小さな萩野さんは俺にだけ気が強い

ニア・アルミナート

小さなヤンキー、萩野さん

 2024年10月9日の水曜日。いつものように学校に登校し、下駄箱で靴を履き替えようとすると、中から1通の手紙が出て来た。


 ハート型のシールで封をされた、何ともかわいらしい古典的な手紙である。


 ……ラブレターか。うれしいことはうれしいが、素直に喜ぶことができない。


 告白を受けるのは今年に入って4回目なのだが、前例からしてすでに嫌な予感しかしていない。


 今までの3回が、すごく癖のある子からの告白だったからである。


 1人目は腕におびただしい量の切り傷がある子だった。瞳が酷く濁っているように感じてお断りした。後から噂を聞いたことには、彼女は重度のメンヘラで、切り傷は自傷の跡だったそう。


 2人目は若い女性の教師である。教師が生徒に告白ってまずいと思うし、見なかったことにしてこだわった。異常に息が荒かったのも覚えている。普通に引いた。


 3人目はなんでこれで学校に文句を言われてないのかと疑う黒ギャルの先輩だ。前述の2人に比べるとまともかもしれないが、お断りである。


 こんな感じである。嫌な予感しかしないだろ?


 ここまで来ると俺、西村伊織は癖のある女の子に好かれる星の下に生まれてきたのだと思わざるを得ない。


 俺だって彼女は欲しいが、癖が強すぎる子に縛られるのはごめんである。


 さて、今回はどう断ろうか……。


◇◇◇


「ちっ! あの完璧少年め……。むかつくなぁほんと」


 どういう状況だろうか。手紙に書かれた内容のとおり、放課後に校舎裏に向かうと、同じクラスの萩野りなさんと出会った。


 ただ、今壁を蹴って悪態をついている彼女は間違いなく俺のイメージする萩野りなさんとは違う。


 萩野りなさんは、誰に対しても愛想が良く、文武両道の才女である。今まで二回の定期考査はどちらも2位。運動では女子の中では常にエース。完璧でモテモテの美少女。の、イメージだ。


 今俺の目の前にいるのは間違いなくヤンキーである。


 ちなみに手紙の差出人は彼女ではない。最後に隣のクラスの女子の名前が書かれていた。


 見て見ぬふりをしてここから離れよう。と、したその時、俺は運悪く足元にあった枝を踏んでしまった。


 枝が折れる乾いた音が響く。


「誰!?」


「げ」


 俺と萩野さんの目があう。いつもの完璧美少女の裏面を見てしまったらしい俺、ピンチじゃね?


「違うんだ萩野さん。俺はその……これの約束で。今来たばかりなんだ。何も見てないよ?」


「自分から見たって言ってるもんでしょそれ。最悪」


 ごまかし作戦、失敗。彼女はこちらに近付いてくる。


 背のびをした彼女は俺の胸倉をつかむ。


「私の裏側見といて何もなしってのはないでしょ。覚悟はいい?」


「ご、ごめん、そんなプルプルしながら言われると、笑いが……ふっ」


 今、彼女は無理して背伸びをして俺の胸倉をつかんでいる。威圧感を与えようとしているつもりらしいが、腕がプルプル振るえているのである。


 彼女と俺との身長差は30センチ近くある。それはまぁ、そうなるよな。


 行かん、笑いが……。


「くぅーー!! ほんとに私の神経を逆なでするやつ!」


「悪気はないんだ、その……。ごめん?」


 身長146cmの萩野さんは、俺の胸倉から手を放し、背伸びをやめ、俺の事を見上げる。


「もう、見られてしまったものは仕方ない……。次の約束を守ること。1、絶対に私の裏側を誰かに話さないこと。2、毎週土曜日、私にラーメンをおごること。3、私の暇つぶしに付き合うこと」


「1はまだわかる。ちょっと2番学生にはきつくない?」


 毎週ラーメンて。どれだけの値段になると思ってやがる。


「あなたなら大丈夫でしょ?」


「……」


 確かに大丈夫だが。


「じゃあ、これで決まり。盗み見の代償は重いんだよ」


「は、はぁ」


 俺が面倒なことになったなぁと少し溜息をついたその時、俺がきた校舎裏に入る方から、女の子の声がした。


「お、お二人ってお付き合いしていたんですか?」


「え、いや……」


 あの子は多分この手紙をくれた子だな。見た目は普通の女の子だ。


「そうですよね……お二人はお似合いですし。このことは秘密にしておきます。私は邪魔しませんから!!」


 そういって彼女は走り去っていってしまった。初めて普通の子に好きになってもらえたかもしれない。ちょっとうれしい。


「誰?」


「あー多分この手紙の送り主」


 あの子、どうやら勘違いしているようだったし、訂正しておきたいな。


「ふーん。じゃ、連絡先交換しておこう。土曜日、忘れないことね」


 何がじゃだよ。まぁいいか……。


「わかった。とりあえず連絡先の交換ね」


「これでいい? じゃあ、私はこれで」


 そういって彼女、萩野りなは校舎裏から去っていった。なんというか、実際は印象と違うんだなあの子。いろいろ苦労しているのかもしれない。


「あ、3の約束覚えてるよね?」


 戻ってきた。


「あーうん、暇つぶしに付き合う的なやつでしょ?」


「今がその時よ。ついていらっしゃい」


「……はいはい」


 彼女に連れられて俺も校舎裏を後にする。暇つぶしっていったい何をするんだろうな。


 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る