそらく、イザークと私は引き離されるだろうと。
その時はデニーを連れて行くように言われていた。
デニーとダニーはスキルで、離れていても会話ができる。
そのためイザークにはダニーが。私たちにはデニーがついてきた。
前回、竜帝国の王城で倒れてしまったことを踏まえ、
今回は二人ともあらかじめ馬殺草のお茶を飲ませてある。
先に飲んでおけば竜酔香の効果も効かない。
万全を期して連れて行かれたのは、後宮に近い場所にある客室だった。
他国の王族をもてなす時に使われる客室は、
中にはいると広々とした応接室になっていた。
そこに座って待つように言われ、私だけソファに座る。
レオナとデニーは護衛と侍従としてついてきているので、私の後ろへと立つ。
少しして、香水の匂いがきつくなる。
ミリーナや女官たちでもこれほど匂いはきつくない。
もしかしてと思っていると、栗色の髪をまとめ髪にしたひょろりとした女性が入ってくる。
この王宮の権力者、王妃のエリーゼだ。その後ろにはミリーナもいる。
どうやらイザークと国王が話している間、王妃と王女が相手をしてくれるらしい。
立ち上がって頭をさげたまま声がかかるのを待つ。
公爵夫人と王女では同格だが、王妃となると向こうのほうが上になる。
「顔を見せて。あなたがイルミール公爵の婚約者ね?」
「ラディア・イルミールと申します」
「出身はどちらだったかしら」
「竜帝国のスカンツィ侯爵家です」
「……そう」
公爵夫人として名乗ったから咎められるかと思ったが、何も言わずに座るようにすすめられる。
それに素直に従って座ると、向かい側に王妃とミリーナが座る。
「遠いところから来させて悪かったわね。
特別なお茶を用意させたわ」
「ありがとうございます」
特別なお茶、どちらかなと思っていると運ばれてくる。
黄金色のお茶から甘い香りがする。
「蜂蜜茶よ。どうぞ」
「はい」
一口飲むと、甘い味の他にえぐみのようなものを感じる。
媚薬のようだ。
コクコクと私が飲むのをじっと見られている。
しっかり飲んでいるか確認しているのかな。
こんなに見つめていたら、毒を入れていますと言っているようなものだけど。
「ミリーナから聞いたのだけど、あなた妾になるのよね?」
「妾ですか?いいえ。もうすでに結婚していますから」
「陛下は認めていないのに?」
「義伯父様が、あ、いいえ。帝王が認めていますから」
スカンツィ侯爵家が竜帝国の王妃の生家だと思い出したのか、
王妃の頬が引くついたのが見えた。
まずいと思ったのかもしれないが、媚薬を飲ませた以上、進むしかないよね。
さぁ、来い、と思ったせいか、ふふっと笑いがもれてしまった。
それがまるで馬鹿にしたように見えたのか、ミリーナが苛立った声をあげた。
「お母様、もういいでしょう!」
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