追放狂言

あかくりこ

第1話 追放狂言


「すまない、追放されてくれ」

 旅団のリーダーに頭を下げられた。

「事態の収束を図るにはもうこれしか方法がない」

 リーダーの声は震えていた。




 僕が所属する旅団「赤き舞踏」は半日前に行商の小隊の護衛任務を終えて街に戻ってきた。

 ここは国王の城を中心に城下に広場を囲うようにグランドバザールと小規模な市場が点在する商業都市だ。

 拠点に戻って武装を解いて、リーダーにギルドへ行って報酬を受け取ってくるよう使いを頼まれた。




 三日前に危険な任務に赴いて見事に獣竜を討ち果たした大旅団「銀の剣華」の帰還が重なって、グランドバザール商工会とギルドは大わらわだった。

 広場では獣竜解体業者の手続きやら革職人の手配、財務会計部門、庶務企画部門、土木整備部門のギルド員と商工会の面々が駆けずり回っている。バザールに面したギルド直営の宿では大旅団の祝宴の準備でおおわらわだ。楽団やら鼓笛隊の調律も聞こえてくる。

 ギルドの旅団窓口も事務員さんが忙しなく指示を出したり書類の確認をしている。

 受付の卓であれでもないこれでもないと書類をひっくりかえしている馴染みの担当がいたので声をかけた。


「メリッサ、報酬を受け取りに来たんだけど」


「ああ、あんた?受け取り口に用意してあるわ」


 と顎で横の窓口を差し示す。


「国王までお出ましになるとかでさっき先触れが見えられたのよああ、あったこれよこれこれ」


 そう言い残して紙の束を引っ掴むとバタバタと奥に引っ込んでしまった。

 大変な時に来ちゃったな。あとでなにか埋め合わせをしよう。


 受け取りの棚には茶色い革袋が置いてあった。

 一つだけだから、これがうちの分だな。持ち上げるとなんだかずっしりと重い。

 旅団に帰って開けてみると、金塊がゴロゴロ入っていた。

 この商業都市のギルド報酬は、依頼主の聞き取りと任務に同行したギルドの監視人から勤務態度やらなんかのチェックが入り、報告を吟味したギルドの査定で決まる仕組みだ。

 商隊の護衛の相場は大体紙幣十枚から十五枚が妥当な線。信じられない高報酬だ。


「うっひょ、弾んでくれたねぇ」


「獣竜の縄張りを突っ切ったからだな」


 最速でという依頼主のニーズに応えたボーナス。有り難う、次もウチを指名してくれると嬉しいです。

 旅団メンバーがうきうきと金塊の山分けを始め、女子メンバーが今夜はごちそうねとバザールに出向こうとしたところで、革袋の中を覗いたリーダーがうぇえとひきつったような変な悲鳴をあげた。


「どったのリーダー」


「ここここここここれ銀の剣華の報酬だ」


 え。


「領収書が入ってた」


 この場にいる一同全員の顔から血の気が引いた。


 依頼主に対してインチキやごまかしのない旅団と業者を多数抱える、それがこの商業都市ギルドの誇りだ。反面、旅団や業者内部の犯罪にはめちゃくちゃ厳しい。

 そして今の僕たちは傍から見れば他旅団の報酬をちょろまかして大喜びしている構図だ。誰がどう見ても立派な窃盗行為。発覚すれば広場で公開処刑待ったなし。


 僕をメンバーがヒソヒソと吊るし上げ始めた。


「何間違えて持ってきてんだよ」


「窓口にこの革袋一つしかなかったんだってば」


「えぇマジか」


「嘘じゃないって言って誰が信用するんだよ??」


 嘘は言ってない。窓口には革袋をが一つしかなかった。問題はそれを僕が持って帰ったところをギルドの誰も見ていないのだ。善意の第三者がいない状態での身の潔白を証明。

 みんなが頭を抱える中、突然「許せ!」とリーダーが叫んで僕に頭を下げてきた。何事かと僕は勿論、旅団のメンバー全員がリーダーの方に向き直る。


「事態の収束を図るにはこれしかない、追放させてくれ!!」


 降ってわいたリーダーのトカゲのしっぽ斬り発言に団内は蜂の巣をつついたような状態に陥った。いきなり何言いだすんだこのおっさん!?


「うぇええええ嫌ですよ!!」


「お前を突き出せばみんな救われる!」


「そんな短絡的な」


「そこをなんとか」


 縋りつかれた。

 リーダーのメンツってもんはないのかアンタ。と言いたいところだけどこの赤き舞踏も創設時にゴタゴタがあって設立者で初代リーダーが失踪、全員でリーダーに役職を丸投げした負い目があるから僕もみんなも強く言い出せない。こんなしょぼくれたおっさんでも誰も就きたがらないリーダーをやってくれてるから旅団はなんとか存続しているのだ。

 だけどそれはそれこれはこれだ。退くわけにはいかない。退いたら負けだ。退くまいぞ。


「僕だって生活ってモンが!明日からどうやって暮らしていけばいいんですか!」


 僕とリーダーの不毛なやり取りを聞いていたメンバーが、流石に見かねたというかあきれた様子で口を挟んだ。


「リーダー、みんなで謝りに行こう」


「剣華の連中も分かってくれますって」


「お、お前ら」


 よくわからない感動に包まれる拠点。

 そこに剣華のリーダーがやってきた。


「やぁ、リーダーはいるかい?」


 さわやか好青年がいい感じに年齢を重ねたといった具合のスマートな中年男性だ。東洋の神様の彫刻みたいな白銀の甲一揃えを纏って煌びやかな裳を靡かせた姿はまさに銀色の剣の華。


「剣華の」


 リーダーが剣華に歩み寄って「いいぜ。ギルドに突き出すなりなんなりしてくれや」と両手でこぶしを作って剣華に突き出す。

 剣華のリーダーは何を言っているんだ?という表情でうちのしょぼくれたおっさんに茶色の革袋を差し出した。


「うちの新入りが間違えて君のところの報酬を持ってきてしまってね、お詫びがてら返しに来たんだよ」


 え。


「よかったら今夜の祝宴、君たちも来てくれたまえよ。全額ギルドとバザール持ち、だそうだ」


 それだけ言って、剣華のリーダーは帰っていった。

 本来受け取るべきギルドの報酬を忘れたまま。










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