初夜で殺して来いと命じられましたが、好きになるなんて想定外です。

gacchi

第1話 国王の呼び出し

「あれ?ドアに何か貼ってある」


「ラディア、どうかしたの?」


「……国王からの呼び出しだって。謁見室まで来いって書いてある」


「はぁ?しばらくなかったのに、また何の用なの?」


「うーん。何も書いてないの」


いつものように薬師のレオナと一緒に、

後宮の裏庭に生えている薬草などを収穫しに行っていた。


二時間ほどしてから部屋に戻ったらドアに伝言が貼ってあった。

不在の間に誰かが来たらしいと思って見たら国王からの呼び出し。

前回呼び出された時は政略結婚の話だったな……返事が来たのだろうか。


「とりあえず、行ってくるね」


「待ちなさい。

 念のため、お茶を飲んでから行きなさい。すぐに入れてあげるから!」


「朝も飲んだのに?」


「念のためよ!もしクズ王子や他の男に捕まりそうになったらどうするの!

 近づいただけで殺せるように、濃いの入れてあげるわよ!」


「普通ので大丈夫よ。向こうだって死にたくないだろうから」


私が本宮に呼び出されたせいで心配性のレオナがお茶を入れ始める。

使うのは馬殺草と呼ばれる毒草だ。

普通の人間なら匂いを嗅いだだけで体調を崩すほどの毒草で、

一口でも飲んだら死んでしまう。


トゲトゲの葉が特徴的な馬殺草は独特の甘い匂いがあり、

馬が間違って食べて死ぬ事故がよくあるためにこの名がついている。


「はい、どうぞ。飲み切ってから行くのよ?」


「わかってる」


お茶を口にしようとすると、ふぁっと甘い匂いがする。かなり濃く入れたらしい。

この匂いも味も嫌いじゃないからいいけど、どれだけ毒性強いのかな。

監視するようにじっと私を見ているレオナ。見事な赤髪に静かな黒目。

もうすぐ三十になるはずだけど、一緒にいるこの十二年まったく年を取った感じがしない。


見た目は非の打ちどころのない美女だけど、

陛下をはじめとしたクズどもはレオナに手を出すことができない。


全身に馬殺草の毒をまとっているからだ。

普通の人間には毒でも、レオナや私のような一部の人間には何の問題もない。

ただ、飲み続けていると体内に毒がとどまり、結果として体液も毒を持つ。

そのため、いくら美女でも命が惜しい国王たちはレオナに手を出さない。


というわけで、同じように毒耐性がある私にもレオナはお茶を飲ませてくる。

最初に会ったのは私が六歳の時だった。母様が亡くなり、途方に暮れていた時だ。

その時からレオナは私の母親代わりとして面倒を見てくれている。


「さて、行ってくるね」


「本当に気をつけて。ラディアはこの頃ますます綺麗になっちゃったから、

 命の危険があるって頭ではわかってても、

 ラディアの綺麗さに思わず手を出してくるものがいそうで……怖いのよ」


言われるほど綺麗になっただろうか。

この国の高位貴族ではめずらしくない金髪に青目。

光るような赤髪のレオナのほうがよっぽど綺麗だと思う。


「大丈夫。いざとなれば殺してしまうから」


「……わかった。いってらっしゃい」


後宮から本宮へ出る扉は近衛騎士が立っていて、

陛下の許可がなければ出ることができない。

貼ってあった伝言を見せると、

近衛騎士にも伝えてあったのか扉がすぐに開いた。


きらびやかな本宮の廊下を歩いていると、

女官たちが遠くから見ているのがわかる。

私だと確認すると、すぐにどこかに行ってしまう。

あの急ぎようだと誰かに知らせに行った?

誰付きの女官なのかわからないけど、めんどうなことにならないといいな。


謁見室の中に入ると、国王ミハイルと宰相、

あとは誰かわからない貴族が数名。

謁見室にいるから高位貴族なのだと思うが、

私は夜会にも出たことがないので名前は知らない。


「遅かったな」


「申し訳ありません」


時間指定はなかったけれど、待たせていたのだろう。

あの伝言がいつ来たのかもわからないし。

素直に頭を下げたが、すぐに許される。どうやら機嫌が良さそうだ。


「まぁいい。呼び出したのはお前の結婚が決まったからだ」


「はい」


やはりそうか。気が重いが、いつかは来ると思っていた。

周辺国のどこかに嫁がされるというのは前から言われてたからだ。


「お前が行くのはイルミール公爵家だ」


「え?」


「なんだ。不満でもあるのか?」


「いえ、他国だと思っておりましたので、少し驚いただけです」


私と同じ金髪青目だが、小太りで顔立ちも全く似ていない国王が、

顔を赤らめて怒り出した。


「どこの国も断ってきたからだ!

 どいつもこいつも!この国を見下しているのか!」


「……」


どおりで二年も前から打診しているわりに決まらないわけだ。

この国は腐っているから、周りの国も関わりたくないのだろう。

唯一、優秀な薬師がいるから薬の流通だけは止めて欲しくないだろうけど、

だからといって結婚してまで縁付きたいかというと、嫌なんだろうな。

このクズが義父になるなんて。私だって嫌だと思う。


「そこでだ、イルミール公爵家に嫁がせることにした」


「わかりました」


イルミール公爵家は隣国の竜帝国との境目にある領地。

もとは辺境伯だったところに、先代の王弟が嫌がらせで飛ばされた。

それなのに、竜帝国の王女が先代の王弟を見初めてしまい結婚することになった。

今の公爵はエンフィア王国と竜帝国の両方の王家の血をひく。

この国で竜帝国と貿易を許されている唯一の領地のため、王都よりも栄えていると聞く。


おそらく、それが面白くなかったんだろうな。

王都より栄えている。両国の王家の血をひく。

竜帝国の帝王の甥でもあるため、エンフィア王家の命令も出せない。

この国の貴族であって、臣下とは言えない公爵がめざわりなんだと思う。


「初夜に殺してこい」


「……はい」


「ああ。お前はまたどこかの国に嫁がせるのをあきらめたわけではない。

 純潔を失うことなく、公爵だけを殺して戻ってこい」


「……わかりました」


私の毒で殺すのが一番確実なのに、純潔を失う前に殺せとは。

また難しいことをいう。……それでも、私には逆らうことはできない。


「王命だ。ラディア・エンフィア。

 第一王女として公爵家に嫁ぎ、すみやかに殺してくるように」


「かしこまりました」


満足そうにうなずく陛下に礼をして謁見室から出る。

そこで待ち構えていたのは目を吊り上げた。

本来なら第一王女のミリーナだった。


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