第5話 マツのタマゴ・1


 居間で、マサヒデは医者と向かい合って座る。


「トミヤス様。まだ初日なので、はっきりとは言えない事もいくつかあります。時が経たねば、お子様がちゃんと育っているとは、はっきり言えません。これは、ご了承下さい」


「はい」


「分かった事をお伝えします。まず、お子様はちゃんと出来ています。そして、生きています。もし育たないのであれば、既に・・・いや、そもそもタマゴが出来なかったはず。なので、はっきり言えないとはいえ、まず大丈夫です」


「では・・・では!」


「はい。お二人のお子はちゃんと出来た。そして、マツ様のお腹で、ちゃんと生きている。このまま育っていき、産まれるでしょう」


「ああ・・・良かった! 本当に・・・!」


 マサヒデは手を畳について、涙を流した。


「不安でした! 本当に・・・私と、マツさんに、本当に子が出来たのかと・・・本当に!」


 医者は笑顔で、マサヒデの肩に手を置いた。


「きっと大丈夫です。タマゴは、母体の魔力を少しずつ吸収して育っていきます。特に魔術を使えない方のタマゴでも、そうやって育っていきます。母体がマツ様となれば、魔力は十分。すごく元気なお子様が産まれるでしょう」


「はい!」


「種族によって違いますが、早くて2週間ほど、どんなに長くても2ヶ月かからず、タマゴは産まれます」


「はい! ・・・はい!? そんなに早く産まれるんですか!?」


「いや、すぐに殻を破ることはありません。それから、早くて数年・・・長ければ100年以上もの時をかけ、ゆっくりと大きくなっていきます。産まれたタマゴは、もう母体の魔力を必要とせず、自然の魔力を吸収して育ちます」


「ちょ、ちょっと待ってください! 100年以上もですか!?」


「長ければ、です。こちらは、マツ様のお母上に、マツ様がどのくらいの時をかけて産まれたか、尋ねてみると参考になるでしょう」


「な、なるほど・・・」


「ですが、今回は人族と魔族の混血。マツ様は長命な種族の方でおられますが、人族の子は魔族の子より成長が遥かに早い。どちらの血が濃いかに大きく左右されますが・・・私の予想では、10年はかからないかと。しかし、もしマツ様が何百年もかけて産まれた方となると、予想もつきませんね」


「・・・」


 マツはあの恐ろしく長命な魔王の子。十分あり得る。

 生きて子の顔を見ることは叶わないかもしれない・・・


「タマゴが産まれたら、大きさを月ごとに見てみるとよろしいでしょう。大きくなっているようなら、数年で。全く大きさが変わらないようなら、時間がかかる、ということです。まずは、マツ様のお母上に、尋ねてみることですね」


「分かりました」


「産まれる時のタマゴの大きさは、種族によってかなり違います。小さければ鶏のタマゴほど。大きければ、小さな西瓜くらい。母体がマツ様ですから、おそらく、マツ様がお産まれになった時と、同じくらいの大きさのタマゴが産まれましょう。こちらも、マツ様のお母上に尋ねてみるとよろしいでしょう」


「はい」


「それと、大事な話です。長くなりますが、心して聞いて下さい」


 医者はきっと真面目な目をマサヒデに向けた。

 マサヒデも、喜びで力の抜けた背中をぴしっと伸ばす。


「はい」


「まず、魔族のほとんどの種族が、人族より数が少ない事は、ご存知ですね」


「はい」


「これは、それらの種族の方が、種として人族よりも強いからです。数が少なくても生きていけるなら、増えなくても良い。これは自然の摂理です。強い生物ほど、数は少なくなる。ここまで、分かりますか」


「なるほど、分かります」


「少ないのは、長く時間をかけて産まれるからではありません。今説明したように、数が少なくても平気だからです。分かりますか。少ない。即ち、増えづらい。そういった種族の多くが、子が出来づらい。特にマツ様のような長命な種族の女性は、ほとんどの方が、生涯で一度しか子を産みません。いや、産めないのです」


「生涯で、一度・・・」


「マツ様は貴族の出だとお聞きしました。おそらく純血の長命な種族の方ではなく、お父上が長命な方で、何人かの、色々な種族の妻を持つ、というご家庭の方でしょう。基本的に、長命な種族の方ほど、数は少ないですから」


