第21話 侍女は王に逢いたい
「突然来てしまい、非礼にもほどがあると思っていましたが、会っていただけるとは夢のようだ」
領主で商人というのは国内でも珍しいが、両立させているだけあって人当たりはとても良く感じる。
「お好きなものがあれば手に取ってご覧ください」
そう言ってフレデリクはにこやかに笑った。短めに切った茶の髪に濃い藍色の瞳をしているフレデリクの佇まいは、清潔感があって好感が持てる。
「マデリーン様、よかったら菓子を試食してみませんか?」
差し出されたのは、干した果物が瓶詰めされている物のようだ。興味はあるが、軽々しく手を伸ばすのもどうかと思って眺める。
「果物を干して花の蜜に漬けたものです」
躊躇っていると、まずフレデリクが瓶からひとつ取り出して口に入れた。
大丈夫だということを直接示され、マデリーンも興味には勝てず瓶の果実をひとついただく。確かに花の蜜というだけあって、口に入れた途端、とてもいい香りをした甘さが広がる。
「ふふふ、珍しい味がするけれど、甘くて美味しいわ」
思わず変わってしまう表情がこらえられない。基本的に食べることが好きなので、こういう珍しい菓子には目がなかった。
「瓶詰めということは保存もきくのかしら?」
「干してありますから、ある程度は保ちます、お気に召しましたか?」
「これは焼き菓子にも合うのではなくて? 生地に乗せて焼くときっと美味しいわ」
「ええ、茶に入れるのもおすすめですよ、色々と楽しめる一品です」
確かに茶に入れるというのも魅力的だ。しかも果物はいくつかの種類が漬けてあり、綺麗な瓶が並べられている。
本当に様々なものが並んでいる。そしておそらく王宮まで持って来られないような物もあるのだろう。
マデリーンはフレデリクに色々訊ねながら、並んでいる品を見ていく。
「マデリーン様」
「なにかしら?」
「僕との関係、どうか前向きに考えて貰えないでしょうか?」
「えっ」
慌てて顔を上げると、真剣な表情のフレデリクがマデリーンを見ていた。
「正直、貴方の噂は私もよく知っております、いままでもそしてこれからも口悪く言うものはいるでしょう。損な役回りだなどと言う者だっている」
「それを知っているのに、わたくしをというのは」
「直接会い、こうして話した貴方がとても魅力的だったからです」
真っ直ぐに言われ、マデリーンはぼんやりとした表情でフレデリクを見た。すぐにそのことに気付き慌てて扇で表情を隠す。
そんな様子に、フレデリクがくすりと笑ったのが見えた。
「ほら、僕にはそういう隠しきれない本当の貴方が見えてしまいます」
フレデリクの声音には、マデリーンの機嫌を取るために適当に言っているような雰囲気が感じられない。
「これでも多くの人と取引を重ねてきました、それなりに見通す目はあるつもりです」
「それでも、わたくしをなどと貴方の目は節穴だわ」
「果たしてそうでしょうか」
マデリーンの琥珀の瞳をじっと覗き込むようにして告げるフレデリクに、思わず言葉が返せなかった。
「王都には明日まで滞在しています。本当ならすぐにでもここから貴方をお連れしたい」
「そんなこと」
「ええ、それは出来ないことだと分かっています、それでも明日までに考えて欲しい」
「わかりました」
勢いにのまれたマデリーンは、明日フレデリクに返事をすると約束してしまった。
その頷きだけでも満足したらしいフレデリクは、にこやかな笑顔を浮かべる。
「マデリーン様、持ってきた品はどれも自信のある良いものばかりです、そちらはゆっくり見ていってください」
「ありがとう、フレデリク様」
それからマデリーンは、トレサとともにフレデリクが持ってきた品々を、ゆっくりと見せてもらった。
フレデリクは、商品に関することからさらに王都では見られない光景や風習の話などまで、豊かに膨らませた話をいくつもしてくれた。
最近では厭われることに慣れていたマデリーンには、それはとても楽しいものだ。いくつかの品を購入することを決め、フレデリクに挨拶をして部屋から出る。
夢中になっているうちに、あっという間に時間は経っていた。
部屋へ戻るために王宮内を移動しながら、マデリーンはそっと息を吐く。
フレデリクとの話はとても楽しかった。マデリーンとの仲を考える者なんて、碌な者じゃないと思い込んでいた己を恥じるくらいに、心地よい時間を過ごせた。
多くの知識と、それから人好きのする笑顔を持ち合わせた彼の誘いを断る理由がうまく見つからない。
それなのにマデリーンの、マドカの中では頷くことは違うとずっと思っている。
何故この縁談を断ると決めているのか、それがわからないからずっと悩んでいた。
「明日、お返事しなくてはならないわ」
ぽつりと呟き、そっと窓の向こうへ視線を向ける。窓の外には東の庭園が広がっており、その向こうにはヴィンセントの執務室がある。
マデリーンの正体がばれてもヴィンセントは咎めることはしなかったし、話を聞いてくれた。それどころか、マデリーンもマドカだと認めてくれる。
侯爵令嬢と一緒にいたことだって、正直に聞いたならたいしたことのない理由が返ってくるかもしれない。
「どうしたらいいのだろう」
誰にも聞こえないように、そっと呟く。世間がマデリーンに望んでいるのは、早く追放されて王宮から出ていくことだろう。
分かっているのに、どうして動かないの。
一晩考えたって答えは出そうにないと思いながら、マデリーンは窓越しに庭園を眺めた。
部屋に戻ったマデリーンは、気持ちを切り替えるためにすぐに着替えを始めた。
もうかなり遅い時間なので、侍女としての仕事は残っていないだろう。そもそもトレサが頻繁に付くようになってから、マドカの仕事はほとんどない。
「光よ、我がもとに」
夜になって思わず来てしまったのは、あの最奥の庭だ。王宮の中でも一番奥にある庭は、マデリーンの部屋が最も近く、その次に近いといえばヴィンセントの寝室くらいなので、出入りするものはいない。
いくつかの光を魔術で出して宙に浮かべると、マドカはいつもそうするようにしゃがみ込んだ。
そうしていると心が落ち着いて、うまく切り替えられる。
先日、ヴィンセントが待っていると伝えられた時は来られなかった。
あの時逃げたのはマドカなのだから、ヴィンセントはもう来ないだろう。
「やっぱり、フレデリクさんと一緒にいったほうがいいのかな」
この場所でヴィンセントに会えたところで、相談するわけにはいかない。それは反則というものだろう。
フレデリクのためにも、マデリーンのためにも、きちんと己で考えて答えなければならないのに。
「どうして、陛下に会いたいって思うんだろう」
マドカは静かな庭でしゃがみ込み考え続けていた。
「ヴィクトル叔父様に、一緒にいようって言われた時だってこんなに悩まなかったわ。なのに、どうしてわたしは困っているの」
理由なんてわかっている、マドカもマデリーンもヴィンセントに惹かれているからだ。彼との会話はとても楽しく心地良い。
マデリーンは彼の前から去り、この王宮から追放される必要があるにもかかわらずだ。
「美味しい水産物があるって、言っていたっけ」
流通日数の関係で、王都にはないものが数多くあるらしい。それらを是非マデリーンに見せたいと言われた。
「蜜漬けも美味しかったし」
土産だといくつか瓶も、あの少し後で部屋に届けられた。
「ほんとうに、どうしよう」
ぐるぐると考え込みながら、マドカは膝を抱えてそのなかに顔を埋めた。
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