第14話

「ステラ様は本当に博識で御座いますわね」 とパトリシア様は微笑んだ。


「実家では暇を持て余しておりましたので、本を読むぐらいしかする事がなかったのです。まさか、パトリシア妃殿下に講師をしてくれと頼まれるとは思ってもみませんでした」

と私は答えた。

本当は今も絶賛、公爵様にこき使われているからなんだけど。


「公爵夫人と仲良くしてもらってから、パトリシアは前より随分明るく笑うようになった。有難いと思っているよ」

とパトリシア様の隣の殿下は笑って、


「じゃあ、これ以上二人の邪魔をする訳にはいかないから、私は退出するとしよう」

と部屋を出て行く。去り際にはパトリシア様の頬にそっと口づけをする事を忘れなかった。仲睦まじい二人だ。


私達は殿下の背中を見送ると、


「さて…と。パトリシア妃殿下がお知りになりたいのは、この国の特産物である鉄鉱石についてでしたわね。でも、これならば私なんかより詳しい学者が沢山いらっしゃるでしょうに」

と私が困ったように言えば、


「確かに沢山居るでしょうね。でも私が習いたいと思うのはステラ様だけだわ」

とパトリシア様は私の手を握った。

パトリシア様は王太子妃となって数ヵ月後、体調を崩して寝込む事になってしまった。

原因は『王太子妃という重圧によるストレス反応』 そんな時、私は、王太子殿下にパトリシア様の話し相手になってくれないかと頼まれたのだ。

パトリシア様は自分の不安を私に吐露する事で、少しずつ回復していった。


それから約五年。 私は定期的にパトリシア様とこうして二人で話す機会を設けている。今までは他愛もないお喋りに終始していたのだが、そんな中、パトリシア様に講師になって欲しいと頼まれたのだ。

パトリシア様との関係は私の社交界での立ち位置を押し上げてくれた。

私にも、とてもメリットがあった事は間違いない。


「ステラ様の事、私は自分のお姉様だと思っていますの」

と私はめちゃくちゃパトリシア様に懐かれている。

これが私の王都を離れ難い理由の一つだ。 公爵様が引退して領地へ引っ込むなら、私も自由にどこかへ旅にでも出ようかとも考えた事もあったのだが、パトリシア様を放ってはおけない。

ならば、離れを……と考えた私も彼女を気に入っている事は間違いない。


オーネット公爵家と王家の関係というのは微妙だ。代々発言力も経済力もあるオーネット公爵家が宰相という地位を手に入れなかったのも、これ以上オーネット公爵家に力を持たせたくないという王家の思惑があることを、私は嫁いでから理解した。

だが、私にはやはりずっと納得出来ていない事があった。 それは、私との結婚が王命であったという事。 そんな事、はねのける力ぐらいオーネット公爵家にはあったのではないかと思うのだ。

まぁ、ここで一つ言っておかなければならないことは、王命は『直ぐ様自国の令嬢と結婚する事』で決して『中流伯爵のホーキンス家の行き遅れ令嬢を娶れ』というものではなかったという事だ。 私を選んだのは他でもない、あのギルバートであるという事をここで付け加えておきたい。


私は昔、一度公爵様に尋ねた事がある。


「何故私をお選びになったのですか?」と。 公爵様は一言。


「私が選んだ訳ではない。ギルバートが選んだんだ」

と言った。 ギルバートと言えば、私が嫁いだその日から、私に対して良い感情を持っていない事を露にしてきた人物。

その彼が私を選んだ?俄には信じがたい。 私は好奇心からギルバートに、


「何故私だったの?」

とこれまた尋ねた事がある。


「ご主人様から適当なご令嬢を見繕ってくれと言われましたので」

とギルバートは答えたが、それでは私の質問の答えにはなっていない。


「『適当なご令嬢』ならまだ他にたくさん居たでしょう?私が知りたいのは……そうねぇ。選考基準……とでも言うのかしら?何故『私』が一番適当だと思われたのか、なんだけど」


「では、正直に。まずこのオーネット公爵家に相応しい家柄で選ぶのであれば、侯爵家以上のご令嬢を選ぶのが筋でしょうが、ご主人様は結婚はしても子作りをするつもりはないとのご希望がありましたので、あまりに高貴な血筋の者では、後々面倒な事になります。

かと言って男爵や子爵では釣り合わない。伯爵で尚且つあまり野心的でない家……というのはそうそう多くはありませんでした。

それに直ぐ様結婚しなければならない事を考えるとすでに成人したご令嬢が望ましい。となれば自ずと絞られて参ります」

とギルバートは涼しげな顔で言った。

…ちょっと待て。この結婚が最初から『白い結婚』になる事をこの男も知っていたという事か。

確かに、この屋敷の者から子どもを望む発言など聞いた事がない。それは……ソニアも同じ。

って事はみーんな最初から私がお飾り公爵夫人になる事は承知していたと言う訳ね。

そう、私以外は。

私はそれを知った時、少しだけショックを受けたのだが、それは今ではどうでも良い話だ。

それに続けてギルバートはこうも言った。


「行き遅れのご令嬢であれば、ある程度無理を押し通しても了承すると思いましたので、あの時は奥様が丁度良かったのです」 と。


結婚式をしないとか、一週間で嫁げとか、普通の結婚ではあり得ない。行き遅れであれば、それら全てを飲み込むと思われていたと言うことか。

……実際飲み込んだ訳だけど。 でも酷くない?私ってそんな事で選ばれたの?そう内心もやもやしていると、ギルバートは、


「しかし……こんな性格だと分かっていたら……選ばなかったかもしれませんねぇ」 と一言余計な事を付け加えた。


私は机をひっくり返したい程の衝動に駆られたが、我慢した。

今では、それも遠い思い出だ。

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