第5話

「手加減を期待しないことだ、な」


 前傾姿勢で獰猛な虎の様に敵を睨み、正面のそれに警棒を右逆袈裟に振り上げる。


 120キログラムある全身義肢であるにも関わらず、敵兵は3メートルぐらい吹っ飛んで隣の箱に衝突した。


 アイーダに狼藉ろうぜきを働いたその男は、義肢の保護機能で閉鎖状態になり、身動きすら出来ずに地面に落下した。箱にはくっきり人型が付いている。


「全くもう、いつもパワーで全部押し切ろうとするんだから」


 目の前で何が起きたか理解が及ばず、フリーズしていた敵の背後に、カガミの上司であるシチシ・ツルギがロープで降下してきて、呆れた様子でそう言いながら警棒型パルス式スタンガンで素早く3人を行動不能にした。


 彼女もカガミと同じく全身義肢だが、いくらか背丈も低くスマートだった。


「済まない。始末書は明日までに出す……」


 残り2人をダブルラリアットでもんどり打たせたカガミは、怒られた大型犬みたいにしょんぼりした顔でツルギへ告げた。


「謝る相手は機動隊の連中よ。陽動が後から突入するなんて聞いたことないわよ」

「了解した。それよりアイーダさん……っ!」

「まずは安全確保を優先しなさい!」

「あっ、ああ……」


 かぶりを振って忠告したツルギだったが、カガミは反省もそこそこにアイーダがいる箱にシャカシャカと駆け寄って行きかけ、鋭く言って止めた彼女は額に手を当ててため息をつく。


 相手のプロ並みに戦闘訓練を受けた者は6人だけで、後はほぼ素人に毛が生えた程度の練度であったため、機動隊がホールまで突入する前に2人で制圧しきってしまった。


 安全が確保されたところで、ずらりとエアベッドを並べて臨時救護室にされている下階の小ホールへ、アイーダは救護隊によって運ばれて診察を受けていた。


「またあざになっちまうなあ……」

「本当今日厄日ですね……」

「おう……」


 ベッドに寝かせられているアイーダは、仰向けから首だけ持ち上げ、内出血で真っ赤になったへその上を、その後くっきり痕が残った手首を見てまたため息を吐いた。


「大丈夫だろう、か?」

「少なくとも足は付いてるぜ」

「そうか……」

「――カガミさん、幽霊ではないっていう意味ですよ?」

「……。さ、流石にそれはわかるが……っ」


 アイーダの足をちらっと見て安堵あんどのため息を漏らしたカガミへ、ナビはちょっと意地の悪いにやけ顔で指摘し、カガミは目を泳がせながら反発した。


「分かってなかった間ですね。それ」

「……。それは置いておくとして、どうしてここに?」

「あーっ。今、無かった事に――」

「――ちょっと静かにしてろ。まあ大した理由はねえんだけどな」


 ウザ絡みしようとするナビを制しつつ、負傷した箇所を治療されたアイーダは、起きあがってシャツを戻し、本当にただ単に巻き込まれた経緯をカガミへ言う。


「なるほど……。本当にない……」

「だろ?」

「てっきりなにか嗅ぎつけたのかと……」

「お前も買いかぶりすぎな?」


 そうならお前呼んでるから、と少ししょんぼりしてまぶたをパチパチしているカガミに、かぶりを振りつつアイーダは言う。


「つまり、私を頼りにし――」

「そんなことより! なんで公安さんが出張ってきてるんです?」


 目をかっぴらいて当人比で少し締まりの無い顔になったカガミへ、でかい声で発言を遮りながら、ナビはフロア内のあちこちにいる公安局員を見やりつつ訊いた。


「それは……。いや、ちょっと待ってほしい」


 さらっと話しそうになったカガミは、あと一歩のところで踏みとどまって0課長に指示を仰いだ。


「とりあえず許可は出た。いつも通り他言無用でお願いする」


 数度頷いてこめかみを叩いたカガミは、1人と1体に電脳通信の部屋へと招待する。


「とある筋からの情報で、シアワセ・ゲームス社のハードウェアを利用したテロ疑いの案件が通報されたんだ」


 その内容について、今回のベータテスターをログアウト不可にして〝監禁〟し、おそらく身代金みのしろきんを得ようと画策したテロ案件であることをカガミは説明した。


「えっ、それだけですか?」

「だけ、と言うにはすでに大事件なんだが……」

「何を期待してんだお前は」

「期待、というと語弊ごへいがありますが、デスゲームさせたいとかそういうのかなー、と」

「ないない。これはアタシの勘だけど、開発したやつはシロなんだろ?」

「そうだが……。なぜ?」

「んー? そりゃ、もし絡んでるなら外したら即死の仕掛けを仕込んでるはずだしな」


 そう言われてみれば、とナビもカガミも感心の声を漏らすが、アイーダがその可能性があるものに繋がれていた事に思い至り、ゾッとした様子で1体と1人は方をこわばらせる。


 実際、公安が秘密裏に女性の開発者2人へ尋問をかけていて、アイーダの言うとおり、発注に答えた以外は一切関与してはいない事は確認済みだった。


 ちなみに、そういう使われ方をするとは思っていなかった、ニョロリと背が高い主開発者は、共同開発者の孫娘以外に大目玉を食らった事は報告書に記載されてはいない。


「でも防げてないじゃないですかー。運良く私がいたからアイーダさんは脱出出来たんですよ」

「……面目ない」

「――もっと〝上〟の方で横やりでも入ったか? 本当は朝一にでも行けたのに、ついさっき許可が出てすっ飛んできたと」


 ナビの抗議の意図が込められた視線に、カガミがうつむいてほんのわずかに唇をかみしめた様子を見て、アイーダは電脳通信で彼女へ訊ねる。


「わざわざヘリから降下だったのはそういうことでしたか」

「……私には開示の権限がない情報だが――。間に合わなくて済まない……」


 カガミはそれだけしか答えなかったが、ギュッと拳を握った様子でそれが事実だと察するには十分だった。


「――!? あ、あの……」

「いちいち大げさに暗いんだよ。アタシは多少ど突かれたぐらいで済んでんだ。間に合ってるの範疇はんちゆうで良いだろそこは」

「あ、ああ……」


 のっそりと大きな身体を小さくしているカガミの、垂れている頭をアイーダは雑に撫で、うれしいと混乱が混ざった顔を上げた彼女へ、少し目を細めて励ました。


「ナビちゃんもそうは見えないかもですが、かなり頑張ったんですけどもッ!」

「はいはい」


 尻尾があればブンブン振り回していそうなカガミを見て、ハムスターの頬袋みたいにむくれて自身に頭をグリグリ押しつけるナビを、アタシはドッグトレーナーかなにかか? と呆れつつもアイーダはまんざらでもなさそうに平等に頭を撫でた。


「いちゃついてる所悪いんだけれど、探偵さんちょっとご協力願っても?」


 その周囲だけなんかテロ対応中の空気ではなかったので、ツルギは咳払いをしてそれを吹き飛ばしてアイーダへ訊く。


「なんなりと。ま、アタシっていうかナビにだろ?」

「ええ」

「だろうな。行くぞ」


 アイーダは未練無くなでなでをやめると、二つ返事でツルギの要請に応えて、公安局員がホロモニターとにらめっこしている最奥のコンテナ前へ移動する。

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