第81話
「実はステラ様が領地へ発たれた後、コビーさんが訪ねてこられたんです」
「何の用で?」
「母の名で借金が返された……と」
「え?私が返したのに?」
と私が言えば、ギルバートが
「すみませんね。私がコビーさんに安請け合いした尻拭いを奥様にして頂いて」
と少しだけ投げやりに言う。不貞腐れるな!
「いえ……そもそもは自分の母親が原因なんで……」
と申し訳なさそうにするテオに、
「もう!全部済んだ事よ!それより話の続きをしましょう?」
と私が先を促せばテオは頷いて改めて話を進めた。
「アーロンさんが対応してくれたんですが、ある女性がコビーさんにお金を直接持って来たそうです」
「ある女性……?」
「はい。外見の特徴を確認すると……ユニタス商会で働いていた、あの女性ではないか……と」
私はユニタス商会へ訪ねた時に出迎えてくれた女性を思い出していた。
「その件は今、アーロンさんが調べてくれています。でも、コビーさんはその女性が誰であろうと、母の名で返された借金だったから……という事でステラ様からのお金を返金に来られたんです」
「コビーさんの気持ちは分かるけど、返されても……とりあえずアーロンからの報告を待ちましょうか。でも、テオが私を追って来たのはそれが理由ではないのでしょう?」
「はい。借金の話の後、色々と話しをしていたんです。その時、オーネット公爵家の悪い噂を聞いたと……コビーさんが心配していらっしゃって」
「悪い噂?」
正直、公爵様は社交も苦手でオーネット公爵家自体は恐れられていた。しかし、私の努力により、その印象はある程度払拭されていたと思うのだが……。
「ヴァローネ伯爵領が少し前に飢饉で苦しんでいたのは覚えていらっしゃると思います」
と言うテオの言葉に私は頷いた。
「それがオーネット公爵家のせいだと……」
「は?飢饉が?」
「飢饉が……というより、オーネット公爵家にお金を奪われたと。元はと言えばヴァローネ伯爵に入る予定の遺産を、全て横取りしたオーネット公爵が諸悪の根源であり、オーネット公爵亡き後も自分を蔑ろにし続ける……ステラ様のせいだと」
すると、ギルバートが立ち上がり、
「あのクソおやじ。嘘っぱちを!!」
と怒りを顕にする。……こりゃ何かあったんだな……。
「ギルバート落ち着いて。……何があったのか、教えてくれる?」
と言う私に、ギルバートは椅子に改めて腰を掛けると、
「前公爵様が亡くなった事が発端です。その時は既にオリバー様は……様と付けるのも忌々しいですが、ヴァローネ伯爵家に婿入りしておりましたので、オーネット公爵家とは無関係でした。
しかし、前公爵様の遺産を兄弟だから貰う権利があると騒ぎ始めたんです。
実はあの男は……賭け事が好きで、かなり借金がありました。それを知っていたご主人様は、渡す必要の無い遺産をその借金を支払う事で相殺する事にしたんです。
オリバーに手渡してしまえば、また賭け事に使い込むかもしれないからと。オリバーの妻にはその事で大変感謝されておりましたが、オリバーはそれでも、何度か文句を言っていました。最終的には渋々納得したんですがね」
そう言うと呆れた様に肩を竦めた。
「では、奪われたお金と言うのは……」
「多分その遺産の事でしょう。と言っても前公爵様の個人資産分だけですよ?それでももっと貰えた筈だと何度かご主人様に訴えていましたが、ご主人様は耳を貸しませんでした。当たり前ですが」
「それは分かったけど、何故私までそれに巻き込まれてるの?」
と言う私にギルバートは、
「ご主人様が亡くなって、オーネット公爵家を手中に出来ると考えていたのでしょう。その金も、名誉も。愚かとしか言いようがありませんがね。それをステラ様に邪魔されたとでも思っているんじゃないですか?」
と言った。
「は?そうしろと言ったのはギルバートじゃない?!」
と私が口を尖らせれば、
「それも全てご主人様のご遺志ですから」
とサラッと言ってのけた。……やっぱりギルバートとは気が合わないわ。
「じゃあ、私のせいで飢饉を乗り越えられなかった……そういう事ね?それを周りに吹聴していると」
と私はため息をついた。
「アーロンさんも、それを聞いてかなり怒っていました。コビーさんはステラ様を心配して教えて下さったんですが、殆どの方がヴァローネ伯爵の言う事にあまり耳を貸していない様子だと。
しかし……ヴァローネ伯爵領の領民の中には、ヴァローネ伯爵の言う事を信じている者もいるし、オーネット公爵家を恨んでいる者……ステラ様を恨んでいる者もいるらしい……と」
というテオの言葉に、私はテリーがヴァローネ伯爵領出身だった事を思い出していた。
「ヴァローネ伯爵の言う事を信じる……と言うより、誰かのせいにしたいのかもしれないわね。誰かを恨まなければ、やってられないのかもしれないわ。自分達の生活が苦しいのは……あのステラ・オーネットの責任だ……ってね」
と言う私の言葉にテオは顔を歪めた。
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