第3話 王都発・商業都市に関する書籍を巡って

 王都出身の垢抜けた人目を引く主人公、里帰りで若者らしく王都流行りの金ピアスに縁に豪華な刺繍が入ったひらひら袖付巻頭衣を誂えギルド直営の酒場で見せびらかしていると、ギルド監督官に名指しで奥の個室に呼ばれる。


 勲章授与かと思って浮かれて入室したら無言の鉄拳制裁を喰らい、壁まで吹っ飛ばされる。


「一年間薬草詰みからやり直せ」




 魔法通信で王都の仲間に泣きつくも「でもギルドメンバーになりたいんだろ?」とわりと突き放した態度をとられる。


 友だちの塩対応にめそめそしながら一人薬草詰みやってると、あんまり仲のよくない上級冒険者が「勲章として付けてた狐の尻尾飾り」が獣の爪に引っかかって危険に晒される姿を目撃する。




 それでもなんとかリカバーして窮地を脱していたけどあれがもし自分だったらあんな風に逃げられるか分からん。


 あの都で誂えたひらひらした格好で獣と鉢合わせして。あの時分の俺だったら頭に血が上って遮二無二切りかかってたかも知れない。俺はどんな愚者だった。


 そこから多少時間はかかっても他冒険者が任務をこなす地域の近くで薬草詰みをする主人公の姿を見かけるようになる。




「あいつこんなに手際悪かったっけ」


「丸一日薬草詰みでこのしょっぱい収穫」


「どこで油売ってるんだか時間かかりすぎだよ」


 ギルドの休憩所で、裏方の女子には怠けてるんじゃないかと勘ぐられ、


「王都出身だからってギルドの仕事なめてるんじゃねぇの?」


「似合わないちゃらい格好で戻ってきて」


「あー傑作だったわーwww」


「えらい人に呼び出された時はすかっとしたわーwww」


 と冒険者に嗤われ溜飲下げられているが、気にもとめずに端っこで黙々と鎌の手入れをする主人公。


 その頃、ひょんなきっかけで中年の中堅冒険者赤毛のグレンに師事する事となり、構え、太刀筋を基礎から学び直す。




 しばらくして


「薬草の切り口やけに綺麗すぎない?」


「いつも入り口の水場で鎌研いでるじゃん?」


「バッカおめぇ得物の手入れは狩りのいろはのいなんだぜぇ」


 と見直す人も出てくる中、郊外に魔物が出没するようになる。牛より大きく頭が三つ生えた異形の狼だ。




 よく手入れされ、手に馴染む得物と使い慣れた装備に身を包んだ主人公がギルドの受付カウンターに姿を見せる。


「薬草摘み、行ってきます」


「お前ならやれる」


「行ってこい」


「あの三首を屠ってやれ」


 グレンを始め、ギルド冒険者たちの励ましを受け、主人公は見事光首の狼を討伐、鉄拳制裁を喰らわせたギルド監督官を見返す。






 …………それが今商業都市で活躍する白銀の剣華リーダーである。




 白銀の一等星~商業都市の剣の華より抜粋






 昼下がりのギルド休憩所で、新しく入荷された書籍を読み終わったところだった。


 顔なじみのギルド事務員メリッサが水の入ったグラスを両手に「相席いいかしら」と聞いてきた。苦虫を噛み潰したようにめちゃくちゃぶすっとしている。百人が百人間違いなく彼女は不機嫌だと察せる形相だ。


「メリッサ、仕事は」遠回しに却下したのに真向かいにどっかり腰を下ろされた。現時点では、まだ当たり散らかす程分別は見失っていないようだ。


「昼休憩よ。ところでどう?それ。読み終わった感想は」


 と僕が卓に置いた書籍を指さす。これは旅団の列伝を出したい、と王都の活版業者が持ってきた見本だ。多分、先日の獣竜討伐で王都でも【商業都市の旅団・白の剣華】が一躍有名になったのにかこつけての便乗商売なんだろう。


