第18話 庶民の味
ポケットには先ほどもらったコインがある。これだけあれば、飲み食いには困らないだろう。
「ところであるじよ、なぜ、こんなことをする必要があるのだ? あとで怒られるだけだと思うが」
「だからいいんだよ。言いつけを守らずにどこかへと行ってしまった第三王子。きっと大騒ぎになる。そうすれば、俺のことをとんだ問題児だと、みんな思うことになるはずだ。もちろん怒られるだろうけど、その分だけ悪評も立つはずだ」
ニヤリと笑いながらシロを見た。シロはもちろん「わけが分からないよ」みたいな顔になっている。
これは一度、しっかりとシロに話すべきかな? いや、秘密にしておこう。そうすれば、シロが俺に加担したことにはならないはずだ。追放されるのは俺だけでいい。
「なるほど、悪評を立てて、城から追い出してもらおうということか。あるじは子供だからな。自ら出て行くのは難しいか」
「な! なんで分かったの?」
「わが輩を甘く見るでない。これでもあるじよりも長生きしているからな。そうか、それなら今回の行動も納得だな。それでは、自由気ままなこの時間を、存分に楽しむとするか」
シロがニヤリとした顔でこちらを見た。頼もしいな。まさか魔王を頼もしいと思う日がくるとは思わなかった。人生、何があるか分からないな。俺の悪役王子作戦もうまく行ってくれるといいんだけど。
シロと一緒に人混みを抜け、裏路地へと出た。ここなら大通りほどの人目はないし、だからと言って人がまったくいないわけでもない。この付近ならば安全だろう。
まあ、襲われたところで返り討ちにするだけだからね。剣もあるし、なんだったら素手で相手を制圧することもできるだろう。
今の俺にはとんでもない量の魔力があるからね。しかもその魔力を使っても、しばらく時間を置けば元通りだ。冷静に考えてみると、とんでもないな。
そんな自分の力を冷静に分析しつつ、まずは腹ごしらえをすることにした。たぶんフレドリックお兄様も、市場へ行ったあとは休憩にするつもりだったはず。そろそろおやつの時間だからね。
「お、あれは屋台じゃないか。一度、食べてみたかったんだよね。毎回、素通りしていたからさ」
「ふむ、王城で出される食べ物に比べると洗練されてはいないが、いい匂いがするな」
「本当だね。さっそく食べてみよう」
店のおじさんは身なりの整った俺が来たことに驚いていた。こんなこともあろうかと、なるべく地味な服を選んだつもりだったのだが、それでもまだまだ派手だったようである。
でも、これから服飾店へ行って、着替えるわけにはいかないしな。今着ている服をどうするのかという問題もある。
だがしかし、お金の力は偉大だったみたいだ。お金を渡せば普通に商品を売ってくれた。どうやらウナギのかば焼きのような物みたいだね。ちょっとしたこげと、甘く漂うタレの香りが素晴らしい。
「これはおいしい予感がする」
「わが輩にも分けてくれ」
「もちろんだよ」
シロと二人で何かの串焼きを食べる。うん、淡白だけど、タレとよく合っておいしい。きっと秘伝のタレなのだろう。なんの肉なのかな? 細長い生き物みたいだけど、ヘビではなさそうだ。
串焼きを食べたあとは飲み物だ。どこかにおいしそうな、まだ見ぬ飲み物はないかな。
「先ほどの串焼きはなかなかのおいしさだったな」
「あのタレがよかったよね。お城でも再現してほしい」
「うむ、それはそうだが、王族があれを食べている姿はちょっと想像できないな」
「ここにそれを食べていた王族がいるじゃん」
どうやら早くもシロの中で俺は王族ではない扱いになっているようだ。まあ、それもよし。先ほどの俺の言葉も、ほとんど冗談である。
もちろんシロもそれを分かっているようで、「あるじは王族らしくない」と笑っていた。
俺から言わせると、シロは全然魔王らしくないぞ。本当にこの世界を征服するつもりだったのか、すごく疑問である。
あのときカルト信者の魔力をエナジードレインで吸い取ったのも、あの男が俺たちを殺してくれと言って、鬱陶しかっただけなのかもしれない。結局、その男は殺さなかったし。
「どうしたのだ? わが輩の顔に何かついているか?」
「いや、大丈夫そう。よく器用に汚さずに食べたよね」
「ふっふっふ、わが輩を見くびるでないぞ?」
得意気な顔をしているけど、それって猫であることに順応してるってことだよね? あまり自慢できるようなことではないと思うんだけど。まあ、シロがいいならそれでいいか。
「む! あるじよ、あの飲み物が気になるぞ」
「なになに、つぶつぶおいしいイモノキ入り! だって? それってタピオカティーじゃん!」
「タピオカ?」
思わずツッコミを入れてしまった。同じことを考える人って、やっぱりいるんだね。俺もあのつぶつぶの、にゅるんとした食感が好きだよ。
「いや、なんでもないよ。シロが気になるのならあれにしよう。大丈夫だと思うけど、のどに詰まらないように気をつけて飲んでね」
「そんなに危険な飲み物だったのか!?」
驚くシロ。どうやらシロの住んでいた第六世界には、危険な飲み物はないようである。
もしかすると第六世界は、この世界よりも平和なのかもしれないな。だってシロが征服できる世界だもんね。
「何やらあるじから生暖かい視線を感じるのだが……」
「気のせいだよ、気のせい。さ、飲み物を買いに行こう」
そんなわけで、お店の一番人気のイモノキティーを購入した。味はストロベリーミルクである。
めちゃくちゃうまい。王族が飲むような上品な物ではないが、肩の力を抜いて、安心して飲める飲み物だ。王城でも出してほしいくらいである。
「とってもおいしい。イモノキもいい食感だ」
「ふむ、美味だな。飲み物にこのような物を入れるとは。よく考えたものだ」
「飲み込まずにちゃんとかみ砕くんだよ。そうじゃないとおなかに負担がかかるからね」
「分かっておる」
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