第4話 呼び出しの理由と追及
ヴィンセントが怪訝な表情を浮かべてこちらを見ているが、とりあえず無視する。
適当に積まれている書類を次々と捲っては、仕分けして積み直していく。しかしとてもじゃないが、片手間に出来る量ではない。
思わず、愚痴のような嫌味のような本音がマデリーンの口から出た。
「若い国王陛下への課題でしょうけど、無能さを捧げる価値はあるのかしら」
「やれやれ、耳が痛いですね」
ローレンスはゆっくりと首を動かして肩をすくめた。ここをこんな惨状にしておいて、まだ落ち着き払っているなんて、よほど仕事に自信があるのか。
余計なことはしたくなかったのに、マデリーンはいつの間にか執務室の書類整理に没頭していた。
ここにある書類のほぼ全て、わざわざ王の前に持ち込む必要などないものばかりだ。一通り把握しておきたいと言ったのか、そう仕向けたのかはわからないが。これじゃ逆に仕事を増やす結果にしかならない。
「良かったあ、魔女よ女神よマデリーン様ーッ!」
「やっと来たわね、小豚」
書類の仕分けに飽きてきたくらいのタイミングで、小柄な男が勢いよく執務室に飛び込んできた。さきほど呼びに行かせたディアンがようやくやって来たのだ。
なにかひどく慌てた様子のディアンは、王の執務室なのに戸も叩かないどころか、挨拶もすっ飛ばしてマデリーンに縋った。
「どうか助けてください! この書類にそれぞれ、サディアス様とフロルド公爵の署名が必要でして」
どうやら王のことは全く見えていないらしい。そういえばそういう男だったと思い出す。だから無能だと思われてしまうのに、この男はいくらいっても直らない。
呼んだのはこちらなのに、いきなり書類を突きつけられて、マデリーンにも呆れ顔が浮かぶ。思わずマデリーンよりさらに小柄なディアンを睨むように見下ろした。
「翁は隠居したでしょう、そこに代わりの宰相がいるわ」
「とにかく、見ていただければわかります!」
言いながら、ディアンは書類をぐいぐいと押し付けてくる。
マデリーンは仕方なく書類を眺めた。確かに署名がどこかで漏れたらしく、これは新宰相のローレンスでは辻褄が合わないものだ。
「ええと、サディアスとフロルド公でいいのね」
ヴィンセントの座る執務机から、勝手にペンを拝借すると、マデリーンは睨むように書類を見つめた。息を整えてから、記憶を頼りに署名をしていく。
もちろん、サディアスとフロルドの自筆に限りなく寄せて書き記す。
「ほら、これでいい?」
「ありがとうございます! 助かりました!」
ディアンがぺこぺこと大袈裟に頭を下げる。そのまま出て行こうとするのを、マデリーンはやんわり引き止めた。
「ちょっと待ちなさい、用件は終わってなくてよ」
小さな目をぱちぱちと瞬かせるディアンに、積み上がった書類と書物を示して命ずる。
「二日あげるから、ここをどうにかしなさい、いいわね小豚」
「わかりました、承ります。でもその前に、書類を……」
「わかったわ、それは持っていきなさい」
扇を使って雑に払う仕草をすると、ディアンはまた何度も頭を下げて出ていった。結局この部屋にいた、ヴィンセントのことは見ないままだ。
開けた扉も閉めずに行ってしまったディアンを呆然と見送り、ようやく我に返ったアランがしっかりと扉を閉めた。
まず大きくため息をついたのは、ローレンスだった。綺麗な顔に呆れのような感情を張り付けて、マデリーンを見る。
「宰相と公爵の署名など、代筆で誤魔化せるものではないと思いますが」
「わたくし、そういう難しいことは知らないの」
濃く塗った唇を引き上げて笑って見せる。ヴィンセントは鋭い視線でこちらを睨んでいたが、素知らぬ振りをして笑い返す。
「それより、わたくしに対しての用件はなんなのかしら?」