「実在しない幻獣が出てくる時点で実在する人の伝記としてアピールするのはどうかって気はするけど。悪くはないんじゃないかな?」


 そう答えると、はぁ、分かってないわと言わんばかりの勢いで首を横に振られた。


「とんだ嘘八百本よ。こんなの置かせるわけいかないわ。ギルドが一人で薬草詰みとか行かせる訳ないじゃない。あんただって知ってるでしょう?」


 僕は内心ほぞをかんだ。やっちまったとほぞを噛み締めた。しまった。不機嫌の原因はコレか。


「郊外に魔獣がうろついてる緊急時に、『薬草詰み行ってきます?』訳がわからないわよ!そんなスタンドプレー許可出るわけないでしょ!ギルドの管理体制が疑われるわよ!」




 そうなのだ。この商業都市は冒険者がギルド本部の門戸を直接叩いて冒険者登録を済ませ、個人単位で依頼を受けて獣を狩る事はない。


 まず旅団に所属が鉄則だし、ギルドから旅団への依頼は害獣駆除処理やインフラ整備やキャラバン護衛がもっぱらだ。個人業務なんて許可が下りるわけがない。


 メリッサの逆鱗に触れ虎の尾を踏みつけた僕に、更に食ってかからんばかりの勢いで一気呵成にまくし立ててきた。


「『真っ直ぐな針の尾を持つ魔蠍がレイピアの如き毒針を振りかざしねらいを定めて何度も突きを繰り出す』?蠍の針は鉤爪!本物の蠍見たこともないの?この著者は」


 言う割にはしっかり読み込んだようだ。


「楽しんだのなら許してやれば?」


「良くないわよ。こんな与太を鵜呑みにして商業都市にやってくる連中がほとんどなんだから。ギルドは夢物語をお膳立てする場所じゃないのよ」


 尤もだ。ごくごくまれに討伐隊が組まれることがあるけど、そんなのは100年にあるかないかの非常事態だ。先日本当に獣竜が出て剣華団が討伐に出た事があったけれど、その時は都市中が臨戦態勢のような騒ぎになった。日中は勿論、夜間でも常時開け放たれている商業都市の正門が閉じられるのなんて初めて見たし、うちの飲んだくれリーダーも流石に真顔で都市に侵入されたときの住民の避難経路の確認や迎撃準備にあたってた。




 白状すると、最後に主人公が剣華リーダーだと記されるところまでは読みふけってたとメリッサは大層悔しがった。


 どうやら良くできた空想小説だと思っていたところが実はドキュメンタリーの体だったという、ある種の騙し討ちに引っかかったのがメリッサのヒステリーの原因で、きついダメ出しはその反動のようだ。


 確かに剣華リーダーはそんな単独行動をとるような人ではないし。どこでどんな取材をしたのかかなり怪しい書籍である事は間違いない。






「この調子じゃ王都でどんな尾鰭がついてるか知れたもんじゃないわ」とメリッサが大きくため息を吐き、肩をそびやかした。存分に鬱憤を晴らし終えたようだ。


 そこでようやく僕はグラスの水を口にした。淹れたときは冷えていたのだろうけれど、中の水はすっかりぬるくなっている。長い話だったもんな。


「大体剣華が都出身って。あの人南方出身だし」


 僕は自分の眉根が寄ったのを自覚した。理性的になってもダメ出しはまだ続くのか。


「それに赤毛のグレンってあれ多分あんたんとこのリーダーよ?」


「は?」


 赤の舞踏から赤のイメージで赤毛。同じく赤のイメージから紅蓮でグレン。そうメリッサに説明されてようやく理解した。


 なるほどね?全然気がつかなかった。でもだよ。


「いやいやご冗談を。うちのリーダーがあんな格好いい訳ないでしょう」


 と言い返して残りの水をあおる。


「そこじゃなくて。剣華は舞踏より年上なの」


 食道に流し込んだつもりの水は勢いよく気管に流れ込んだ。僕はグラスの水を盛大に噴きこぼした。


 うちの冴えないおっさんが剣華リーダーより若いだって?!


 知らなくてもいい何かをしってしまった気がする。




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