第3話 地下闘技場

 日も暮れ、街頭が道を照らしているなか、ウィリアムは縋るように地下闘技場へ向かった。

 それは以前と変わらずそこにあったが、やはり、彼が知っている様子とは違った。明らかに平常より賑わっている。

 下劣な喧騒に紛れて、中から男の叫び声がした。

 何が行われているのかと、人混みをくぐり抜ける。普段自分が使用しているリングが撤去され、乾燥した土が剝き出しになっていた。その中央に傷だらけの中年男性がロープで縛られ、転がされている。質がいいであろうスーツは土と血で汚れ、所々破れていた。体を縄で縛られながらどうにか逃げようと藻掻いているが、四肢のうち二つを失い、加えて屈強な猛者たちに囲まれては、男の運命など決まったようなものである。


 男の隣に立っている、仮面を被った大柄のピエロは高らかに演説をしていた。

 湧き上がる群衆を見ながら、何が面白いのだろうかと不快そうに眉を潜める。

「皆さんお待ちかねのショー……の前に、閣下から皆様へご挨拶です!」

(閣下……?)

 ステージの暗がりからゆっくりとした足音が聞こえる。

 段々姿を現した「閣下」とやらは、意外にも歳にして16くらいの少年であった。しかし、酷い隈と疲弊した雰囲気のせいかもう少し歳を重ねているような印象を受ける。

 群衆のことはどうでもいい様子で、ただ目の前に転がる中年男性を冷たい目で睨めつけた。


「この男は」


 一言。発したその言葉は既に冷たい。


「医者という身分を盾にして幼い患者を寄宿舎へ売ってきた。他人がどうなろうが気にも留めず、それで得た富に誇りさえ抱いている、非常に救いがたい男だ」


「酷い!」「殺しちまえそんなやつ!」

 会場から罵倒が飛び交う。飲みかけの缶やペットボトル、石などが男に投げつけられる。

 それらに確かに堪えながらも、男は「閣下」を睨み付けた。


「……ハッ、君がそれを言うのか!」


 息が止まるほど空気が張り詰めた瞬間、パンッと軽い音が鳴る。


 媚びた悲鳴と下劣な歓声が会場を満たした。





 客の騒ぎも収まらぬ内にウィリアムは外に出た。自分の置かれている状況を把握しようとここに来たというのに、混乱したばかりか非常に不快なものを見せられてしまい、気分は最悪だ。


「おい、君」

「……」

「え、あ、おい、君だってば。無視するなよ」


 苛ついた空気を隠すことなく歩いていたウィリアムに、若い男が話しかけてきた。癖のある青髪と厚いサングラスでその表情はよくわからない。黒いハイネックにベージュのトレンチコートを羽織ったその姿は不審そのものだ。

 けれど。


「なあ、メアリーを覚えているか」


 その一言に思わず振り向いた。










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