これ以上ここにいると、余計なことを重ねてしまう。そう察したマデリーンは、あらためてヴィンセントに向き直った。まさかこの執務室の惨状を見せるために呼んだわけではないだろう。
ヴィンセントは頭を数回ほど軽く振った。気持ちを切り替えたのだろう。
そしてしっかりとした視線でマデリーンを見据えた。
「では訊きたい。魔術院とはどういう関係がある?」
「どういう、とは?」
「貴方から魔術院に不明瞭な支援金が流れている。その意図が知りたい」
扇の影でそっと息を吐く。この散らかった惨状の中で、よくそんな細々とした使い込みを見つけ出したものだ。
「化粧品を作らせているの」
「やはり魔術院と同じ答えだな、それで納得すると?」
確かにマデリーンとして、魔術院に支援をしている。厚く化粧をしてマデリーンを作り出す必要があるため、刺激が少ない化粧品や薬品を積極的に開発させていた。
一応、離宮が用意されて、マドカとして過ごす時間が増えれば、化粧は必要なくなる予定だ。しかし先に支援金を指摘されてしまうとは。
今となってはそれ以外の理由はないし、今は話したくない。
「女性にはとっても大事なものなのよ」
「報告を見ると、それだけで済む金額ではないようだが」
王宮の東側に構える魔術院は、看板にこそ王立魔術院と称されているが、変わり者の集団だとあまり評価が高くない。この国では魔術が扱える者自体が少ないので、研究もあまり進んでいないし、支援者は後ろ暗いことのある者が多いなんて噂だってされる。
特に王宮の西側に詰所と訓練所を構える騎士団とは仲が良くない。騎士団出身のヴィンセントからしたら、それは真っ先に疑うべき案件なのだろう。
目障りなら、それを理由に王宮から追い出して構わないのに。
「とにかく、魔術院の支援金に関しては、きちんと見直しをさせてもらう、いいな」
「仕方ありませんわ」
しつこく食い下がって揉めごとにしても面倒なので、ここは大人しく引くことにした。
「話は終わりかしら?」
「それからもうひとつある。というよりさっき出来た」
「一体なに? お茶のお誘いならお断りするつもりよ」
わざとらしく笑って見せると、ヴィンセントはわかりやすく眉を寄せた。咳払いをひとつして、鋭い視線でマデリーンを見据えてくる。
表情からして、離宮の準備ができましたというわけではなさそうだ。咎めるような視線は、おそらく碌なことじゃない。
「さきほどのサインだ、繰り返された所作だったが、いつからしていた?」
「言ったでしょう、そういう難しいことは知らな」
「書類の偽造など許されないことだ」
素知らぬふりで交わそうとしたマデリーンの言葉を、ヴィンセントは鋭く遮った。咄嗟にマデリーンは扇を上げて顔を隠すが、射抜くような視線は揺らがない。
「落ち着けヴィンス、お前らしくない。確かに偽造は重罪だが、おそらくこの問題はそんな軽い話で済ませられることじゃない」
それまでは黙って、マデリーンが積み直した書類を確かめていたローレンスが、そこでやんわりと口を挟んだ。
「マデリーン様、どうやら我々が把握している貴方と、実際とは大きく異なっている」
落ち着いた視線は、ヴィンセントを抑えるだけの力を持ち、冷静に状況を見極めようとしている。やはり宰相を任せられるだけはある男だ。
マデリーンは扇に顔を隠したまま、目を閉じた。あと少しなのに、こんなところで化けの皮を剥がされるつもりはない。
扇をぱちんと鳴らして閉じると、妖艶を装って笑う。
「知りたいならば、這いつくばってわたくしの機嫌を取ってみたらいかが?」
「それは、最後の手段にしておきます」
ローレンスは挑発にも乗らず、食えない笑顔を浮かべている。これ以上こちらの情報は見せるべきじゃないと感じた。
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