第19話 夜の打ち明け話(イザーク)
昼間いろいろあったせいだろうか。
一緒に寝台に入って抱きしめるとラディアはすぐに寝てしまった。
しっかり寝入るまで待って、起こさないようにそっと寝台から出る。
応接室へ戻ると、ちょうどレオナが護衛待機室から出てくるところだった。
「デニーとダニーを診てくれたのか。様子はどうだった?」
「あの分なら明日にはもう大丈夫でしょう。
竜酔香の影響はほとんど残っていないわ」
「そうか。すぐに対処してもらって助かった」
「ラディアがいなかったら助けられなかったわ。
ラディアが後宮を出る時に、収穫した馬殺草を全部持たせてしまっていたから」
そういえばラディアは俺を殺すためにイルミール公爵領まで来たのだった。
ラディアは竜人に馬殺草が効かないことを知らなかったようだが、
レオナが知らなかったとは思えない。
「最初からラディアを逃がそうとしていたんだな」
「違うわ。ラディアと一緒に逃げるつもりだったのよ。
公爵が番でもないのに婚約するとは思えなかったもの。
公爵が四十になるまでは番を探すと見合いを断っているのは有名だったから」
有名か。それは竜帝国でもエンフィア王国でもない場所での噂だな。
レオナは俺が予想していた通りの人物で間違いないようだ。
「レオナはレオナルド・スコットリアなんだな?」
「その名前はもう十三年も前に捨てたけれど?」
「アレッサンド国の賢者とまで呼ばれた公爵令息がどうしてエンフィア王国に?」
スコットリア公爵家の一人息子は十数年前に出奔している。
幼い頃からその才能を発揮し、賢者の再来とまで言われていた令息。
突然姿を消したまま行方がわからないと聞いていた。
まさかエンフィア王国の後宮にいたなんて思いもしない。
「……あほな王太子につきあいきれなくなって国を捨てたのよ。
そこから竜帝国に来たけれど、隣の国だしカサンドルがいた。
竜帝国に居着くわけにもいかなかったからエンフィア王国にまで流れたの」
「それで女装したら攫われて後宮に?」
「そうよ……」
なぜ賢者レオナルドがあの後宮から逃げなかったのかと思ったが、
ラディアの従属の腕輪が原因か。
あれさえなければラディアを連れて逃げられたはずだ。
「ひとつ聞きたい。ラディアの父親は本当に誰なのかわからないのか?」
「わかるけれど、聞いても意味はないよ」
その質問は聞かれたくなかったことなのか、
レオナの声が低くなるのと同時に口調ががらりと変わった。
これは素のレオナルドの口調か。
「意味はないってどういうことだ?」
「父親が誰か知りたいのは、ラディアの代わりに殺すつもりだろう?
それはもう必要ない。俺が処分してきた」
「もしかして、十日後にラディアを追うと言ったのは」
「もちろん、きっちりと片付けてから王都を出るためだ」
なるほど。ラディアが番だと俺がわかったら、
従属の腕輪があったとしてもどうにかすると思ったのか。
ラディアを返せと言われたら陛下を殺してでもラディアを守るだろう。
それを見越してラディアの父親を処分して出てきたと。
「どうしてそこまで?」
「リディアは俺の番だった……。
だが、出会った時にはもう死ぬ寸前で、薬でも助けられなかった」
「そうか。ラディアの母が番だったのか」
「公爵ならわかるだろう?番の願いは絶対だ。
ラディアは俺の娘だと思って育ててきた。
番をあんな目にあわせた男たちを放っておくわけがない。
今まで殺さなかったのはラディアが報復される可能性があったからだ」
「……なるほどな。
ラディアが安全な場所に行ったからようやく実行できたわけか」
あんな目にあわせた男たち……何人殺してきたのかは聞かないほうが良さそうだ。
それはラディアの母を汚した男たちなのだろうから。
「そういえば、気をつけたほうがいいぞ」
「気をつけるとは?」
「フェルナンディだ。
おそらく、カロリーヌ王女をもらってくれと公爵に言ってくる」
「は?」
もうすでにカサンドル妃とカロリーヌはアレッサンド国に向かった。
王太子の隠し子ということになるので、王宮へ送り届けられるはずだ。
今後、アレッサンド国でどういう扱いになるかはあちら次第だが、
カサンドル妃が嫁いできたのは同盟国になる条件だった。
こんな結果になれば同盟は切られることになる。
それなのに俺に嫁がせようだなんて言いだすのはありえない。
「フェルナンディは自分が良いと思えば周りがどう言っても気にしない男なんだ。
カロリーヌが自分の娘だとわかっているのなら、願いを聞こうとするだろう。
カロリーヌは公爵と結婚したいと願うはずだ。
だから、すぐにでもイルミール公爵家に打診が来ると思う」
「嘘だろう……」
「そういうことを平気でやってくる。
だから三十歳にもなるのに王太子のままなんだ」
「国王は止めないのか?」
「止めても聞かないんだ。王太子妃は男爵家出身のお飾り妃。
王妃の仕事を代わりにさせるために公爵令嬢を側妃にしようとしたが、
幼い頃からの婚約者は形ばかりの側妃になることに絶望してしまった。
結果、宰相になるはずだった幼馴染は見捨てて国を出たってわけだ」
その声に怒りがにじんでいるのはよほどのことがあったのだろう。
レオナが幼馴染を見捨てる何かが。
「先に手を打っておかないとまずいな」
「そうしたほうがいい。公爵家に打診が来ればいいが、
下手すればエンフィア王家に打診が来かねない。
そうなれば国王は公爵を売るだろう」
「売る?」
「俺がいなくなったエンフィア王国は売るものが無くなった。
つまり、金に困っているはずだ。
カロリーヌを公爵の妻にしてくれたら、
持参金を王家に渡すなんて言われたらすぐにでも承諾するだろう。
他国の王族からの打診だから受けろなんて言われたら困るんじゃないか?」
「はぁぁぁ。あいつらならやりかねないな。
わかった。明日すぐにでもラディアとの結婚を公表しよう」
こうなってしまったら婚約の公表なんて甘いことを言ってられない。
苦情は来るだろうが、カロリーヌを送り込まれるよりかはましだ。
「結婚の公表か。王宮に呼び出されることになるな」
「それで納得してもらえないようなら、独立するしかない。
争うようなことは避けたかったが、こうなれば仕方ないな。
どうなってもいいように準備はしておく」
「戦争の準備をするなら薬は任せておけ」
「助かる」
そろそろラディアのところに戻らないと起きてしまうかもしれない。
レオナも侍女待機室に戻ろうとしているのを見て、
よけいなことかもしれないが一言だけ。
「レオナ。ラディアの母を苦しめたものを殺してくれてありがとう。
ラディアに代わって礼を言うよ」
「……ああ」
きっとレオナはラディアに言わないだろう。
リディアの番だったことも、男として生きることをやめた理由も。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。