黒猫が満月を見て涙する

烏川 ハル

第1話

   

「はい、それでは今日はここまでです。みなさん、さようなら」

 塾の先生がパタンとテキストを閉じると、まるでそれを待っていたかのように、終業のベルが鳴り響いた。

 この先生は毎回、その日のカリキュラムを時間ピッタリに終わらせるのだ。これは凄い才能に思えて、いつも私は感心してしまう。

 そんな感嘆の眼差まなざしで、先生が教室から出ていく姿を眺めていたら……。

 横からポンと肩を叩かれた。

範子のりこちゃん、一緒に帰ろう!」


 私の親友、真由まゆちゃんだ。そちらを見れば、ハーフリムの眼鏡をかけた丸顔に、いつも通りの優しい笑みを浮かべていた。

 ただし私に声をかけながら、微妙に目が泳いでいる。別に動揺したり隠し事があったりするわけではなく、他に視線を向けたい相手がいるのだろう。

「私でいいの? 築山つきやまくんと帰りたいんじゃないの?」

「やだなあ、そんなわけないでしょ? ……あっ、範子ちゃん! ダメだよ、そっちジロジロ見たら迷惑だから!」

 私がガバッと体ごと向きを変えて、教室の左後ろを見つめると、真由ちゃんが少し慌て始めた。

 その「教室の左後ろ」では、男の子のグループが集まって、帰り支度をしている。彼らの中心にいるのは、ちょうど私が名前を出したばかりの築山くんだった。


 築山くんは、私や真由ちゃんと同じ中学校で、クラスも一緒。外見的には中性的なイケメンであり、下手な女性よりも整った顔立ちをしている。

 内面的には、まず運動神経が抜群。サッカー部ではエースストライカーと呼ばれているらしい。勉強もよく出来て、さらにカリスマ性の強いタイプなので、クラスでは学級委員を務めている。運動会や文化祭など、学校行事の際にはリーダーシップを発揮して、上手くクラスをまとめていた。要するに、私たちと同い年とは思えないほど、凄い男の子なのだ。

 あまりに凄すぎるせいで、私は築山くんを遠い存在に感じてしまい、憧れたり好きになったりすることはないのだが……。私みたいな女の子は、少数派かもしれない。

 築山くんはよくモテるし、例えば私の親友の真由ちゃんも、彼のことが大好き。今この塾にかよっているのも「築山くんと同じ塾で勉強したい!」というのが一番の理由であり、そんな真由ちゃんに強く誘われる形で、私も塾通いを始めたのだった。

   

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