第23話 訪問者

私の気持ちと身体が落ち着いたのは、番い始めてから十八日目だった。

ようやく部屋からでることができて、レオナやデニーとダニーと顔を合わせた。

私たちは部屋にこもっている間、誰にも会わなかったら知らなかった。


王宮からの使者として、王女ミリーナが来ていたなんて。



番い始めてから三週間近くも寝室にこもりきりだった私たちが出てきたことで、

屋敷の中では結婚のお祝いの準備が始められた。

豪華な食事をみんなで食べ、使用人たちからお祝いの言葉が贈られる。


元王女で暗殺しに来たことを知っている者たちもいるはずだけど、

竜族にとってはそんなことよりもイザークの番だというほうが大事らしい。

最初のころは本当にそれでいいのかと思っていたけれど、

この屋敷にいる者たちが私を受け入れてくれたのは、

イザークの幸せを願っているからだと気がついた。


私が竜人になって、イザークと番ったことで、

イザークはもう私以外と結婚することができない。

竜人は番と出会って番った後、

もし番を失ったとしても他の者との結婚を強要されないと決まっているそうだ。

番った後の竜人にはどんな強力な薬を使ったとしても、

他の者と子どもを作れなくなるからだという。


もうイザークは私としか子どもを作れない。

そう聞いた時、心から嬉しいと思ってしまった。

王族として、貴族として教育を受けてきたのだから、

相手が他の者と子をなしても責めてはいけないと教えられている。

そんな貴族としての当り前ももう当たり前だと思えなくなってしまった。


「ラディア、公爵、結婚おめでとう!もっと長くこもるかと思っていたわ」


「そうなの?普通の竜人ならもっと早く出て来てたはずだって聞いたけど」


「普通ならそうよね。でも、まぁ、相手がラディアだもの。

 ここまでずいぶん公爵に我慢させていたからね。

 一か月くらい出てこないんじゃないかってデニーやダニーと話してたのよ」


そうなのかと思ってデニーとダニーを見ると二人とも何度もうなずいている。


「早く切り上げて出てきたわけじゃないんだがな。

 ラディアとはこれからずっと一緒にいられるんだ。

 閉じ込める必要はないだろうと思ってな。

 ラディアは生まれてからずっと十八年も閉じ込められていただろう。

 だから、できるだけいろんなものを見せてやりたいんだ」


「イザークはそんなこと考えていたんだ。ありがとう」


ずっとイザークと寝室にいたい気持ちもあったけれど、

イザークの仕事も気になるし、レオナの手伝いもしたかった。

イザークはそんな私の気持ちをわかって、外に出ようと言ったのかもしれない。


それでもまだ完全に離れるのは難しくて、今もイザークのひざの上に座って話している。

レオナに入れてもらったお茶を飲みながら話していると、

私たちが寝室にこもっていた間の報告がされる。


「そういえば、報告があるのよ」


「報告?なんだ?」


「二人がこもり始めてから一週間後くらいに、

 王宮から使者が来たわ。

 指示されていた通り、デニーが対応したわ」


「やっぱり来たか。デニー、どうだった?」


王宮からの使者。

また門前で追い返したのかと思ったら、そうじゃなかった。


「王宮からの使者がミリーナ王女でした」


「は?」


「ミリーナがここまで来たの?」


「はい。馬車八台で来たそうで、さすがに門前払いは無理でした。

 ですが、全員を中に入れるのは安全上の理由で拒否したため、

 騎士団は門の外に待たせることで王女を応接室に案内しました」


馬車八台。まぁ、王妃が産んだ王女が遠出するのなら当然かもしれない。

騎士団の小隊を護衛として連れてきたのだろう。

あとは、あの女官たちを連れてきたのかな。

王女も女官も馬車での長旅なんて嫌だろうに、なんで来たんだろう。


「門前払いしなかったのか。

 王女が国王からの手紙を届けに?」


「手紙ではなく王命を伝えに来たと言っていました。

 さすがに私とダニーは顔を王女に知られていますから、

 王女だと認めないわけにもいきません。

 その王女が直々に伝えに来たとなれば、断れませんからね。

 イザーク様だって次の使者は受け入れるつもりだったでしょう」


「まぁな。ラディアが竜人になってしまえば不安も少ない。

 そうしたら王宮にいくつもりはあった。

 で、王女は王宮に来いと?」


「はい。やはり、婚約の報告に来いとの命令でした」


「婚約、ね」


やはりエンフィア王家はイザークの結婚を認める気はないようだ。

だけど、それを伝えるためだけにミリーナを寄こすなんてと思っていたら、

その理由はレオナが教えてくれた。


「その王女だけど、ここに居座るつもりだったようよ?」


「居座る?この屋敷に?」


「ええ。なんだったかな。

 イザーク様の結婚相手は私よ、とかなんとか言ってたわ」


「ええ?まだあきらめてなかったの?」


「お父様には従わないとか言ってたから、国王とは違う考えなんでしょうね。

 ついてきた女官からダニーが話を聞いたところ、

 本当は王女ではなく大臣を送ってくるつもりだったようよ。

 夜会で挨拶したことがあるくらいの顔見知りでしょうけど」


国王とは別の考えで無理やりミリーナが押しかけてきたのならわかる。

ミリーナはイザークのこと好きなようだったから、

アレッサンド国の王女や平民の旅人に奪われるのが嫌だったんだろう。


「それで、王女はどうしたの?まさかまだこの屋敷にいるの?

 さすがにもう帰ったわよね?」


「それがいるのよねぇ」


「「はぁ?」」


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