カードと猫と〈プレモン〉世界ニューゲーム

ニシキギ・カエデ

第1話 〈プレモン〉世界で異常発生。テレビから異世界へ




 社会人は大変だ。とても大変だ。早く帰ってゲームがしたいくらい大変だ。大変すぎて疲れているとちょっとミスをするくらい大変だ。


 そして今日は割と疲れていたせいで珍しくミスってしまった。

 おのれ部長め、ちょっと取引先とのメールで誤字って「勝利いたしました」って送ってしまったからって、社内であんな大声でツッコミを入れることなんてないのに。

 なんか記憶に部長のあのツッコミがくっついて離れなくなっちまったじゃないか。

 脳裏にあの時の部長の言葉が甦る。


「おいぃぃ!?!? 『勝利・・いたしました』ってなんだよ!? そこは『承知・・いたしました』だろ!? なんで『勝利いたしました』になっちゃうの!? いやな、パソコンでTとRの打ち間違いなんてよくあるさ、俺だってよくやるよ。だけどさ、『勝利いたしました』なんてミス初めて聞いたわ! しかもなんでそれを先方に送っちゃうかな!? 先方笑い転げて大変だったんだぞ!? おかげで商談がよくわからないうちに纏まっちゃったじゃねぇか!?」


 あの難しいと思われていた商談が纏まったんだから俺も貢献出来たということだろう。

 まさかの事態である。

 災い転じて福となすってやつかな? ちょっと違うか?

 おかげで今日はなんか定時に帰らせてもらえたよ。やったぜ!


 それにしても部長のツッコミのキレが半端ねぇ。あれは相当慣らしていると見たね。ちょっと部長の見方が変わったぞ。

 そんなことを思いながら帰宅。

 帰って来たぜ我が家!


「~~♪ ~~♪」


 今日は良い日だ。思わずハミングなんかするくらいに気分が良い。

 何しろ明日からはゴールデンウィーク。ここ最近無理して頑張って、なんとか中日なかびに休みが取れたからなんと9連休だ。


「ゲームやり放題だぜ!」


 テンション上がる!

 大学を出て社会人2年目。俺の一番の楽しみはゲームだ。

 社会人になって時間は余り取れなくなってしまったが、ようやく纏まった休みが得られたのはデカい。

 この機に積みゲーを片付けるのもいいだろう。


 そんなことを考えながら夕食を済ませ、風呂を済ませ、歯磨きまでして寝落ちしても大丈夫にしてからテレビへと向き腰を沈めコントローラーを握る。今日は寝かさないぞ!(←自分)


「さぁてー、なんのゲームを…………」


 ――――♪――♪――。


「――んん??」


 そこでなぜか妙に気になる、気配? とでも言えばいいのだろうか。なぜか俺は1つのゲームに目が釘付けになった。


「これは……〈プレモン〉? あれ? なんでこんなにやりたいんだ?」


〈プレモン〉とはゲーム名〈プレシャスモンスター16進化〉の略だ。〈プレモン〉とか〈16進化イチローバージョン〉とか呼ばれている。

 ちなみにこれは〈プレシャスモンスター〉がゲーム名で〈16進化〉がバージョン名だ。

 つまりこれは〈プレモン〉の16進化バージョンだな。


〈プレモン〉や〈ダンかつ〉など、数々の名作を世に打ち出しているゲーム大会社〈エデンアーク〉が発売しており、〈プレモン〉はシリーズ化していて子どもから大人まで楽しめる大人気育成型RPGだ。

 初代は4進化バージョンから始まり、6進化、8進化とバージョンを増やしていって、俺が大学1年生の頃に発売されたのが最新作の16進化バージョンだった。

 名前の通り、このゲームの売りは進化にある。

 モンスターをゲットしたり、戦わせたりはもちろん、その育成にもの凄く力を入れているのだ。


 進化のルートは一言では語れないほど多く枝分かれしており、ただLVを上げて進化する通常進化ルートから、特殊な条件を満たして進化させる特殊進化ルートまで、1種のモンスターから何十、何百種類のモンスターへ進化させることが可能、やり込み要素が豊富で大変熱い。

 ゲットするには難易度の高いレアモンスターも当然居て、モンスターをゲットする楽しみから進化を経て自分の理想のモンスターへ進化させていき、時にはバトル、時には友情、果ては家族になることも可能という様々なコンセプトを詰め込んだ作品だ。


 かくいう俺もそんな膨大な進化と育成のやり込みに魅了された者の1人で、学生期間は友人とこればっかやっていた。バトルの種類も豊富で、辞め時がまったく分からなかったんだよ。

 最終的に社会人になって友人と遊ぶ時間があまり取れなくなるまでやっていた。

 あのまま時間があり続ければ、ひょっとしたら続編が出るまでやり続けていたんじゃないかと思うから恐ろしい。


 ちなみに、〈プレモン〉は世代が進むごとにそのモンスターの数が膨大になっていき、最近では開発期間が掛かりに掛かって発売から5年経った今でも続編が発売していない。

 悲しいところだ。


 しかし、大学の頃散々やったってのにまだこれがやりたくなるとか、俺は相当これに毒されているらしいな。

 理性としては積みゲーをやるべきと訴えてくるのだが、俺はゲームについてはやりたいときにやりたいものをやる派なので理性さんはその辺にコロがし、俺は〈プレモン〉の方をやることにした。


「うわぁ~なつっ! 超なつ! 1年とちょっとやってなかっただけなのになんでこんなに懐かしいの? 決めた。今日は寝ない!」


 多少のブランクはあるが、シリーズを全作やって来た俺からすれば操作を間違えるなんてことは絶対に無く、俺は久しぶりの〈プレモン〉をプレイした。


「あ~、把握。ここで止めていたのか~。もうボスの方も裏ボスも天上ホルダーも全員倒しちゃってるからなぁ。何か目的がないと、何を育てりゃいいか?」


 久しぶりに友人呼んで集まるか? 