 医者の予想はぴったり当たっている。

 ・・・マツの父は魔王なのだから・・・

 様々な種族の、多くの妻がいるはずだ。


「特にマツ様ほど長命な方でしたら・・・次のお子様が出来ることは、まずないかと。余程運が良くて、もう一子。しかし、トミヤス様とマツ様では、時の流れが違いすぎる。どれだけ頑張っても、お二人の間に次の子が出来ることは、おそらく・・・」


「・・・」


 医者がぐっと力を込めて、マサヒデを見る。


「よろしいですか。このお子を、それこそ命を賭して守って下さい。あなたとマツ様の間には、おそらく、もうお子が出来ることはない。お二人のお子は、あの子だけ。覚悟して、守るのです」


「はい。私が、必ず守ります」


「そうではありません。トミヤス様と、マツ様で。2人で、しかと守るのです」


「はい。必ず」


 医者はこくりと頷き、笑顔を向けた。


「それと、こちらはご安心できる話です。魔族のタマゴは、どんな種族のタマゴも、総じて恐ろしく固い。落としたくらいでは、割れてしまうようなこともありません。それこそ、鍛冶屋が金槌で思い切り叩いても、毛ほどのひびも入らないくらいに固いです。その点は安心して下さい」


「そんなに固いんですか?」


「はい。しかし、今日は初日ですので、必ず安静にしておくよう、マツ様にしかとご注意を。明日には、怖ろしく固いタマゴになっているはず。特に母体がマツ様です。それこそ、トミヤス様のお父上でも斬れないほどに、固くなりましょう。マツ様も、明日からは普段通り動いても平気です。しかし、タマゴが産まれるまでは酒などは厳禁ですよ」


「分かりました。しかと伝えます。ひとつ質問よろしいですか」


「どうぞ」


「子は、そんなに固いタマゴの殻を、どうやって破って産まれるのでしょう?」


「良い質問です。赤子だけではなく、タマゴの殻も、魔力を吸いながら大きくなっていきます。そして、タマゴがついにその魔力に耐えられなくなった時、割れる、というわけです」


「しかし、それでは殻が魔力に耐えきれなければ、早くにも。吸い込む魔力に余裕があれば、いつまでも。そういうこともあり得るということですね?」


「それに関しては、ご安心下さい。まず、外側のタマゴが魔力を吸いますね。次に、中の子がそのタマゴの魔力を吸う。タマゴと子、両方がそうやって、自然と天秤を上手く合せて育っていきます。そして、産まれる時が来れば、きちんとタマゴは割れます。ご心配なく」


「そうですか・・・」


「それと、魔族の方々、特に数が少ない種族は、早産とか、死産だとか、そういう事は、滅多にありません。特にマツ様のような長命な種族で、そんな事故があるとは、聞いたこともありません。こちらについても、大丈夫でしょう」


「安心しました」


「では、1週間ほどしましたら、マツ様を連れて来て下さい。もう一度、タマゴの中を診てみます。人族の子と違い、タマゴで産まれる子は、大きさが小さくてもすぐに形を作っていきます。それで、ちゃんと育っているかがはっきりと分かると思います」


「ありがとうございました」


 マサヒデは手を付いて、医者に頭を下げた。


「さ、頭をお上げ下さい。そして、本日はマツ様の側についていてあげて下さい。マツ様の目が覚めたら、先程のお話を聞かせ、安心させてあげて下さい。食事などの準備も必要になりましょうし、本日はギルドから、こちらへメイドを送ります」


「はい」


 医者は立ち上がりかけ、


「おっと・・・そうだ、トミヤス様は、祭の参加者でございましたね。お仲間に、こちら知らせておきますか? 私の方で、ギルドから使いを出すようにしますが」


「あ、そうでした。気が動転してしまって、彼らをすっかり・・・」


「はは、初めてのお子様です。しかも、今回は事が事でしたからね。仕方のないことです」


「それでは、すぐに書をしたためますので、使いを頼みます」


 マサヒデはマツの執務室へ行き、筆を借りた。

 懐紙にさらさらと


 『やむなき事ありて、マサヒデ、本日は魔術師協会にあり。

  されど不都合なし。皆々様、ご心配無用。

  アルマダ様、本日のマツの稽古はなし。どうか、お許しを』


 とだけ書いて、紙を畳んだ。

 縁側の部屋に戻り、医者にそれを渡す。


「では、こちらをお願いします」


「必ずお届けしましょう」


 医者は立ち上がり、治癒師と共に出て行った。

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