 ゴールデンウィークを童心に戻って〈プレモン〉三昧で楽しむか?

 いや、さすがに友人たちと言えど〈プレモン〉三昧は難しいか。

 そこまで考えて思い出す。


「そういえば、追加のダウンロードコンテンツが発売してたんだっけ。そっちを買ってやってみるか!」


 仕切り直してパソコンを開き、ネットを見てみると数ヶ月前に追加コンテンツが発売されていた。追加モンスターも200体増えたのだとか。無論〈16進化〉バージョンのものである。これはやるしかない。

 早速追加コンテンツを購入してダウンロード。完了するまでの間攻略サイトで予習しておく。

 ほう? 「はじめからニューゲーム」プレイする人用に〈スタートダッシュカード〉とかあるんだ。新ダンジョンもいくつか増えてる。良いね。


 新しいモンスターは? おお! 猫がいる。未進化である最初の〈ゼロ進〉モンスターの姿が画面に現れた。

 名前は〈カァニャ〉。これは育成しがいがあるな。最高まで育成すると――うわ、〈16進化〉モンスター強っ! かっけぇ!

 えっと、最高峰は〈神猫様〉に〈高潔の猫天使〉、ほう既存の〈バステト〉系にもなるのか。これは育てたい。進化ルートと条件も調べておこう。


 そうしていくつかの追加項目を確認していると、ダウンロードが完了した通知が来た。

 ゲームを再起動。プレイ開始のボタンを押す。


 するとゲーム画面に、やたらと造形力に溢れた立派な城の風景が現れた。

 見たこと無い風景。おそらくオリジナルだな。追加コンテンツ購入特典か?

 画面が切り替わり中に入ると、そこは玉座の間、ではなくどうやら何かの実験室が映し出された。

 なにやら実験をしているようなムービーが流れる。

 そこに堂々と立つ1体の目を引くモンスターが居た。


「お、攻略サイトにあった〈神猫様〉か! これ追加コンテンツの演出か?」


 どうやらこれはローディング画面のようだ。

 ただのローディング画面でムービーを流すとかかなりこってるな。

 実験室の奥にいるのは見覚えがある。とあるボスのいる巨城だ。というかさっき攻略サイトで見た〈神猫様〉のいる新しいダンジョンだ。

 中央に居た〈神猫様〉が大きく両手を広げると、唐突に叫ぶ。


「世界よ変われにゃーーー!!」


 にゃるほど。アップデートですからね、分かります。

 まるで神の猫が世界を変革させようみたいな演出に俺はとても満足げに頷く。


「今日から世界は我ら猫モンがいただくにゃーー!!」


 今回のコンテンツで増えたのは猫系のモンスターが多かったからなぁ。

 こういう演出は大好きだ。ちょっと手助けしたくなる。

 俺は絶対猫モンを育てようと決めた。


 続いて〈神猫様〉が歩き、〈16進化〉に〈新コンテンツ〉とそれぞれ書かれているパズルみたいなものの下へ行く。

 ほほう。おそらくあれをガシャンと合わせることでアップデートが完了するのだろう。

 いいね。

 これは集中して見なければ。――あれ、なんか鼻がムズムズする。あ、くしゃみ出そう。


「ずらすにゃよ! 絶対にずらすにゃよ!? よし、今にゃ! 合わせろにゃ!」


「へぇぇっきしゅんっ!!」(くしゃみ)


「ずーれーたーにゃぁぁぁぁ!???」


「…………へ?」


 画面を見れば意味不明。〈16進化〉と書かれていたパズルと〈新コンテンツ〉と書かれていたパズルが、なんか変な感じに歪んで合わさっていた。完璧にズレている。

 え、失敗した? どういう演出?


 そう思うと同時に画面の映像が歪む。城の中に巨大な銀色のブラックホールみたいな渦が発生していた。


「退避! 退避にゃ! ここはもうダメにゃ!」


「〈神猫様〉もお逃げくださいにゃ!?」


「ふ、配下を守らずしてなにが神猫かにゃ。さっさと逃げるにゃ。これは我が食い止めるにゃ」


「しかし、その規模の次元の歪み、いくら〈神猫様〉といえど無理ですにゃ!?」


「にゃあに、1つ手があるにゃ」


「! ま、まさか、それは!」


「ふっ、そういうことにゃ。我という特大の容量を食えばこいつもキャパオーバーを起こし、これ以上歪みは広がらないはずにゃ」


「か、〈神猫様〉!?」


「世界の全てを猫にする我の野望が潰えるのは心残りにゃったが、案外良い猫生だったにゃ」


 そう呟いた〈神猫様〉が自ら次元の歪みへと歩く。


「世界よ、さらばだにゃ」


「か、〈神猫様〉――――!!」


 そうして〈神猫様〉を飲み込んだ次元の歪みは徐々に縮小していき、そして消えていった。


「え?」


 瞬間、なぜか同じ次元の歪みが俺の前にも現れた。


 そして俺は、一瞬で歪みに吸い込まれたのだった。




 ―――――――――――

 後書き!


 例文。

 先程の相談についてですが、勝利いたしました。



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